18.公爵令嬢は受け入れる
複雑な想いを残したまま、私はこの小さな邸に令嬢たちを迎えることになった。
叔父も公爵も、あれから話さなくなってしまったからだ。
そして叔父は別れの挨拶も告げずに邸を後にした。
これまで通り、口にしない方が良かっただろうか。
今さらに私は迷いを抱えている。
それでもすべては今さら。
一度口にした言葉は消えない。
それは私も、公爵も、叔父も同じだ。
「エルリカ様と仲良くするように、父からは言われておりましたわ。けれどそれだけではございませんの。信じてくださいますか、エルリカ様?」
小さな邸の中でも広い一室で、泣きそうな顔をしてそう言ったのは、レイチェル様だ。
他の三人の令嬢たちも似たような顔をして頷いているけれど、いつもとは違い口数は少ない。
全員がそれぞれの家の当主である父親から、私とよく付き合うように命じられていたことは事実だった。
公爵が各家の当主に命じたせいだ。
けれど彼女たちは、それだけの理由で私に声を掛けたのではないと言う。
私が公爵家で冷遇されているという噂を聞いて、心から私を心配していたこと。
何か私のために出来ることはないかと、学院入学前から令嬢たちで話し合っていたこと。
学院の入学式で私を見掛けたときに、仲良くなりたいと願ったこと。
話してみたら、もっと仲良くなりたいと願ったこと。
それらも本当のことなのだと語ってくれた。
そして彼女たちは一様に、父親が命じてくれていたおかげで、堂々と声を掛けやすくなったことに感謝していた。
それがなければ、いつまでも私から声が掛かる日を待たなければならなかったからだと言う。
彼女たちの熱心な訴えを聞いていた私は、公爵ではなく、彼女たちに尋ねて良かったとしみじみ感じた。
「皆様を疑いたくて聞いたわけではございません。公爵から命令されて嫌々私にお付き合いくださっているのでしたら、申し訳ないと思って尋ねたのです」
「「「「エルリカ様と嫌々お付き合いするなんてあり得ませんわ!」」」」
練習してきたのでは?と思えるくらいに、四名の声が美しく重なった。
どれくらいの時間を共有したら、このように声を揃えられるのだろう。
私はあえて疑問をそのままにして、今日の本題に入ることにする。
「それなら良かったです。では今日は、刺繍の図案について相談したく。それから皆様にはお詫びをしなければならないこともございまして──」
完全なお揃いの刺繍は完成させられないかもしれない。
私は正直に自身の未熟を伝えて、令嬢たちに謝ることにした。
どうも無心で手を動かしているうち、私は余計な刺繍を増やす性質にあるようなのだ。
王子殿下に渡す可能性のある刺繍でさえ、あのようになったのだから。
相談し図案を決めたところで、それが出来上がるかどうか。それも五枚も同じものとなれば、自信はない。
そもそも私は、図案通りに刺繍を出来た試しがなかった。
最初は図案通りに調子よく進んでいても、少し物思いにふけて手を動かし続けていれば、たちまち図案からかけ離れた刺繍が出来上がっている。
「謝ることではございませんわ。それはエルリカ様の素晴らしい才能でしてよ!」
「それに私たち、エルリカ様に刺繍をしていただけるだけで幸せですの」
「私は完全にお揃いではない方が、素敵なのではないかと思えてきましたわ」
「見比べる楽しみも増えますわよね」
彼女たちの考え方がとても好ましいと思った。
私は出来上がりが不明ではあるものの、彼女たちの希望を確認するため、幾枚か描いた図案を見せていく。
「まぁ、なんてことなの!これが図案ですの!」
「とても刺繍の図案とは思えませんわ。なんて素晴らしいの!」
「え?絵画ですわよね?頂いてお部屋に飾りたいですわ!」
「えぇ、頂けたなら。将来は婚家にも持ち込みまして、家宝として子孫代々丁重に扱うようにと命じますわ!」
んんん?
思っていた反応ではないものが返ってきて、私は戸惑う。
何か好きな花や、好きな鳥でも指定してくれたら、それだけは必ず入れるようにしようと考えていたのだけれど。
家宝?
「私もこれからいただけるハンカチを嫁入り道具にすると決めておりましてよ!」
「同じくですわ!結婚式にも忍ばせようと思っておりますの」
「まぁ素敵だわ。結婚式前にお部屋に運び入れようと思っておりましたけれど、その案を頂きましてよ」
「私は夫婦の寝室に飾るつもりで、すでに婚約者に相談しておりますわ」
次から次に言葉が続いて、私はいつも通りに沈黙するしかなかった。
花の香りの立つこの紅茶は、庭で過ごせなかった私たちのためにと侍女が用意してくれたものである。
花の形をした菓子がテーブルに多く並んでいることも、料理人からの配慮だと思われた。
あとで皆に礼をしなければ。
家の者たちを想いながら、私は紅茶を味わう。香り通りに花のように甘い紅茶だった。
王子殿下は、この紅茶を飲まれたことがあるだろうか。
お喋りを聞きながら、私は学院の裏庭の時間を少しばかり思い出していた。
ビアンカ様も、アイリス様も、レイチェル様も、ルアナ様も、すでに婚約していて、学院を卒業すれば結婚準備に入り、まもなく結婚されるだろう。
相手は家門内の令息だから、シェーンクルム公爵家にあり続ける限りは、私はこうして彼女たちと付き合いを続けられる。
けれど本当に私が公爵などになってしまったときには、彼女たちとの関係性も変わってしまうことだろう。
しかしそれは公爵にならなくても同じこと……いいや、むしろそれ以上に彼女たちとの関係性は変わることになる。
付き合いが続けば嬉しいけれど、公爵にならないと決めて、公爵家からも除籍されたのち、私はこの子たちとの同席が叶わない。
それが貴族でなくなるということ──。
最近は今までにない方向から迷いが生じる。
公爵になりたいわけではない。
貴族として生きたくない。
その気持ちは変わっていないけれど。
──本当にそれでいいの?──
どこかで私が囁く。
その真意を見極めようとせず、私は静かに令嬢たちのお喋りに耳を傾けた。
窓から強い光が差したとき、私はそれが彼女たちのおかげのように思えた。
いつまでも止まらないお喋りは、分厚い雲を吹き飛ばす力があるように感じたからだ。
そんな明るく楽しい時間に水を差す者がいた。
令嬢たちが皆一斉に立ち上がると、ここでも見事に揃った動作で頭を下げる。
私だけが座ったまま、室内に平然と入って来た公爵を見詰めていた。
「うむ。娘と仲良くしているようで感謝する。ここにはいつでもまた来るといい。学院の帰りにも立ち寄っていいぞ」
何を勝手に決めているのかと思ったけれど。
「まぁ、よろしいのですの?」
「エルリカ様とご一緒に歩いてみたかったのですわ!」
「帰りもご一緒出来ると思うと、学院が楽しくなりますわね!」
「どうしましょう!楽しみ過ぎて今夜から眠れませんわ!」
令嬢たちが嬉しそうにしていたので、私は何も言わなかった。
すると公爵が令嬢たちになお言った。
「こちらに来る際、馬車の用意も不要だ。帰りは各家に送り届ける」
口々にお礼を言われて、気分良さそうにしている公爵の横顔を眺めていたら、不意に目が合った。
「夕食は共に取る。いいな?」
夕食までまだ大分時間はあるが、彼女たちを早く帰せと言いたいのだろうか?
それでも今は言い合いのしたくなかった私は、無言で頷いた。
これで出て行くだろうと思っていたら、公爵はさらに私を見て言った。
「それから──」
ところが何かを言い掛けた公爵はそのまま動かなくなった。
あまりに動かないから、大丈夫かと問う寸前のことだ。
「食後も時間を空けておけ。話がある」
そう告げたのち、公爵は怒ったように足音を立てて部屋を出て言った。
私は急ぎ令嬢たちに公爵の無礼を謝ったが、とんでもないと返されるばかりだった。
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