27.公爵令嬢はお迎えする
いつものように質素な馬車から降りてきたクラウス様は、花束を抱えていた。
明るい色に溢れた花束は、クラウス様にこそよく似合っていて、受け取るときには仄かに躊躇う気持ちを抱いてしまう。
強い花々の香りに一時は身を委ねて、お礼の品をいつ渡そうかと考え始めた私は、すぐに心の中でアイリス様たちの楽しい声を聴いた。
『刺繍がよろしいですわ!』
『私も刺繍を推しますわ!刺繍入りの小物はいかがでしょう?』
『お部屋で使えるお品もよろしいと思いますわ』
『部屋にエルリカ様の刺繍が溢れていく……不敬ながら王子殿下が羨ましいですわ!』
刺繍以外で何か良い贈り物はないか──という相談をしたはずだった。
それでもこのときは彼女たちがあまりに楽しそうに話すものだから、私は静かに耳を傾けた。
「本日もお庭でよろしいですか?」
クラウス様は笑顔で頷くと、私に手を差し出した。
花束を侍女に預けて、私たちは庭へと向かう。
季節が移ろい、庭を彩る花も変わった。
庭師たちに何か差し入れようと考え、紅茶を淹れるクラウス様に相談してみる。
婚約が決まってから、クラウス様はこの邸の者たちに王族の権利を堂々と行使した。
おかげで今は、侍女たちも側にはおらず、クラウス様は気兼ねなく魔法を使う。
まずはお互いに紅茶を一口ずつ味わってから、私たちは今日話そうと決めてきたことに話題を移した。
「そういうことだったか」
私が話を終えたとき、クラウス様は安堵されたように見えた。
私が事実を知った直後は、クラウス様がはじめから何もかもご存知で動かれていたことを想像したが、実際にはそうではなかったのだ。
「陛下があまりに君のことを気に掛けていたからね。何かあるなとは思っていたけれど。徹底して情報が隠されていたから、予測は出来なかった」
妻、娘との仲を改善したいと願った公爵は、自分では何をどうしたらいいか分からず、陛下に相談したと言う。
そこで陛下はしばらく公爵の仕事を忘れ、家族だけで過ごしてみてはどうかと提案された。
公爵は陛下を理由にして、母を誘ったようだ。断られることが恐ろしかったからだというが、本当にいつだってどうしようもない人である。
ところが母は断るどころか喜び、それなら昔のように護衛を付けず自由に街を歩きたいと願った。
公爵は母の願いを出来る限り叶えるために、護衛騎士の多くに休暇を与え、少ない人数で王都外れの別邸で過ごすことを決定する。
そして事故が起きた。
陛下は自分が提案したせいだと御心を痛められ、そうではないと示すため、公爵家は迅速に関係者を処分した。
私が目覚めた時点ですべて終わっていた理由である。
事情を知ってから、私がいかに視野の狭い子どもであったかと恥じ入る日々だ。
大人たちが心を痛め、壊していたことすらも、考えられない子どもだったから──。
「公爵とは相変わらずかな?」
クラウス様の問いに、私は苦笑する。
事情を知ったからと言って、公爵と私の関係にほとんど変化はない。
口を開けば言い合うようになるし、いつまでも相容れない考えを残している。
『当然の対応をした。何が問題だ?』
あの事故に関与した御者や騎士らの処分について改めて私が問うと、公爵からは昔聞いたものと変わらない言葉が返ってきた。
私だって分かってはいるのだ。
貴族の乗る馬車に何かあったとき、当日馬を操った御者は当然のこと、馬車の整備担当者、厩舎の馬丁等、関与したすべての身分低き者たちが罰せられることは、この国では当たり前のこと。
護衛役にある騎士たちも同じだ。
いかなる理由であれ、護衛対象者である貴族を守り切れなかったときには、当たり前に罰を受けることになる。
これに納得出来ない人間は、この国の貴族に向かない。
私が普通の貴族令嬢ではないのだ。
「変わらずですね。クラウス様は陛下とは?」
「こちらも変わらずかな」
あの事故の前に公爵が陛下から賜った有難いお言葉は、陛下と公爵の二人だけの秘匿とされるはずだった。
ただの事故であったことは事実であるし、次代が誤って王家を恨まぬようにという配慮だったと聞いた。
つまり幼くして母を亡くした私が問題視されていた。
なのに王都から私が消えた。
そのうえ公爵との仲は、事故以前より悪化したまま、八年も過ぎ。
そこで陛下はクラウス様に、あれこれと注文を付けて、私と近付くようにと促した。
事情は隠したままに──。
理由は違ったとして、陛下の命に従う形でクラウス様は私に近付き……そして陛下と公爵、さらに叔父に苦言を呈した。
詳しい内容は秘密だと言って教えてくれなかったクラウス様だけれど、私から聞き出したことは何一つ伝えていないことだけははっきりと明言された。
私はそう言われるまで、その可能性を考えてもいなかった自分に驚き、クラウス様を信頼していることに気が付いた。
信じるまでに必要な時間が、決まっていないことを学んだ。
そうしてクラウス様の言葉でお考えを変えられた陛下は、公爵には私に知らせることを許し、また私が望むならば私からクラウス様に話す許可も出された。
それで今日私は、クラウス様に事実を告げることにしたのだ。
クラウス様が知った話は、すぐに陛下に伝わることだろう。
何故ならば……クラウス様が頻繁に陛下の私室に呼ばれるようになったからだ。
第三王子であるクラウス様は、これまで陛下と話す時間がほとんどなく、この急激な変化は婚約が決まって、僅かでも残る王位争いへの懸念が払しょくされたことによるものと考えられる。
最近のクラウス様は、よく嘆いている。
陛下の愚痴聞き係にされてしまったと言って。
陛下のご真意は分からないけれど、クラウス様が本気で嫌がっていない姿を見るに、陛下は良き父親であろうと想像する。
誰かとは違って。
「それもあって陛下は、私たちを結婚させたかったのでしょうか」
「うーん。今は関係なかったとは言えないかな。けれどそれがなくても、決まっていたように思うよ。君が生まれた時点から、いずれ婚約をという話は出ていたそうだからね」
どの道私が逃げることは、叶わなかったのだ。
グラスデューラー侯爵家当主の伯父が、公爵と通じていたわけである。
「先代のグラスデューラー侯爵夫妻は、王都を立たれたそうだね」
私は頷く。
あれほど憔悴した祖父母の姿は、母の葬儀のときも見ていない。
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