2.公爵令嬢は学院で注目される
学院入学は、貴族の子女の義務だ。
王都を離れた八年の間に公爵が除籍手続きを行わなかったせいで、私は大変な苦労をして王都に戻り、学院に入学することになった。
最初は様子見をしていたのだろう。
学院に入学した日。
学生たちが、よくこちらを見ていることには気が付いていた。
三日もすれば。
学生たちはこちらを見ながらひそひそと話すようになった。
好きに囀ってくれて良かったから、私からは視線も合わせなかった。
五日目には、わざわざ聴こえる声で私の名を語る学生が現れた。
講義の邪魔をしないなら問題ないと思って、私はこれにも反応せずに放っておいた。
六日目。
学生らの進化する時間が早くなっていくのは何故だろうか。
余程構って欲しかったのか。無視していたのが悪かったか。
午前の講義を終えて、昼休憩に入ったところで、令嬢の集団が話し掛けてきた。
「シェーンクルム公爵令嬢とお見受けいたしますわ」
私は迷った。
貴族にはより高位の貴族から話し掛けるというマナーがあるからだ。
学園での少々の無礼は不問とされるそうだが、私は誰とも初対面である。
嫌がって避けてきた因果がこんな形で現れることになるとは。
祖母には何度言われただろう。「あとで困るのは、あなたなのよ」と。
学院入学前に貴族の令嬢と友人になっておくようにと告げる祖母の半命令を、無視して、逃げて、避け続けて、結果こうして私は今、面倒事に巻き込まれている。
貴族の子女が他家と付き合いを始める年齢は、十歳と決まっていた。
八歳で王都を離れた私には、他家の貴族の知り合いはない。
おかげでこの子たちが誰か、と誰に聞くことも出来ない。
それでも親の爵位は、確実に私より下だと思われる。
現在学院に通う令嬢には、公爵家の者がいないと聞いていた。
王女も皆すでに卒業済みで、女性ならば私が誰より上位にあるはず。
除籍を願っていようと不本意だろうと何だろうと、この国における今の私の身分は公爵令嬢だから。
「ちょっと。聞いておりますの」
声を掛けてきた令嬢とは別の、隣に立つ令嬢が言った。
聴こえなかったことにして、この場を去ろうと思っていたのに。
するとまた別の令嬢が、今度はたった今発言した令嬢を注意した。
「まぁ、淑女がそのように声を大きくしてはいけませんわ。急に集団で話し掛けたから、怖がらせてしまったかもしれなくてよ?」
注意を受けた令嬢がどうするかと見ていたら、特に揉め事には発展しなかった。
「わたくしとしたことが、失礼いたしましたわ。どうしてもお話がしたかったものだから。わたくしたちは敵ではございませんわよ?」
「ずっとご領地にいられたと聞きましたわ。慣れない王都で困っていることはないかしら?」
「わたくしたち、シェーンクルム公爵令嬢をお助けしたいと思っておりましたの」
素直に意外だと感じた。
王都の貴族たちは怖いぞと、いつも私を揶揄う祖父の脅しを真に受けたわけではなかったけれど。
彼らは皆悪意を持って私の名を囁いているのだと、私が思い込んでいたことに気付く。
「お気遣いは感謝いたします。ですが、特に困っていることはありませんので。どうぞ私のことはお気になさらず──」
どうせいずれは公爵家から除籍されるこの身だ。
学院だっていつまで通うか分からない。
だから誰に優しくされようと、貴族の子女らと仲を深めるつもりが私にはなかった。
「まぁ、ご遠慮なさらなくてよろしくてよ?」
「王都に来たばかりで、困っていることもありましょう?」
「わたくしたち、何でもお話を聞きましてよ」
私はすぐに令嬢たちの近付いてきた理由が、完全な善意になかったことを悟る。
令嬢たちの瞳はぎらぎらと輝いていた。
だから私ははっきりと告げておくことにした。
「公爵家から除籍予定の私と付き合っても、皆さまには何の得にもならないでしょう。困っていることも本当にありませんので。私はこれで──」
立ち去ろうとしたら、令嬢の一人が腕を掴んできた。
意外に強い力で、私は足を止めてしまう。
「あの噂は本当ですの?」
震える声に驚いて、私はしばし考えるための間を空けてしまった。
「……噂とは?」
「それはその……」
言えないのなら、関わろうとしなければいいのにと思う。
ところがまた別の令嬢が言った。
「シェーンクルム公爵令嬢が父親である公爵から虐げられているという噂ですわ!」
「…………え?」
虐げられている?
この私が?あの公爵から?
「その噂は知りませんが、私は公爵とは暮らしておりませんよ?」
「それですわ!とても酷いことを言って、幼いシェーンクルム公爵令嬢を王都の邸から追い出したと聞きましてよ」
「ですから私たちは心配で!」
「お会い出来たら助けなければと思っておりましたの!」
んんん?
あの日のことが外に漏れていたということだろうか。
「もしかして以前公爵と言い合いをしたことが噂になっているのですか?」
公爵が、家庭の内情を、それも自らの恥となる内容を、ぺらぺらと外の者に語ったとは思えず。
だからと言って公爵家の使用人たちが、外に情報を漏らすことも考えにくい。
ここで頭にぱっと浮かんだのは、先日久しぶりに会った叔父のあの笑顔だった。
『エルリカが、王都で楽しく過ごせるようにしておいたからね?』
爽やかな笑顔を浮かべた叔父は、再会して開口一番そう言った。
──叔父様、王都で何をされていたのです?
令嬢たちが「本当のことでしたの?」「なんて酷いこと」「これからはお支えいたしますわね」と囁き、泣きそうな顔で私を見ていた。
そして──。
「へぇ。その噂、本当のことだったのか」
声がした方に振り返ると、私はそこに立つ彼が誰かと悟った。
知り合いはいなくとも、彼のことだけは絵姿で見知っている。
学院で注意すべきはこの彼だけだと、叔父からも教わっていた。
目がしっかり合ってしまった。
その珍しい瞳の色が、他人の空似ではないことを明かす。
この方は、私と同い年の第三王子。その名をクラウスという。
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