24.公爵令嬢は知る
小さな邸だ。
裏庭から邸内に戻って少し廊下を進めば、すぐに声を拾うことが出来た。
「ハリマン。この私がエルリカを呼べと言っているのだよ?その意味が分からないのか?」
「ですから本日お嬢様にはお約束がございまして」
「友人より大事な用だ。エルリカにこちらを優先するように伝えてくれればいい。いいや、それよりも私が迎えに行こう。そこを退け」
「ですから──」
「叔父様。うちの家令を責めるのはおやめください。叔父様を部屋で待たせるようにと伝えたのは私です」
「エルリカ!あぁ、会いたかった。迎えに来たよ!」
満面の笑みで私を見た叔父は、すぐに顔を曇らせた。
「エルリカ?それは何かな?」
私は隣のクラウス様と目を合わせる。
叔父の不敬極まりない態度を前にしても、クラウス様は微笑んでいたし、何故か嬉しそうにも見えた。
「エルリカ。どうしてそれと手を繋いでいるの?」
叔父はまだ玄関に立っている。
部屋に案内するようにとお願いしたが、それも拒んだのだろう。
私は長めの息を吐いてしまった。
すぐに私の手の甲を撫でられる。
慰められているのかもしれない。
「エルリカ。それは駄目だよ。早く手を離して、こちらにおいで」
これとか、それとか、あれだとか。
叔父は気にいらない人間の名を頑なに呼ばなくなる人だった。
私も近いうちに呼ばれないようになるのだろうか。
すぐにそうなる気もすれば、そんな日は来ないような気もして、私の心は落ち着いていった。
相反する思考を持っていいと認めてから、無責任にも心は好き勝手に考えを始めていく。
それがかえって気を楽にすることを、私は実感として学習しているところだ。
「叔父様。クラウス様にご挨拶もないのですか?」
叔父の周りの空気が澱んでいくように感じる。
「会えない間に私もよく考えたのだよ、エルリカ」
叔父の考えたことなど、聞く前から嫌な予感しかしなくて困った。
「エルリカは公爵夫人である姉上の娘なのだから、公爵位を継ぐことは当然だった。だから学院卒業と同時に、エルリカが公爵となれるように手配する。あれ?あれは追い出そう。それも要らない。公爵となるエルリカは、私が支えるからね」
グラスデューラー侯爵家の縁者が、何を言い出したのか。
私は叔父にはっきり言い返すことにした。
「私には卒業と同時に公爵になるつもりはありませんし、仮に私が公爵となったところで、他家の叔父様を頼りにすることもありません」
「何も心配要らないよ、エルリカ。すべて私に任せておいて。それよりエルリカから早く手を離してくれませんかね」
そう言った叔父は、クラウス様を睨みつけた。
もう私の手に負える状況ではないことを私は悟った。
何も言っていないのに、私の視線を受けたクラウス様が頼もしく頷き返してくれる。
「先日振りだね、グラスデューラー子爵。ここで会うとは思わなかったけれど、子爵には報告があったからちょうど良かったよ。私とエルリカの婚約が決まった。正式には次の大会議で発表されるが、主な諸侯には今夜にも通知があるだろう」
含みある言葉を流して、私は目を伏せてしまった。
叔父や公爵への対策として、私たちはお互いの呼び方を変えることにした。
『それだけを理由にするのは、さすがに卑怯だったね』
クラウス様のそのお言葉と、照れた笑顔が思い出される。
それだけで陽だまりの中にいるように胸が温かくなった。
「王子の権力でエルリカを脅しましたね?エルリカ、我慢しなくていい。まだ間に合うから、嫌だと言って大丈夫だ」
たびたび恐ろしいことを口にする叔父は、現実ではないものを見て生きているのではないかと思えてくる。
母が生きていれば、叔父は違っただろうか……それもあの母を思い出せば分からなくなった。
「私は脅されてはおりません。クラウス様は叔父様たちと違って、私に何も強要されませんでした」
「嫌だなぁ、エルリカ。エルリカはまさかそれとの結婚を望んでいるとは言わないね?もしそうなら、それは気の迷いだよ、エルリカ」
どうして話も聞かずに、気の迷いと決め付けられるのか。
叔父は私の何を知るだろう。
「エルリカはまだ他を知らないだろう?だから勘違いしているだけだ。もっと多くの者を見てから選ぶといい」
「それで学院に通う令息たちに、私に近付くことを命じたのですか?」
「命じてはいないよ、エルリカ。少し誘導したかもしれないけれどね。エルリカの婿や友人の座を望む者は、この世に沢山いるのだよ?エルリカは選べる立場なのだから、王家や公爵家に従うことはない」
「叔父様の仰る意味が分かりません。友人はともかく、婿だなんて。彼らは皆、婚約されていると聞いています」
「婚約?そんなものは関係ない。エルリカの選ぶことが絶対だ。それに──エルリカには生まれから下にある者がいいと思うからね。好きに調教出来た方が、エルリカも嬉しいだろう?」
関係ないなんて最低な──ん?んんん?
今なんと仰いました?
「姉上はよく言っていたよ。エルリカは姉上を越える素晴らしい淑女になるとね。どうしようもない人間を数多この世に生み出しては慈しむ、女神のような娘に育つと予言されていた」
淑女らしくない声、いや音が口から漏れた。
その直後、隣でクラウス様がふっと軽く息を吐いていた。
こんな私を知って、気が変わったと言わないだろうか。
そんな想像をしているのに、私は自分を偽る気が起きない。
クラウス様と目が合った。
笑っていると思ったのに、真剣な顔をされていた。
叔父を見る。
目が合っているのに、叔父のその目は私を通り越して、どこか遠くを眺めているように感じた。
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