21.公爵令嬢は絡まれて察する
「何かお困りのことはございませんか?」
「私たちで何でもいたしますよ?」
「まずはそのお荷物をお持ちしましょう」
午後の講義に間に合うように、廊下を進んでいるところだった。
ここ数日、一人で歩いていると、よく声を掛けられる。
はじめは令嬢ばかりだったが、近頃は令息からも声を掛けられるようになった。
今日は三名の令息だ。
学院に通ううち、同じ講義室で学ぶ大半の学生の顔と名前は覚えられた。
私と知り合った令嬢たちが次々と他の学生を紹介していき、一人ずつ挨拶を受けたからである。
学生たちと知り合うためには、高位の家にある私から声掛けをする必要があるけれど、すでに知る学生から紹介を受ける方法ならば無礼にならない。
もちろん私が紹介を受けることを許可した前提は必要だけれど、紹介する相手が横にいてどうやって断れよう。
それでも対応には気を付けた。
叔父にもよく言われていたので、紹介を受けたあと、私からは名乗るだけで、いつもの四名の令嬢以外にはよろしくとは言っていない。
この令息たちに対しても、そうしたはずだった。
「何も困っていることはありません。荷物も自分で持ちますので、どうぞお構いなく」
声を掛けてきた彼らは、シェーンクルム公爵家門の令息ではなかった。
対立とまでは言わないが、シェーンクルム公爵家とは親しくない間柄の家々の令息たちだ。
彼らが私に構う目的も分からず、断りを入れた私は足を速めた。
「ご遠慮なさらないでください、エルリカ様」
横から布のバッグを掴まれ、私は止める気のなかった足を止めてしまった。
すぐ横で令息の眉が寄ったのを見た。
「遠慮ではありません。どうぞ私のことはお構いなく──」
さらに令息の眉が寄った。
勝手に近寄ってきて不満を露わにされては、こちらも不快だ。
ところがこの令息は、眉の動きなど無かったことにして、私に向けて微笑んだ。
「可愛らしい御方だ。こういったことには不慣れなのですね」
「はい?」
「私で良ければ、練習台にしてみませんか?よろしければ、サロンにご一緒したく──」
何も良くないし、この令息は一体何を言っているのか?
他の二名の令息たちが、いつの間にか前に立ち、行く手を阻んだ。
学院で危険があるとは思っていないけれど、私は身構え、バッグは手離さなかった。
順に令息たちの顔を見る。
それぞれに短い時間令息たちの顔が引き攣ったけれど、それでも変わらぬ笑みを浮かべ続けているのは貴族らしいと称賛すべきところだろうか。
貴族との付き合いが経験不足な私はそれを、作り笑顔でこの場を乗り切ろうとしているように受け取った。
「へぇ。なんだか楽しそうなことをしているね?」
ついさっきまで聞いていた声に、張り詰めた心が解ける。
私は身体ごと振りかえって頭を下げたし、令息たちも同じように頭を下げていることは気配で分かった。
王子殿下が「学院では畏まらなくていい」と言った直後だ。
「「「「エルリカ様」」」」
美しく揃った声が、さらに私の気を緩めた。
そこでようやく令息は私のバッグから手を離した。
王子殿下に頭を下げるとき、何か引っ張られる感覚があったのは、まだ彼がバッグを握っていたせいだったか。
他人の持つバッグを掴んだまま王族に頭を下げたこともまったく理解出来ないことである。
そんな令息を最初に責めた令嬢は、ルアナ様だった。
「あなた!エルリカ様に触れるだなんて。どういうおつもりですの?」
「触れてなど。私はただ荷物を持って差し上げようと」
「エルリカ様のバッグに許可なく触れることも許されないことですわ!」
「そうですわよ!エルリカ様のお荷物でしてよ?たとえあなたが奇跡的にお触れする許可を得ましても、まずは手袋を用意するところからですわ!」
んんん?
話の流れがおかしいような……。
王子殿下、口元を隠して笑っておられますね?
「エルリカ様、この無礼な方々に、何かされてはおりませんか?」
「えぇ、私が未熟故に理解出来ず、よく分からないことを仰いましたが……サロンにご一緒にと言われたくらいですね」
令息から「あぁ」と嘆くような声が聞こえた。
言ってはならないことだったか。
「なんですって?」
「エルリカ様との同席を願いましたの?」
「身の程知らずにもほどがありますわ!」
「なんて罪深いことをしてくれましたの!」
いつものように口を挟む余地なく私が見守っていると、令息の心にも火が付いていた。
「あぁ、うるさいな!そもそも君たちがいるせいで、こうするしかなかったのだぞ!」
「なんですって!」
「私たちが悪いように仰いますの?」
「だいたい君たちは子爵家以下の令嬢たちだろう?私に意見する権利はないし、高位貴族間の交友を邪魔してくれるな」
「そうだとも。君たちはいつも側にいて独占し、エルリカ様の交友関係を狭めている自覚を持て!」
「学院は派閥を越えて、同世代と親しく交流する場だというのに。同家門の君たちだけが交友してどうする!」
こんなときに、私は叔父の笑顔を思い出していた。
この場のことを叔父が知ったなら……誰も彼もが危険ではないか。
令嬢たちとの付き合いさえ、良く思わない叔父である。
学院の学生は、皆敵だと思っていそうだ。
ん?んんん?
私は思い付く。
もしやこれは……。
「皆様。もしや叔父……グラスデューラー子爵から、何か言われておりましたか?」
令息たちの目が見開かれ、それぞれが違う方向に視線を投げた。
あの叔父が、少し落ち込んだくらいで、大人しくしているわけはなかったのだ。
どうしようもない人なのだから。
「身内がご迷惑をお掛けしました。叔父には私から言っておきますので、ご心配には及びません。ですからどうぞ、私のことはお気になさらずに──」
これでこの件は終わりになると、私は信じた。
ところが令息たちの反応は予想と違うものだった。
「違うのです、エルリカ様!子爵に言われたからではないのです」
「私たちは以前からエルリカ様とは仲良くしたいと思っておりました。ですので子爵から許可を得られたことが嬉しくて、こうして声を掛けさせていただいたのです」
「サロンには私たちと仲の良い令嬢も呼ぶ予定ですので、是非ご一緒していただけないでしょうか?」
先日令嬢たちから聞いた言葉と重なるものはあった。
相変わらず他者の言葉が本心かどうか見極められるほどに、私は人付き合いの経験がない。
ただ……令嬢たちは信じたいと思った。令息たちには何も感じない。それは彼らをよく知らないからだろうか。
令息たちから叔父の話を聞くべきか。
それともここは関わらないようにしておくべきか。
そんな迷いの時間を遮る声が掛かる。
「話の途中にすまないが、どうしても気になることがあってね。聞いてもいいかな?」
王子殿下のお言葉を断れる人間は、ここにはいない。
「君たちは、誰にエルリカ嬢の名を呼ぶ許可を得ているのかな?」
気まずい沈黙があった。
それは今、確認しなければならないことだろうか。
と思ったのは、私だけだったようだ。
「そうですわ!」
「おかしいと思っておりましたのよ!」
「エルリカ様の尊きお名前は、エルリカ様のお認めになった方だけが呼べるのですわ!」
「私たちはエルリカ様にきちんと許可をいただきましたの!」
令嬢たちが次々に囀ると、今度は令息たちも沈黙した。
心なしか、令息たちの顔色が悪いように見受けられる。
「その顔は子爵家以下の令嬢が呼んでいるから、自分たちは許される──勝手に安易にそう考えたというところかな?高位貴族の子女として、下位貴族の子女に意見も許さないと言うのであれば、まず自分たちが貴族として手本となる立派なマナーを見せないといけなかったね。もしやエルリカ嬢が公爵家の令嬢であることを知らなかったのかな?」
笑っていますが、怒っていますよね?
王子殿下のお振舞いに、叔父に通じるものを見たようで、私は少しだけ嫌だと感じた。
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