4.公爵令嬢は逃げた先で捕まる
あの日から学院で静かに過ごすことが出来なくなった。
学生が私を放っておいてくれないからだ。
いつもの令嬢たちが側を離れても、他の令嬢たちが話し掛けてくる。
まるで母を亡くした可哀想な子どもを、姉のように、時に母のように、構うようにして──。
優しくされることは有難いとは思うけれど、私は少々疲れ始めていた。
侯爵領は良かった。
あの場所でも私は母を亡くした娘ではあったけれど、娘を亡くした祖父母、妹を亡くした伯父と、義妹かつ親友を亡くした伯母に、かつて仕えたお嬢様を亡くした使用人や護衛たちと、私の周りにいる全員が共通する大事な人を亡くした人間だったからだ。
身内を亡くしている人も多くいて、私だけが特別可哀想な子どもとして扱われる頻度は、とても少なかったことに今さら気付く。
気付けたことは、王都に来て良かったことかもしれないが……。
「親を亡くした人間が、この国にどれだけいるかを知らないのかしら?」
昼休憩に入って、なんとか令嬢たちからの昼食の誘いを断り、私は学舎を出て裏庭に出た。
誰もいないことを確認しつつ、黙々と煉瓦の一本道を歩き続け、流石にここまでは誰も来ないだろうというところで、やっと気が楽になった私は、つい一人で呟いてしまった。
さすがは王家が管理する学院である。
誰も来ない裏庭も手を抜くことなく見事に整備され、足元は歩きやすいように段差なく煉瓦が引き詰められているし、通りの左右を囲う花壇には様々な花が美しく咲き誇っていた。
見惚れるほどの景色に息を整え、私は肩からも力を抜く。
学院にいると息が詰まるように感じるのは、過剰に優しくされるせいだけが理由ではないだろう。
私が他家の貴族との付き合いを避け続けてきたから、貴族相手には強く気を張ることになる。
祖母が私を心配して、侯爵領と隣接する領地を持つ貴族の子女らを集めようとしてくれていたのに。
私はあれこれと理由を付けては、その会が開かれないように導いてきた。やがて祖母は私を諦めた。
「でもね、お祖母様。学院に通う予定ではなかったのですよ」
本人に届くわけもないのに、今度は言い訳を呟いてしまう。
貴族でなくなるつもりで生きてきたから。私としては、学院入学は予想外だったのだ。
祖父母も伯父夫婦も、私がいつ公爵家から除籍されようと、侯爵家に籍を入れるつもりで考えてくれていたことは分かっている。
だけど私はこれを断るつもりでいた。
貴族ではない人生を歩みたかったからだ。
道端の石ころを見落とした、それだけのことで首が跳ねられる。
親がいないからと優しくされるどころか、孤児だからと警戒される。
私はその身分で生きたい。
私の願いを知れば、きっとこの国の多くの人が、私を責めるだろう。恨むだろう。
公爵令嬢という恵まれた生まれで口にしていいことではないことも分かっている。
だから誰にも言わないけれど。
あのとき御者は、自らも大怪我をしながら、私たち母娘を助けようと尽力してくださった。
何故彼が女神の元に行かなければならなかったのか。
夫であり、父である、公爵があの場では何もせず泣いていただけだというのに。
本当に何故──?
私は首を振った。
こんな昼間から、それも学院で、思い出すものではない。
もう少し歩みを進め、気分を変えてから戻ろうとして……目が合ってしまった。
木の幹に隠れるようにして、テーブルと椅子が置いてあり、そのひとつに男性が座っていたのだ。
「やぁ」
申し訳なさそうに手を上げたのは、第三王子殿下である。
いつからそちらに?
周りを見渡せば、いつも側にいる令息たちがいない。
他にも誰の気配もなかった。
「この時間くらいしか、一人になれなくてね。この場所は人が来なくていいよねぇ」
「そのような貴重なお時間にお目見えしてしまいまして、大変失礼いたしました。二度とこちらには参らないようにいたします。私はこれで──」
「待って。君もここに来た理由は、私と同じ気持ちからだろう?」
「いいえ。王子殿下と同じお気持ちになること、私にはあまりにも畏れ多いことにございます」
「学院って疲れるよねぇ。いつでも気が休まらない。ところでお昼は食べた?」
王子殿下にはこちらの話を聞く気がないのだと分かった。
あの優しい叔父も時折彼と同じことをする。
「……いいえ」
「それならここで一緒にどうかな?」
「お誘い有難く思いますが。普段からお昼は食べませんので、どうぞ私のことはお気遣いなさらずに──」
「それならデザートを少しくらいならどうかな?こっちに座って」
「いいえ、殿下。お誘いは本当に光栄なことだと思いますが──」
「実は護衛たちが、側で守っていてね。ここには人を近付けないようにしているから、誰かに見られる心配はないよ?」
んんん?
それってつまり……。
第三王子殿下は、私を見上げ、思わせぶりににっこりと微笑んだ。
「何も食べなくてもいいよ。説明するから座って。お茶は何が好きかな?」
私はこれを王子殿下からの命令と受け取った。
公爵令嬢であろうとなかろうと、これは断れない。
いや……すでに公爵家から除籍されていたら、王都に戻らず、学院にも通わず、王子殿下と出会うこともなかったのだ。
つまりこんなことになっていること、そのすべては公爵のせいと言えるだろう。
あれだけの大声で絶縁を宣言したのだから、さっさと除籍して欲しいものである。
王都に来てから、手紙をいくら送っただろうか。
返信もなく、公爵が何を考えているのか、今のところ私には知る方法はなかった。
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