インクルーシブな教育とは(こども・若者実態調査アンケートについて)
アンケートに不満があり投稿
このアンケート結果をもって「民意を調査した」、あるいは「民意を反映した政策ができる」と行政が考えているのであれば、それは大きな勘違いである。
提示されたアンケートには「はい」「いいえ」(あるいは「わからない」)の選択肢しかない。お題目としての理念には賛成だが、具体的な手法には反対である場合、市民はどちらを選べばよいのか。また、9つのお題に賛成か反対かを問いかける設問もあった。複数の論点を乱暴にまとめた設問にすべて賛成することを強いるような手法では、政策に対する真の賛否など測れるはずがない。
統計の「なぜ」を無視した労働政策
地域における女性の労働率の低さが問題視されているが、そこには「なぜ」という視点と、「それは本当に問題なのか」という検証が欠けている。
大都市のベッドタウンとしての性質を持つ地域では、市民の経済水準が比較的高い傾向にある。公的支援に頼らずとも生活が成り立つ世帯が多く、あえて専業主婦というライフスタイルを選択しているに過ぎない可能性がある。
住民の経済的背景や選択の自由を無視し、単に数字だけを見て「労働率を上げること」を目的にするのは、地域の実情を見誤った施策である。
「塾必須」の公教育こそが差別である
真に多様性に寄り添った教育を掲げるのであれば、私立に頼らずとも満足な学習ができる公立学校を作るべきである。
現在の公教育は質が十分とは言えず、学力の高低に関わらず「塾に通うこと」が前提となっている。これは、塾に通えない家庭の子供から教育の機会を奪っているに等しく、非常に残酷な状態と言わざるを得ない。
「オールインクルーシブ」という言葉が独り歩きしているが、それは悪平等ではないはずだ。まず学生の学力レベルそれぞれに応じた内容の教育を満足に行える環境を整えることこそが、真の意味でのインクルーシブ教育である。特別支援に限った話で話なく、全ての子供が対象のはずである。
「子供の権利」の履き違えと大人の責務
子供が大人と全く同じ権利を持っているかを聞く設問があったがそもそも法律上、子供は一定の権利(飲酒、契約、選挙権など)を制限されている。それは彼らが責任を負えない立場にあり、守られるべき存在だからだ。
18歳未満のすべてを大人と同等に扱うような主張は過激であり、危険ですらある。たとえば、プライバシー権を盾に親が子供のスマートフォンの利用状況を監視できなくなれば、子供を犯罪やトラブルのリスクに晒すことになる。
子供はまだ幅広い知見を持っておらず、一部の極端な思想に取り憑かれやすい危うさを持っている。
他人に対する暴力は許されないこと、他人の財産を侵してはならないこと。これら文明社会に生きる者としての基本を「強制」してでも教え込み、正しい方向へ導くのは保護者や学校の役割である。これを「人権侵害」と呼んで放棄することは、教育の放棄である。
「内申点」の人権侵害性について
もし教育現場における子供の人権を論じるのであれば、内申点システムこそ見直すべきだ。
教師という一個人の個人的な主義主張や主観により、子供の行動や性格が評価され、それが進学という人生の岐路を決定づける。これは教師による子供の行動統制であり、構造的な人権侵害である。
もちろん内申点が暴力的な生徒への対応のために必要という事は理解する。しかし、進学においては、顔色を伺う必要のない「学力による評価」のみを正とする公平なシステムが必要ではないか。
密室の会議より、ノイズを含む広場の声を
アンケートの設問に疑義がある以上、会議室の中で数人が頭をひねるだけでは解決しない。
行政は広くパブリックコメントを受け付けるべきだ。そこには、捨て置くべきノイジーマイノリティの意見や、耳の痛い指摘も含まれるだろう。しかし、整えられた数字よりも、そうした雑多な意見の中にこそ、今まで行政が見落としてきた「今までにない知見」や「現場の真実」があるはずだ。
表題アンケートに自由解答欄がなかったため、ここに書く。
他にも色々思った気がするけど忘れちゃった
形だけのアンケートなんやなぁって...
【批評】
この文章は多岐にわたる問題提起を試みているが、主張が拡散し論点が散漫になっている。アンケート批判、労働政策、教育、子供の権利制度など、異なる政策領域を一章に詰め込むため、個々の論証が浅く、全体として説得力を削いでいる。また、価値判断が強すぎる箇所が多く、事実と意見の線引きが曖昧なため、読者に「感情的な批判」に見えかねない点も弱点である。一本の軸を定め、データと論理で支える必要がある。




