第2話 奈落の底の魔物
カツン。
硬い何かが当たる音で、意識が浮上した。
……そうだ。俺は、地割れに落ちて――。
「っ……痛てて……」
起き上がろうとした瞬間、全身に走る激痛に呻く。
視界は完全な闇。
見上げても、地表の光はまったく届かない。
生きていたのが不思議なほどの深さだ。
きしむ体をなんとか起こし、手探りで周囲を確かめる。
感触は岩ではない。金属とも違う。
素材が分からないが、どうやら人工的なトンネルのようだった。
「古い遺跡のダンジョンか……?」
じっとしていても、あの黒い靄が追ってくるかもしれない。進むしかない。
でもどっちへ?
その時、かすかに肌をなでる熱気を感じた。
俺は直感を信じ、
熱気が流れてくる「奥」へと歩き始めた。
どれほど歩いただろうか。
不意に、視界が開ける。
暗くて奥の方までは見えないが
今まで歩いていた所よりは広い部屋に出る。
天井も高そうだ。上の方から空気が入ってくるのも分る
壁の素材は鉄だろうか?
このような大きな鉄の壁を作るなんて一体、どれほどの技術なんだ
床には瓦礫が沢山落ちている。
この空間は一体…。
ふと奥の方にゆらゆらと揺れる蝋燭の灯火のような、頼りない光が見えた。
その明かりに照らされ、
広間の様子がぼんやりと浮かび上がる。
「……なんだ、あれは。モンスターか?」
そこにいたのは、奇妙な姿の“魔物”だった。
海の怪物――ジョーズ、だったか?
そんな姿をした魔物が、闇の中に佇んでいる。
あいにく、俺は「直す」専門で、戦う力はない。
気づかれないよう、大きく回り道をしてやり過ごそうとした。
――だが。
ガラン、と足元の何かに足をぶつけてしまう。
その瞬間、ジョーズの巨体が音もなくこちらを向き、
滑るような動きで、距離を詰めてきた。
逃げなきゃ――そう思った時には、もう遅い。
魔物は目の前で巨大な口を開け、
俺の頭から食らいつこうとして――
『初めまして。私は――#$%&です。何かご質問をどうぞ』
「……はい?」
腰を抜かして地面にへたり込む俺に、
魔物が――いや、サメのような格好をした“何か”が、
間の抜けた声で話しかけてきた。
『初めまして。私は……ええと、誰でしたっけ?』
「知らねえよ! 誰だよお前!」
『そうっすよね。あ~しも思い出せないんす。リ? ピ?』
「リピ?」
『違うっす。でも近いっす。面倒なんで「ピッピ」とでも呼んでください』
……恐怖が、一気に脱力感へと変わった。
よく見れば、サメではない。
サメに“食べられた”子供のような姿だ。
うん。
十分、魔物の類いだ。
『ところで、貴方は誰で、ここはどこっすか?』
「その質問、そっくりそのまま返すぞ」
『あ~しは自称ピッピ(仮)。何かの目的でここを歩いてたはずなんすけど、
どうやら寝ちゃってたみたいっすね』
こんな真っ暗な場所でよく寝られるな、と言うと、
「暗い方が寝やすいじゃないっすか」
と、事もなげに返された。
「……お前、飯はどうしてるんだ。よく生きてるな」
『あ、あ~し、人間じゃないっすから』
そう言って、彼女はバサリと“サメ”をめくった。
小柄な体。
だが、よく見ると肌の質感が人間のものではない。
精巧なゴーレム――
あるいは、この世の技術とは思えないほど精密な「人形」だった。
『そんなにジロジロ見られると恥ずかしいっす。これでも乙女なんですから』
ゴーレムが何言ってんだ。
「というか、そのサメは何だ?」
『失敬な! これはサメじゃなくてイルカっす!
あんなヤンキー達と一緒にしないでくださいよ!』
ぷりぷり怒りながら、
彼女はパーカの背びれや尻尾を見せびらかしてくる。
「……あいにく、生まれてこのかた海なんてほとんど見たことなくてな」
『海を見たことがない?
どんだけ田舎者なんすか。もしかして埼玉県民っすか?』
「サイタマ……? 何のことだ」
『……何のことでしょう?
すみませんっす。どうやらデータのあちこちが混線してるみたいで』
彼女は頭を押さえ、ふらふらと歩き出した。
「大丈夫か、それ」
『今は大丈夫じゃないですが、データ収集所に行けば直るはずっす。
そういえば、そこに向かう途中でした』
「……近いのか?」
『たぶん、あっちっす』
そう言って、ピッピは闇の奥で揺れる光を指差した。
――こうして俺は、
イルカのパーカを着た自称乙女ゴーレムと一緒に、
奈落の奥へと歩き出すことになった。




