28.公爵令嬢は願う
祖父母は母と叔父の歪な関係を知らなかった。
両親として普通に仲の良い姉弟だと信じていたのだ。
母を亡くした直後に取り乱した叔父の姿を見ているが、それも祖父母は姉を想う優しい弟である証明として受け止めた。
一方で二人の兄である伯父は、妹も弟もどこかおかしいと昔から感じていたそうだ。
その伯父に他家から嫁いだ伯母に至っては、嫁いですぐに義姉弟の関係の歪さに気付いたという。
だからと言って……グラスデューラー侯爵領で過ごす伯父夫婦が、成人し王都に住む妹弟たちに何かしてやる義務はなかっただろう。
それに母は立派な淑女と言われていたように、私は知らないけれど外側に向けては取り繕うことも出来た人のようだったから。伯母とも義姉妹の関係として、親しい友人として、仲良く付き合っていたようである。
おそらく母は、どうしようもない人間を特別に好んでいただけで、そうでない人間を嫌ってはいなかった。
私のことに関しては、何を想っていたか、今はもう聞くことも叶わないけれど。
伯父夫婦からは、それぞれに謝罪の手紙を受け取った。
私は二人が何も悪くないように感じたから、それをそのままに書いて返信している。
どうか今は、私よりも叔父を気に掛けてと願って──。
「叔父がこれからどうなるかは分かりませんが。祖父母と共に良き時間を過ごされますようにと。今はそれだけです」
クラウス様は、真剣な顔をして頷いた。
母のことがあるからだろう。
陛下はことを大きくする気はないということで、叔父は表向きには病気により当主名代の役を退き、領地に戻って静養することになったと発表された。
いつかまた会えたらいいと願う。
私は叔父のことも、嫌いにはならなかった。
思惑がどうあれ、幼い頃から最近まで良くしてくれた記憶は残る。
そういえば──。
「出発の前日に、ようやくお友だちが出来たのねと、祖母に泣かれてしまいました」
本当に私は幼くて、誰のことも見えていなかった。
祖母には私を諦められたと思っていたけれど、そんなことはなかったのだ。
結婚式には必ず出ると張り切ってもいたので、祖父母にはまたすぐに会うことになるだろう。
「私も先代に、くれぐれも孫を頼むとお願いされて……脅されたよ。エルリカは愛されているねぇ」
おじいさま。
そんなことだから叔父様も王族に不敬な態度を示したのではありませんか?
なんて口うるさいことを、もう王都を離れた祖父に伝えたくなってしまった。
一度置いたカップを取った。
優しくあっさりとした味わいの紅茶は、気を抜くとすぐに騒がしくなる私の心を鎮めてくれる。
「そうだ、エルリカ。母がまた困らせているよね?」
婚約が決まっても、まだ私は王城に行っていない。
馬車に乗れない私を大変に気遣っていただき、次の大会議に合わせ、陛下に謁見することが決まった。
はじめは大会議の早朝、王城に向かい連なる馬車の列の横を抜け、馬で駆け抜ける予定を立てた。
するとクラウス様が、『前もって王城に宿泊なさい』という王妃殿下からの有難いお言葉を伝えてくれたのだ。
クラウス様を通してお返事をしたら、以降王妃殿下から直接この小さな邸に私宛の手紙が届くようになった。
「本当にごめんね、エルリカ。王城で隠し事は無理だった。早くエルリカと結婚し、城を出たいよ」
不敬ながら……王妃殿下のお考えが分からずに私は大変困っている。
以前クラウス様に渡したハンカチを確認された王妃殿下は、私の刺繍を集めたいとお望みになり、暇を潰す目的で適当に刺したものでいいから、要らぬものは全部渡すようにと仰るのだ。
手紙には対価は払うとも書かれていたけれど……。
適当に刺繍したものなど畏れ多くてお渡しすることは出来ないし、ましてやあの程度のものに対価など受け取れるはずがなかった。
だからせめて図案通りに正しく刺繍したものを恥ずかしくも献上しようと考えてはいるものの……刺繍に関して私は本当にどうしようもない人間だった。
はっと気が付くと、手元の布に予定にない図柄を刺している。
いつになったら、王妃殿下に献上出来る品が出来上がるのか。
そんなこともあって、近頃はクラウス様に頼ってばかりだ。
そのうえクラウス様は、私の失敗作を王妃殿下には渡さないと宣言したうえで、次々と回収していく。
私の刺繍は消える魔法でも掛かっているのか、この小さな邸にあってもいつの間にか消えてしまうため、問題はないのだが。
クラウス様には、正式な贈り物でお礼をしたい。
だからレイチェル様たちには刺繍以外でと伝えて相談した……はずだった。
どうしていつも刺繍の話になるのだろう?
庭のどこかで小鳥が囀り、私は行儀悪くテーブルに頬杖をついたクラウス様に微笑み掛けた。
「早く結婚されたい理由は、それだけですか?」
目が合った。
クラウス様が、テーブルから肘を離し、姿勢を整える。
もう何度か目にしてきた照れた笑顔が、小さな庭に注ぐ明るい光の中でより輝いて見えた。
「また卑怯なことをしたね」
二人で笑った。
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