後日談 隣が当たり前になるまで
変わったことがある。
いや。
正確には、変わっていないのに周囲の反応だけが変わった。
「おはようございます、レオンハルト様」
学院の門をくぐった瞬間、挨拶される。
それもやけに丁寧に。
「……おはようございます」
相手は満足そうに去っていった。
(なぜだ)
理由は分かっている。
俺の隣に立つ人物のせいだ。
「おはようございます」
セレスティア・アルヴェイン。
今日も無表情。
今日も完璧。
そして。
今日も距離が近い。
(近いな……)
肩が触れそうな距離。
歩幅まで自然に合っている。
いつからこうなったのか。
思い返すまでもない。
——あの日からだ。
◇
廊下を歩く。
周囲がさっと道を空ける。
「……皆様、優しいですね」
セレスが小さく言った。
「優しいというか……」
なんというか。
見守られている?
(保護者目線……?)
理解できない空気に首を傾げていると。
くい。
袖が引かれた。
心臓が跳ねる。
「……人が多いので」
理由の説明。
視線は前。
(理由いる? 今それ必要?)
だが離れない。
むしろ少し握る力が強い。
氷の公爵令嬢。
現在。
袖保持中。
(これ、夢じゃないよな?)
◇
昼休み。
中庭のベンチ。
自然な流れで並んで座る。
最初は偶然だった。
次は成り行きだった。
今は——当たり前だった。
「本日は、風が穏やかですね」
「そうだな」
他愛ない会話。
沈黙。
でも、不思議と落ち着く。
ふと横を見ると。
セレスがこちらを見ていた。
「……どうした?」
一瞬迷ってから。
「……確認です」
嫌な予感しかしない。
「何の?」
彼女は少しだけ視線を泳がせ。
「……隣にいることは、ご迷惑ではありませんか」
胸が締め付けられる。
まだ、そう思っているのか。
「迷惑なわけないだろ」
即答。
「むしろ安心する」
言ってから固まる。
(今の俺、何言った?)
恐る恐る横を見る。
セレスが静止していた。
数秒後。
ほんの少しだけ。
——頬が赤くなった。
「……そう、ですか」
視線を逸らす。
だが。
袖を掴む手は離れない。
むしろ。
ほんの少しだけ近づいた。
(……今の、試された?)
違う。
もう分かる。
これは多分。
信頼とか。
安心とか。
そういうものだ。
しばらくして。
彼女が小さく呟いた。
「……嬉しいです」
風に紛れそうな声。
けれど、確かに聞こえた。
胸の奥が温かくなる。
特別な約束はない。
大きな言葉もない。
それでも。
隣にいることが、少しずつ自然になっていく。
きっとこれからも。
距離を間違えて。
勘違いして。
戸惑って。
そのたびに。
こうして答え合わせをしていくのだろう。
隣で。
当たり前のように。
——終。




