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【完結】母を亡くした公爵令嬢は、虐げられないが、今日も願いが叶わない  作者: 春風由実


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19.公爵令嬢は受け止める

 

 等間隔に並ぶ壁付けのランプが煌々と照らす廊下を歩き、目当ての扉をノックした直後、私は驚くことになった。

 扉が開くと目のまえに公爵がいたからである。



「入って座れ」



 公爵が視線で示した室内を廊下から覗き込めば、丸いテーブル上に二つのカップが湯気を立て並んでいるのが見えた。

 通常ないことが続いて、私は不思議な気持ちで公爵を見る。



「なんだ?」



「誰もいないのですか?」



「下がらせた。早く入れ」



 私が室内に入ったあとに、扉を閉めたのも公爵だった。


 二人で話したいことがあったとして、私が来てから人を下がらせれば良かったのではないか。

 相変わらず何を考えているのか、よく分からない人である。


 公爵は私を追い抜くように室内を移動すると、椅子まで引いた。

 自分で座るかと思ったら、違ったようだ。



「早く座れ」



 促されて、困惑しつつも着席しようとすれば、背後で動作に合わせて椅子を戻してくれる。

 今日の公爵はいつもよりおかしい。


 そんな風に感じたちょうどそのとき、微かな衣ずれの音がした。

 いつまでも椅子が引く音がしなかったことに違和を覚え、視線を移せば。


 もっとこの人が分からなくなることが起きていた。



「……何をなさっておられるのですか?」



 公爵が椅子に座る私の隣……私の足元で、絨毯の上に両膝を突いている。



「お前はそこで座っていろ」



「……体調が悪いわけではないのですね?」



「私は元気だ。心配は要らん」



 今までもおかしい人だとは思ってきたけれど、今日は特におかしい。

 昼間に言い過ぎた影響が強く残ってしまったのだろうか。


 公爵が絨毯に腰を落とした。

 奇行が過ぎる。


 いよいよ怖くなってきた私は、公爵が両手を前に伸ばす様を見て、警戒心を強めてしまった。

 しかし公爵の手は何も掴まずに絨毯へと辿り着く。



「すまなかった」



「はい?」



「すまなかった」



 二度繰り返されてもなお、私が謝られたことを理解するまでには時間が掛かった。

 それもひとたび理解すれば、人を下がらせた理由も分かる。


 問題はここからだった。

 公爵は頭を下げた後、何も話さなくなったのだ。


 おかしなことをはじめたならば、どうか責任を持って説明までして欲しいものだと、私は強く思った。



 ひとまず喉を潤そう。

 私はカップを手に取った。


 昔から慣れ親しんだ、いつもの味がした。


 カップを置いてから、私は聞いた。



「まずは何に対しての謝罪か、お聞きしても?」



 答えが来るまで時間があったせいで、私は公爵の頭髪を眺めながら、ぼんやりと取るに足らないことを考えていた。


 上から見るとこんな頭をしていたのか。

 つむじ辺りに白髪が多くある。

 今はどんな顔をしていることやら。



「あの日……」



 やっと公爵の声がしたと思ったら、その後もまた少し間が空いた。



「いや……かつてのすべてだ。昔は悪かった」



 説明不足に次の言葉を選んでいたら、目が合った。

 そんなどうしようもない顔をして、下から見上げないで欲しい。



「女神の元へ行くべきだと仰った、あの発言以外のことも謝罪しているのですか?」



 ぐっと眉間に皺が寄って、顎周りが力んで張って、よく知らない者ならば、公爵は怒っているものと受け止めたことだろう。

 けれどそれは私にはあまりにも懐かしい表情だった。



「あれは最たる失言だった。あの日私はお前に言ってはならないことを言った。すまない」



「あの日の発言に関しては、私も言い過ぎましたので謝罪します。そしてこれまでも、物言いがきつくなり過ぎたところは多々ありました。申し訳ありません」



 私は公爵の奇行にはもう何も感じるものはなく、それよりも落ち着いて話している自分にこそ驚いていた。


 どうして私の心はこうも凪いでいるのだろう。

 これでは私がいつかこんな日が来ることを予想していたようである。



「昼間に言っていたことだが。私はお前に母親のようになれと求めたことはない。だがあの日──お前が目覚めたあの日だけは、私がお前に彼女を重ねたことを否定できない」



 母の声は今でもありありと蘇る。


 喜びを感じるところは、人それぞれに違っているものである。

 それが母は、多くの人から逸れた人だった。



『どうしようもない人なのよ』


 

 そう言った母の声は、いつも喜びに満ちていた。


 類似の言葉を口にしたときも、母はいつも幸せそうに笑っていたものである。

 母は問題を抱えた人間だけが好きだった。



「あの日以外は違ったのですか?」



「そうだ。むしろそうならないで欲しいと願い……早くから教育したことも謝る。同じようにさせまいと、厳しく接した。それでお前は……こうなったのだと思う」



 最後のそれは嫌味だろうか。


 顔に出ていたのかもしれない。

 公爵は早口で「お前は立派に育った!」と言った。


 絨毯の上に座った人に取ってつけたように褒められたところで、何も嬉しくはないのですが?


 不満を抱きつつ、私は言った。



「その件を謝る必要はありません。学ぶことは好きでしたし、離れる理由が出来て、むしろ有難いことでした」



「そうか」



「えぇ、そうです」



 こんな話をする日がまた来るかどうかは分からないから、聞いていいだろうか?



「あなたは、母を嫌っておりましたか?」



 足元で公爵が息を吸い込んだのが分かった。







読んでくださいましてありがとうございます♡

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