6.公爵令嬢は約束を果たす
学院に足を踏み入れると、静けさが際立って感じられた。
今朝からしとしとと雨が降っているせいで、音が掻き消されていることもある。
けれど静寂の理由は、もっと別のところにあった。
今日の学院は学生の数が少ないのだ。
講義室に足を踏み入れれば、令嬢たちから声を掛けられるより前に、覚えた違和感。
それはいつもならすでに席に座っている学生の姿がないせいだった。
同年齢にこんなにも次期当主となる貴族の子女がいたのかと、私は少々驚いていた。
今頃王城では、国王陛下の御前にて諸侯が集まり大会議が行われていることだろう。
年に数度こうして行われる大会議はまた、貴族家当主の次代が顔見せを行う場でもあって、私たちは大会議に初参加するにはちょうどいい年齢だった。
「エルリカ様。本日のご予定はよろしくて?」
朝の挨拶を交わしたあと、いつもの令嬢の一人がすぐに聞いてきた。
「えぇ、予定通りでお願いします」
それだけの言葉で、四人の令嬢たちは朝から手を取り合って喜んでいる。
しかし私たちの間には、今日そのように喜ぶに相応しい大層な予定はなかった。
講義終了後に学院内にあるサロンでお茶をしましょうという約束を取り付けていただけのこと。
何故今日になったかと言えば、王城で大会議が行われる日だからだ。
普段は叔父を心配させたくなくて、令嬢たちからのお誘いも断ってきたけれど。
今日はその叔父も、侯爵である伯父の名代として、大会議に参加することになっていた。
大会議後は晩餐会もあって、今日は叔父と食事を取らない。
だからこの日はどうかと提案すれば、令嬢たちも今日がいいという話になった。
後に予定があると、時間が早く過ぎ去るように感じることもあるのだろうか。
午前の講義を受けて。
昼休憩には、空き部屋で一人雨音を楽しみ。
そして午後の講義も終えて。
私は令嬢たちに案内されて、学院のサロンという場所に足を踏み入れる。
サロンは予約制で、名乗る必要もなく、私たちは身なりのいい職員に席へと案内された。
「エルリカ様は、こちらにどうぞお座りくださいませ」
「天気が良ければ、そちらの窓から美しい庭を望めましてよ」
「その庭にテラス席もあって、外で楽しむお茶もまた素敵ですの」
「次は是非エルリカ様とテラス席でご一緒したいですわ」
「エルリカ様は何になさいます?私はこちらのケーキがおすすめですの」
「あら、このショコラのケーキも美味しくてよ?」
「どちらも食べたらよろしいのではなくて?ねぇ、エルリカ様。今日は沢山いただきましょう?」
「まぁ、でしたら一人で三つも四つも頂いてしまう?」
「素敵ね!」
「そうしましょう!」
令嬢たちの会話は雨粒が落ちるより早く進んでいくから、私はいつも多くの場合に言葉を挟むことが出来なかった。
けれども今はそのおかげで、私は室内をよく観察することが出来ている。
このサロンがすぐには予約の取れないほどに学生たちから人気であることには、私も深く納得していた。
サロンの室内に入った瞬間から、壁や天井の身事な装飾に目を奪われたし、こうして改めて眺めてみれば、すべての調度品も見事なもの。
たとえば私たちが使うこの椅子も、座る前に背もたれの美しい曲線と細かな彫刻がまず目に入って、皮張りの座面の座り心地は柔らかく包み込むようで、肘掛けは手触りも絹ように滑らか。椅子のどこを観察しても、これは王族が使用する可能性を念頭に置かれて選ばれた家具であると実感出来た。
そして席に着きひと息も待たずして、給仕係が鮮やかで美しい多くのケーキが並んだ台車を押して席の横に現れたときには、私も感嘆の息を吐いていた。
紅茶入りの缶を並べた台車も続いて現れ、好きな茶葉を選んでもいいし、特になければケーキに合うおすすめの茶葉を使い、紅茶を淹れてくれるという。
王家が管理しているサロンであればこの程度が当然と言えるのかもしれないが、学院時代にこの場所で過ごした時間を一生の思い出として大事にする貴族は意外に多くいるのではないかと私は思った。
私もまた、遠くない未来に、ここでの時間を思い出して、あまりに遠く過ぎた日々を懐かしく感じるのかもしれない。
こうして紅茶を待つ僅かな時間に私がまだ来ない未来の感傷に浸っていれば、珍しいことにいつの間にか令嬢たちも沈黙していた。
どうしたのかと見渡せば、一人の令嬢が私を見て、口を開く。
「お茶をしてからと思っておりましたけれど。待てませんことを許してくださいます?実は……皆さまにお渡ししたいものがございますの」
すると他の三人の令嬢たちが次々に言った。
「まぁ、奇遇ですわ。私もですの」
「あら、私も皆さまにお渡ししたいものがあってよ?」
「まぁ、ふふ。偶然とは面白いものですわね。私もですの」
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