14.公爵令嬢は華麗に去る
「クラウス王子殿下。何を言われても、私はあなたとエルリカの婚約の話には同意しませんよ。今回王族の皆様には、大変お世話にもなりましたからね。おかげで元々許す気はありませんでしたが、未来永劫認めないことに決めました」
何を思ったか、叔父は王子殿下からのどの問いにも答えず、急にそう言った。
それでも王子殿下は穏やかに笑って仰る。
「そんな目的で思い出話を聞きたいと願ったわけではないけれどね。子爵の気持ちは知っているよ」
「ならばエルリカに近付かないでいただきたい。エルリカの結婚は、私が最高の相手を用意しますからね」
「待て。何を勝手にエルリカの婚約を断っている?その話を進めるかどうかも含め、考えるのは私だ。お前にエルリカの結婚を決める権利などない。だがクラウス王子殿下。婚約も未定の段階では、いささか娘と距離が近過ぎるのではありませんか」
公爵にはまだ黙っていて欲しかった。
また叔父と公爵が揉めはじめては、私の言葉はさらに届かなくなってしまう。
しかし……私には不明である。
どうして話題が私たちの婚約へと変わってしまったのか。
ただ私は叔父にお帰りいただき、公爵にも二度と学院には迎えに来ないように約束して欲しいだけ。
それも出来るだけ早くだ。
こんなときに話題を変えられては困るというのに。
それでも私が焦燥感に駆り立てられることがなかったのは、王子殿下ののんびりとしたお声を聴いたからだろう。
「間に二人も令嬢がいて、その令嬢からもこうして離れているのに。これで距離が近いと言われたら、私はどうしようかな。ねぇ、エルリカ嬢?」
「身内がご迷惑をお掛けしまして大変申し訳ありません。ただの世迷言ですので、どうぞお気になさらずに──」
王子殿下は笑ってくれたが、左右にいる令嬢たちはかなり困惑している様子だった。
急に私は恥ずかしさを知る。
私ではなく、二人がとても恥ずかしかった。
「身内か」「これが身内だって?」
重なるように何か聴こえたけれど、もう黙って欲しい。
「ねぇ、公爵。子爵。二人はエルリカ嬢が大事で心配だから、今日は迎えに来たのだろう?ならば、こうしてエルリカ嬢が二人の代わりに謝っていることについて、思うことはないのかな?」
意外にも、公爵も、叔父も、すぐには王子殿下に言葉を返さなかった。
すると王子殿下はさらに二人に言葉を掛ける。
「エルリカ嬢のことを本当に思っているなら、引くことも必要だと私は思うな。ねぇ、公爵。子爵。二人は気付いていたかな?私だけでなく、ここにはエルリカ嬢の友人たちもいるのだよ?」
「友人」「なんて素敵な響き」「エルリカ様のお友だち」「王子殿下公認の友人ですわ」
左右から重なるように声がしたけれど、こちらは聞いていて心地好いものだった。
恥じる気持ちさえ、たちまち薄くなって、私は自分というものが分からなくなった。
「先から二人の振舞いを見ていた私には、公爵も、子爵も、エルリカ嬢に嫌われたいのかと思えていたよ。ねぇ、エルリカ嬢?」
王子殿下のそのお言葉に、私はあまり考えずに深く頷いてしまった。
はっとして叔父を見れば、切なそうに目を細めてこちらを見ている。
しかし……何故公爵までそんな顔をしているのか。
女神の元まで送りたかった娘でも、自分が嫌われることは嫌だとでも?
おかげではっきりと告げておこうと思えた。
「王子殿下の仰る通りです。学院でこのように騒ぐ二人を恥ずかしく思いましたし、これが続くのであれば、私は真に二人を嫌うものと思います」
「き、嫌うだと?」「これは分かるが。私まで恥ずかしいだって?」
二人の表情が崩れても、私は心を揺らさないように意識して、淡々と言った。
「叔父様。私の意思は変わりませんので、どうか今日はこのままお帰りください。お手紙に書いた通り、次の学院の休日にお会いしましょう。それから公爵。明日も迎えに来るようでしたら、もう二度と公爵の用意してくださったあの邸には戻りません」
この私の発言には、公爵と叔父が真逆の反応を示した。
「なんだと?邸に戻らずどうする気だ!まさか子爵のところに戻るつもりではあるまいな?」
「なんだ、エルリカ。そういうことだったか。休日を待たずとも、明日は戻って来るのだね?」
私は叔父に向かい、首を振った。
「いいえ、叔父様。明日以降も叔父様の邸には戻りません。お二人がいつまでも私の話を無視し、お迎えを続けるおつもりでしたら、私は侯爵領に戻ります。貴族として成人しません」
余程の理由がなければ、学院を出ずに貴族として認められることはない。
学院は一般的な学問を学ぶ場ではなく、王国の歴史と共に、歴代の王族の偉業を余すことなく学び、貴族の子女に王家への忠誠心を植え付ける場にあるからだ。
だから王家は学院卒業と同時に、貴族家の子女を王国の貴族の一人として認めることになる。
貴族の身分を捨てたいならば、学院に通わないことが一番だった。
まるで仲が良いように同じく顔を青褪めた公爵と叔父が、さらに何かを言い出す前に、私は言った。
「王子殿下、本日はこの身に余るほどにご厚情を賜りまして、心より感謝申し上げます。身内が度重なるご迷惑をお掛けしましたあとですのに、私もまたお先にこの場を失礼する無礼を重ねますこと、どうかお許しくださいませ」
続いて私は急ぎ左右を見やる。
「ビアンカ様。アイリス様。レイチェル様。ルアナ様。今日もお見送り感謝いたします。また明日学院でお会いしましょう」
「「「「エルリカ様!」」」」
王子殿下に一礼したあと、私はさっさと歩き出した。
私の振舞いも大概だが、王子殿下は笑っていたから、不敬とはされていないと願いたい。
少しして振り返ると、いつもより彼女たちの手が大きく振られていて、私はそれから三度も振り返って、手を振り返してしまった。
何故か振り返るたびに王子殿下まで手を振っていたことには、戸惑いもあったけれど。
私はもう振り返らないと決意して、足を速める。
公爵は私の後ろを付いて来ていた。叔父は付いて来なかった。
「令嬢がそのように駆けるものではないだろう。本当に侯爵家の教育はどうなっているのだ?」
「早くあの角を曲がらなければ、あの子たちがいつまでも室内に入れないことが分かりませんか?」
「そういうことか!」
んんん?
さらに言い返されると構えていたのに、公爵は私に合わせ足を速めた。
護衛もぞろぞろと付いて来ていたし、通りに出れば前を歩く護衛も揃う。
「ふん。学院ではなかなか良く付き合っているようだな」
「そうだとよろしいのですが」
「お前にしては良き相手を選んだ。家門の令嬢たちならば、卒業後も付き合いは続く」
それも誰かの導きでしたね?
心の中では問い詰めていたけれど、私はあえて口にせず、別のことを言った。
「公爵にはなりませんが、彼女たちとの関係が何らかの形で続いていくと嬉しく思います」
「それは許さんと言った!お前は将来公爵になるし、未来永劫貴族でなくなることはない!」
こうして私はうるさい人を連れ、公爵の用意した邸に戻ったのである。
小さい邸しか用意出来なかったと公爵はいつまでも悔しそうに言っているが、私一人ならば広過ぎるくらいの……。
「どの邸でも仕事は出来る!お前が気にすることではない!いいから早く休め!」
今日は疲れたので、さっさと自室に引き下がった。
しばらく刺繍の図案を考えていたら、眠ってしまったようだ。
当たり前にベッドの中にいて、侍女たちに悪いと感じた。
そんな公爵家の侍女たちは、私の起きた気配に気付くと、また当たり前のように部屋に食事を用意してくれて、有難いことこの上ない。
夜食を取ると言って公爵が現れたことには、納得がいかなかったけれど。
お腹が空いていた私は気にせず食べた。どれも懐かしい味がした。
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