暗躍
短編です
ちょっと目を離したすきに、カバンを取られた。本当にちょっと、ほんの、数分もなかったと思う。
席を先に取って、カウンターに注文しに行くタイプのカフェだから、いつもならカバンの中からハンカチ出して席を取って、カバンは持ってカウンターに行くんだけど、今日はちょっと慌てていたから、カバンごと置いてしまって、でもカバンの中に財布を入れたままだったことを思い出して、すぐに席を振り返ったら、そこにカバンが無かった。
慌てて辺りを見回すと、カフェを勢いよく出ていったフードを被った男性が目に入った。あの人だ。
私は思わず走り出していた。他の客がこっちを見てるとか、そう言うのは全く感じなかった。ただ、あのカバンを取られると、非常にまずい。とても困る。
「まっ、まって!!待ちなさい!!」
走りながら大きな声を出すと、周囲の人が振り返る。私のカバンを持った男も、一瞬振り返って、焦ったような顔をして、すぐに前を向き直って、走る脚に全力を込める。
いいわ、そっちがその気なら。私は履いていたパンプスを脱ぎ捨てた。靴下も一緒に脱ぎ捨てて、裸足のまま男を追う。大学まで陸上をやっていて、体力維持のために普段からランニングをしていてよかった。相手が男だろうと負ける気がしない。
つま先が地面を蹴る感触がはっきりと伝わってくる。風がビュンビュン通り過ぎていく。男のパーカーをしっかりと掴むと、男はバランスを崩して倒れこんだ。慣性の法則で私も一緒に転げるように倒れた。
「カバン、返して!!」
「っ・・・」
私の必死の形相に恐れをなしたような顔で男はカバンを私に差し出した。
とりあえずカバンの中身を確認する。良かった、アレはある。ホッとしたところで、私は男に財布の中から1万円を差し出した。
「え・・・」
「これ、あげるわよ。もうこのカバン、狙わないでね」
息を切らしながら言う私を怪訝な表情で見つめる男は、恐る恐る私の手から1万円を奪って、慌てた様子で走り去っていった。
「大丈夫ですか?」
通勤途中のサラリーマンが私に手を差し出した。
「あ、はは、ありがとうございます」
有難くその手を借りて立ち上がった。
さて、靴と靴下を取に行かないと。
裸足のまま歩いていると注目を浴びるわね。でも、このカバンの中身が盗まれなくてよかった。取られた、というか、損害は1万円で済んだ。
でも、仕事の依頼を受けた後にカフェなんか入るもんじゃないわね。今時、依頼内容を書類で渡してくるなんて。まぁ、デジタルが主流のこの時代、存外アナログの方がアシが付きにくいってのはわからなくもないんだけど。
靴も靴下も、脱ぎ去った場所に置いたままになっていた。良かった。
靴下と靴を履いて、ようやくひと段落。さて、もうカフェに入るのはやめよう。一旦家に帰って、依頼内容と作戦を確認しないと。今回は大仕事だから、準備も入念にしないとね。
それにしても、この書類が無事でよかった。
——この書類は、5秒後に爆発します——
ピ・・・ピ・・・ピ・・・・・




