17.公爵令嬢は迎え撃つ
向かいの席に叔父がいて、隣には公爵がいる。
「どうしてこれがいるのかな、エルリカ?」
あっという間にやって来た学院の休日。
公爵の用意した小さな邸に、叔父がやって来た。
分かっていた通りに、公爵は同席をすると言って聞かなかった。
そして分かっていた通りに、叔父は席を立たない公爵を前にして苛立ちを隠さなかった。
「父親である私が同席し、何が問題だ?」
「はっ。今さら父親の顔をするなんてね。恥ずかしくないのか?」
「ふん。父親であることの、どこに恥を感じる必要がある!」
王都の中心にある公爵家本邸とは違い、部屋数も少ないこの邸では、人を招くことの出来る部屋は限られた。
それでも他にもっと広い部屋はあったのに、公爵は強い意思を持ってこの狭い部屋を選んだのであろう。
三人で過ごすには窮屈な室内では、二人の息遣いも大きく聴こえた。
それでいつもより不快さも増すのだと思われる。
私は長く息を吐き出したけれど、二人はおそらく聞いていない。
窓の外を眺めれば、空には相変わらず分厚い雲が陰り、室内もどんよりと薄暗い今日は、この後の予定を外で遂行することは無理そうだった。
公爵家の庭師たちが今日のためにと急ぎ直してくれた小さな庭園を使いたかったけれど、こればかりは仕方がない。
急がせてしまったのに使えなかったお詫びも兼ねて、庭師たち全員に恩賞を与えてくれるようにとお願いするとしよう。
願う相手を私には選べないことは、彼らの雇い主がいつも変わらないように、これも仕方のないことだった。
ちらと横顔を見れば、私の視線に気が付いた公爵に顔を背けられる。
目が合うことも嫌ならば、同席しなければいいと心から思った。
「ねぇ、エルリカ。あの日にこれが言ったこと、エルリカはまさか忘れていないね?」
それはあの日以降、周囲から避けられてきた話題だった。
叔父に同意し、さっさと公爵を室内から追い出さない私にも、叔父は苛立ってきたのだろう。
元々叔父は、そう気の長い人ではなかった。
「えぇ、すべて覚えております」
あの日公爵に返した言葉まで、私ははっきりと覚えていた。
威勢の良かった公爵の顔色に陰が差す。
「あのときは──」
公爵の言葉は続かなかった。叔父が話し始めたからだ。
「それならさっさと追い出そうよ、エルリカ。先日もこれは嫌がるエルリカを馬車に乗せ傷付けたばかりだ。ねぇ、エルリカ。もう我慢はしなくていいのだよ。早く私の元に戻っておいで」
「叔父様。私に言いたいことはそれだけですか?」
すぐに返事がなかったこのとき、私の中で叔父も公爵も変わらない存在となっていた。
そして私はまったく貴族らしい二人に、辟易している。
「エルリカ?もしかして怒っているの?」
「えぇ、そうですね。先日もお伝えした通り、私は叔父様に怒っています」
「どうしてだい、エルリカ?怒るなら、これだろう?」
「公爵にも怒ってはおりますよ。けれど叔父様に対する感情と、公爵に対する感情は、関わりなく別のものです」
「なんだと!私にも怒っているだと?」
これだけ言い返されていながら、どうして自分は怒られていないと思えたのか。
私はつくづく公爵が理解出来ない人だと思った。
「エルリカが私に怒るなんておかしい。これに影響を受け過ぎたね、エルリカ?」
「他人のせいにするな!エルリカは、お前の振舞いに怒っている!」
「自分のことを棚に上げ、よく言えたね?そもそもあれだけのことをして、よくぞエルリカの隣に座ろうと思えたものだよ。私があんなことを言ってしまったら、顔を合わすことも遠慮するところだ」
今日は時間に限りがあり、いつまでも付き合う気のない私は、二人に告げた。
「お二人で揉めることは結構ですが。叔父様。私は午後から予定がありますので、ご用件は手短にお願いします」
「それは大変だ。この後まだこれに何かさせられる予定があって、エルリカは困っているのだね?対処してあげるから、すべて私に言ってごらん」
「お前は何を訳の分からないことを言っている!午後の予定は、エルリカの決めたものだ!」
「エルリカが私と会う日に他に予定を入れるはずがないだろう?それに今日はこのままエルリカを連れて帰るのだから、予定通りには行かない」
「誰が連れて行かせるか!」
「私は待ったよ、エルリカ。今日は一緒に帰るね?」
「いいえ、叔父様。今日もそちらの邸には戻りません。それに公爵の説明は事実ですよ。午後にこの邸に私の友人を招いています。ですので、急ぎ今後についてのお話を──」
叔父はやはり私の話を最後まで聞いてくれなかった。
「友人?それは先日エルリカにくっ付いていた、あの子たちのことか?それなら今日の予定は認められないよ、エルリカ」
「なんだ、認めないとは?お前にそんな権限はない!」
「ここは公爵の仰る通りです、叔父様。こちらの邸に招きますから、叔父様に許可をいただく必要のない話です」
公爵には許可を貰っている。
この邸の所有者だから必要なことだった。
言い出したときには断られると思っていたが、意外にも公爵はすんなりと認めてくれた。
話を聞いてくれることも、ときにあるようだ。
「エルリカは、隠され、騙されている。あのときの彼女たちは、これが家門から見繕った令嬢たちだ。家門の最上位にいる者からエルリカと良く付き合うよう指示され、仕方なくエルリカに近付いた者たちだよ」
公爵がまた顔色を悪くして、押し黙った。
ちらちらと視線を寄越し私の様子を伺いながら、それでも私と目が合うことは避けているようで、黙しているのに公爵の顔はうるさかった。
この人は、私の隣にいて何をしたいのだろう。
「その話は本日彼女たちとするつもりです。叔父様はどうぞお気になさらずに──」
「そうか、エルリカはお友だちが欲しかったのだね。言ってくれたらすぐに私が用意してあげたのに。今から用意するから、その子たちは切り捨てなさい。今日の予定も、私から断りの連絡を入れてあげよう」
「叔父様。今日の予定は変更しませんし、私は彼女たちと今後も付き合いたいと願っています」
「そんなことをすれば、ずっと公爵家から逃れられなくなる。エルリカはそれを望んでいないね?」
今日こそは私を連れ戻し、もう自由にはさせない。
私は叔父の振舞いから、その強い意思を感じ取っていた。
けれど……私もまた覚悟を決めて今日を迎えている。
「公爵になりたくないと今も思っておりますし、早く公爵家から除籍して欲しいとも変わらずに願っておりますが」
「それは許さんと言った!」「良かった、エルリカ。では帰ろうか」
公爵と叔父に、私は真顔で続けた。
「お二人にはっきりと伝えておきたいことがあります。私は母の代わりにはなりません」
私が言い終えたとき、二人は息を止めているように感じた。
それでも私は続ける。
「そして私は──母のようになりたいとも思っておりません。むしろ母のようにはなりたくないと思い、これまで生きてきました。だから叔父様、公爵。お二人ともに、私に母と同じものを求めることはやめてください」
こんなに近くにいるのに、息をしているかどうか確認したくなるほどに、静かな時間が流れていく。
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