13.公爵令嬢は思い出す
私が迎えに来たことを咎めれば、公爵は黙った。
さすがに十度を超えて告げられていれば、私の言葉も覚えていたのだろう。
しかし私の手紙を読んでいるはずの叔父は変わらなかった。
「どうしたの、エルリカ?そんな風に声を荒げるなんて。あぁ、そうか。これの側にいて、良くない影響を受けてしまったのだね?なおさら早く、連れて帰らないといけないな」
「叔父様。私は元からこういう人間です。公爵の影響は何も受けておりませんよ」
「そんなことはない。エルリカは昔も今も、いつも穏やかに微笑んでいる優しい子だよ」
こんな叔父を見ていると、刺激しないように大人しく過ごしてきたことが、間違いだったのではないかと思えてくる。
叔父の記憶にあるその人は、私ではなかった。
「それは叔父様の記憶違いです。私は幼い頃からこうでしたよ。そうですね、公爵?」
「あぁ、そうだとも。どうして私たち夫婦から、こんなにも落ち着きのない娘が生まれたことかとよく話し……なんでもない!」
思い出話すら真面に出来ないのはどうしてなのか。
しかし今は叔父の様子が気掛かりで、私はこれを放っておいた。
叔父の周りの空気だけが、急に流れを止めて澱んだ感じがする。
「いけないな。大分影響を受けたようだ。私の知るエルリカは、そんなことは言わないからね。ねぇ、エルリカ。早く帰ろうか」
「叔父様。手紙に書いた通り、私は叔父様の邸には戻りません。しばらくは、公爵の用意した邸から学院に通います」
「これは駄目だ。今日は無理にでも連れて帰らないと。エルリカ、少しも嫌な想いをさせたくはないから、私の言うことを聞いて?さぁ、一緒に帰ろう」
「いいえ、叔父様。私はご一緒しません」
「これに何か言われたね、エルリカ?脅されたかな?そうでなければ、無理やり連れ去られたあとに、帰らないと言うわけがなかったか。安心して、エルリカ。すべて私が対処しておくから。さぁ、これに何をされたのか、正直に言ってごらん?」
「誰かに何かを言われたから決めたことではありません。確かに強引な方法を取られて公爵邸に向かうことにはなりましたが、それと叔父様の邸に戻らないことは別です。私は叔父様に怒っているから、そちらに戻らないことに決めました」
「怒っている?私に?エルリカが?あり得ない」
「叔父様、おじいさまとの約束を破りましたね?どうして私宛の手紙を何一つ渡してくださらなかったのですか?」
「手紙?あぁ、これが書いたあの紙屑のことかな?それなら捨てておいたよ?」
「誰からの手紙だろうと、読むかどうかも含めて、どうするか判断するのは私でしょう?」
「エルリカはまだ幼いのだから。私が判断することは間違っていないよ」
「私をいくつだと思っているのです?それに公爵からの手紙だけではありませんね?侯爵家からの手紙はどうされましたか?」
侯爵家当主である伯父が公爵に送った手紙には、私にも手紙を送った旨が記載されていた。
大人たちに一方的に将来を決められていることには違いはないが、それでも連絡があるかないかで、こちらの受け取る印象も変わるものである。
それに知っていたら、これほど話を聞かない公爵だとして、事前に私の事情を告げて、問題なく会う方法はいくらでも考えられた。
連絡が取れないからといって、家令ハリマンに迎えを頼む強引な方法を選んだ公爵にも思うところはあるが、馬車に乗る嫌な想いをさせられたことは、元はといえば叔父のせいだったと言えるのではないか。
「兄上の手紙のことかな?それならこれの紙屑と一緒に捨てておいたよ」
「おじいさまとの約束を守られなかったことを認めるのですね?」
「約束?エルリカのためにならない約束なんて、どれも守る必要はないだろう?」
こんな叔父をどう帰せばいいのか、それとも叔父を落ち着かせるために、今日はもう叔父の邸に戻るべきか。しかしそれは公爵が認めないだろう。
次の言葉に悩んでいると、左から声がした。
「やぁ、先日の大会議以来だね。シェーンクルム公爵。グラスデューラー子爵。ごきげんはいかがかな?」
左に並ぶ令嬢たちのさらに隣に、いつの間にか第三王子殿下が立っている。
さすがに大人たちは、爵位を持っているだけあって、これまでの様子が嘘のように大人しく頭を下げて、王子殿下に挨拶を告げた。
王子殿下はこれを当たり前に受け止めた後に、叔父へとゆったりと問い掛ける。
「ねぇ、グラスデューラー子爵。昔はよく私にエルリカ嬢のことを話してくれたね。覚えているかな?」
すると不敬にも、叔父は王子殿下に反応せず、私を見て言った。
「エルリカ。仲良くなってしまったのかな?これも駄目だよ?」
「叔父様は何を言っているのですか?それよりも王子殿下のお言葉に──」
叔父は私の発言に被せて言った。
少しばかり早口になっていた。
「せっかくエルリカに見合う男に育ててあげようかと、目を付けてあげたのにね。意外に意思が強くて、思う通りにはならなかった。だからね、エルリカ。これは駄目だ」
「叔父様、意味が分かりませんし、不敬が過ぎます」
「いいよ、エルリカ嬢。その様子だと、子爵はもう忘れてしまったようだね。私には愉快で楽しい思い出だから、これからは今と昔の話を並べて共に語れたらと思っていたのに、とても残念だよ」
昔の叔父は殿下に何を聞かせたのか。
思わず叔父を睨んでしまったが、叔父はそんな私の表情も認められないようで眉をぐっと顰めた。
「公爵夫人とそっくりな見目をしているのに、中身はまったく違っていて、予想もしないことばかりするから面白いのだと。子爵はよく語っていたよ。思い出さないかな?」
殿下のお言葉を受けて、私が過去を思い出すことになった。
短い時間のことだったけれど、あの事故の前の日々を思い出すことは、どれくらい振りだろうか。
それは懐かしくて、なのにとても新鮮な体験だった。
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