第6話 使用人たちは知っている
(公爵家侍女視点)
セレスティア様の様子がおかしい。
それに最初に気づいたのは、新人ではない。
十年この屋敷に仕える侍女長マリアだった。
「……また、お飲みになっていませんね」
ティーカップはほとんど減っていない。
以前なら、来客後でも姿勢一つ乱さなかった主が、今日は椅子に浅く腰掛けたまま動かない。
「お疲れですか?」
「問題ありません」
即答。
完璧な声。
完璧な表情。
——だからこそ分かる。
(問題“しか”ありませんね)
◇
原因は明白だった。
侯爵家令息。
レオンハルト・ヴァイス。
彼が来訪するようになってから、屋敷の空気が変わった。
最初の日。
セレスティア様は朝から落ち着きがなかった。
『庭の小石を取り除いてください』
『紅茶は三種類用意を』
『……その、客間の光量を少しだけ』
指示が細かい。
いや、細かすぎた。
侍女たちは顔を見合わせた。
(これは……)
(ついに……)
(来ましたね)
全員、同じ結論に至った。
◇
だが問題は、その後だった。
二度目の来訪以降。
セレスティア様は——静かになった。
以前より。
明らかに。
「本日はどうでしたか?」
若い侍女が恐る恐る尋ねる。
「問題ありません」
その言葉のあと。
ほんのわずか、間が空く。
「……ヴァイス様は、礼儀正しい方です」
それだけ。
それ以上、何も言わない。
だが。
カップを持つ指先が、ぎゅっと強く握られていた。
(ああ……)
侍女たちは悟った。
——距離を取られたのだ。
◇
使用人控室。
「絶対そうよね」
「ええ、三歩下がっていたわ」
「三歩!?致命的じゃない!」
小声の会議が始まる。
「ヴァイス様、鈍感なのでは?」
「でも優しそうでしたよ?」
「優しい方ほどやりますからね……無自覚で」
一同、深く頷く。
「セレスティア様、分かりやすすぎるのに……」
新人侍女がぽつりと漏らした。
全員が同時に振り向く。
「分かりませんよ、本人には」
侍女長が断言した。
「恋をすると、人は驚くほど不器用になります」
◇
その頃。
屋敷を出た馬車の中で。
「関係改善、順調だな」
とレオンハルトが考えていることを。
公爵家の誰一人として、想像していなかった。
◇
夜。
執務室の灯りがまだ消えていない。
侍女長マリアは扉の外で足を止めた。
中から、小さな声が聞こえる。
「……距離は、必要です」
セレスティア様だった。
「ご迷惑にならないように」
静かな独り言。
侍女長はそっと目を閉じた。
(両想いほど、難しいものはありませんね)
そして心の中で、まだ見ぬ未来の侯爵夫人に祈った。
(どうか、早く気づいてくださいませ。ヴァイス様)
——屋敷の全員が、同じ願いを抱いていた。




