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【完結】母を亡くした公爵令嬢は、虐げられないが、今日も願いが叶わない  作者: 春風由実


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29/29

29.公爵令嬢は今日も願いが叶わない


 日も昇らぬ早朝から準備に追われた。

 と言っても私は身を委ねていただけで、共に王城に来た公爵家の侍女たちがすべてを整えてくれた。


 準備中気を抜くと憂鬱に落ちていく私の心に、何度ビアンカ様たちの声を聴いただろう。



『ご一緒したかったですわ』


『王城でのエルリカ様の麗しいお姿を拝見出来ないなんて』


『もう少しですわよ、皆様!卒業後は貴族としての社交が始まりますわ』


『エルリカ様とご一緒する日が楽しみですわね』


『エルリカ様が恥ずかしいことのないように、私たちも早くから準備をいたしましょう!』


『『『そうですわね!』』』



 支度を終えると、王城の侍女からクラウス様が部屋に訪問されると告げられた。

 やがて部屋の扉が開かれ、正装されたクラウス様が入って来る。


 クラウス様は王子なのだと改めて実感したと伝えたら、クラウス様はきっと笑うだろう。



「おはよう、エルリカ。いつも綺麗だけれど、今日は格別に美しいね」



 公式の場へ共に向かう男女が真っ先に装いを褒め合うことは儀礼である。

 私もまた決まった型に従いクラウス様の装いを褒めるお言葉を告げると、クラウス様は王族らしい微笑みを返された。


 ここは王城。しかもこの部屋には公爵家の者も多く居る。

 クラウス様の雰囲気はいつもの庭で知るものではなかったし、私も不慣れを自覚してなるべく口を閉じていた。



 少し気を抜けるようになったのは、待合室に移動したあとに、二人だけで過ごすことが出来たときだ。


 同じソファーに並んで座ってから、私は改めて昨夜の騒ぎをお詫びした。



「エルリカが謝ることはないよ。私は何も気にしていないし、公爵のあの反応は元々想定内だったからねぇ」



 それは私がよく知るクラウス様のいつものお声だった。


 私は昨日、公爵と共に王城に入った。

 問題が起きたのは、晩餐の後になる。

 

 王陛下、王妃殿下のお二人と食事を共にすることになって、せっかくの王城の食事も味わえないほどに緊張していた私は、食後の公爵の振舞いを見て、呆れからその緊張感を忘れ去った。


 突然公爵が、大会議の会場では最初から私をエスコートすると宣言したのだ。

 しかしそれは、事前に話し合い決まっていたことで、婚約発表を理由に、入場時はクラウス様がエスコートしてくださることになっていた。


 公爵だって事情はよく分かっていように、入場時一人は嫌だと喚き、ならば三人で入ればいいと言い出した。


 最終的には私がすでに決まったことだと告げたことで公爵もやっと静かになり、予定は変わらず。

 暴言多く、なんて不敬なことをしてくれたのかと陛下方にはお詫びをしたが、陛下はずっと笑っておられたので、本当に公爵とは仲が良かったようだ。


 しかしこれからを考えると、どうしても気分は憂鬱に落ちていく。

 婚約発表を終えたのち、クラウス様と別れ、あのうるさい公爵の隣に立って、貴族たちに挨拶回りをしなければならない。



 逃げたい。

 逃げてしまいたい。


 陰鬱となる私の心を読んだかのように、クラウス様が私の手を取った。

 手袋越しに触れる手は、とても遠く感じることを知る。

 まるで魔法を遮断されたみたいだ。



「先に私が願いを叶えてしまうねぇ」



 そうだ。

 あの日、あの小さな庭で──私たちは願った。




 ◇◆◇




『私は君と生きたいと願う』



 婚約が決定したあの日。

 クラウス様は結婚してとは言わなかった。

 だから私も本音で返せたのだろう。



『私はこれからも、公爵になりたくない、貴族をやめたいと、願い続けるように思います──』



 言葉の隙間で、小鳥が鳴いた。



『そして今、王子殿下とこれからもよくお付き合いしていけたらと願っています』



 この日私は、矛盾する願いを同時に持つことを認めた──。



 だから──。





 ◇◆◇




「今日は私の願いが叶う日でもありますよ?」



 クラウス様が、学院の裏庭や、公爵家の小さな庭にあるときと同じ笑顔を見せられた。

 私もまた、各庭でいつもお見せしている顔で、笑っていることだろう。


 私は続けた。



「今日からは、私の願いを叶えることはもっと困難になりますが──また話を聞いてくださいますか?」



「もちろん。これからは共にあれる時間も増える。言葉を重ねよう」



 あの日自分に許可を与えてから、抱える願いが増えている。


 アイリス様たちとの付き合いがこれからも長く続いていくことを願っている。

 叔父の良き人生を願い、遠く離れて過ごす祖父母や伯父夫婦も健やかであるようにといつも願い続けている。

 後継としての勉強をはじめたことで、領地の発展や、領民の幸福を願うようにもなった。

 世話をしてくれる家の者たちも、よく守りたいと願っている。


 それでも私は、それらとは相反する叶わない願いを、いつまでも抱き続けるだろう。


 公爵になってもなお、公爵になりたくなかったと言い、公爵をやめたいと願い続けるのではないか。


 今日もまた願いが叶わなかった。

 その想いを、私はこれからクラウス様に聞かせ続けることになる。


 叶わない願いをいつまでも捨てられない私は、きっとどうしようもない人間で──。




 時間が来た。


 クラウス様の隣で、私は光溢れる会場へと足を踏み出した。





【おしまい】








最後までお読みくださいましてありがとうございます♡

おかげさまで無事に完結まで書き切ることが出来ました。


番外編については、どうしようかな~と考え中です。

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