罪入り御前
一族代々、宮廷に仕えさしていただく、庖丁人(今で言う料理人)の家系でございますわたくし。とはいっても技はつたなく、末席を汚してございます。
かたや兄者らの腕は至高の一言。お上様にご贔屓される彼らにくらべ、わたくしなど及ぶものでありません。
ただ一つ、敵う特技があるとすれば。
やはり《《ゲテモノ料理》》になるのです。
昔から珍妙な品をつくるのが、わたくし唯一の十八番でして。
その甲斐あってか、妖専門の庖丁人として、お上様にそば置かれること叶いました。
河童の活き〆、子龍の開き、ろくろ首の踊り食い。
お上様を楽しませる逸品の数々、お膳だててきたわたくしは、今とても頭を悩ませているのです。
なぜなら今回の食材が、類を見ない稀品であったから。
調理台に置かれた食材——。
上半身、目を奪うほどにとびきりな美少女。濡れ髪がいやに劣情を誘う、水底を連想させる青白の肌は滑らかで瑞々しい。
いっぽう下半身とくれば、鱗がせましとつらならび、ヒレさえ存在をのぞかせて。まがうことなき魚の尾。
噂には聞いていましたが、実在したとは。
物部どもが竜宮からさらってきた妖。
その名も《《人魚》》——。
「殺さないで、殺さないで」
人魚はわたくしに懇願の熱視線を向けています。
「はて悩ましい」
はて、どうしたものか。
どう——、《《調理》》したものか。
とりあえずは〆ましょう。興奮で肉に血が回るといけない、味が落ちてしまう。
首筋に刃をいれ、血抜きをする。
「許すまじ……、許すまじ……」
呪詛を吐きながら人魚はこときれた。
「はてさて。人肉は味がよろしゅうない、酸味が効きすぎている。ならば、ウオの部を捌くべきか?」
《《美味》》を主眼とする庖丁人ならそれが正しい。
ただ、今回お上様がお求めになられたのは味でなく——。
「人魚の肉を喰らわば不老不死」
古代より信じられてきた伝承。人魚の肉、その不死性にこそあるのです。
「とするなら、味よりも権能が優先される……?」
ゆえにこそ、わたくしは悩ましいのです。
「不老不死の効能があるのは、《《人》》の部分か、はたまた《《ウオ》》の部分か、どちらだ?」
両方を別々に提供するのは、職人としての矜持が許さなかった。迷いを御膳に出すわけにはいかないからです。
「人か、ウオか……」
悩ましい……。
ふむ、ならば?
「両方を《《一品》》として提供すれば?」
脳内に閃光が駆けた。着想が弾けた。
人と、ウオ。両方ともを食材とし、一品を奉仕すればいい。
たとえば──。
人の肉とウオの肉を細かに刻んで、団子にでもすればいい。
人も魚もひとまとめ。
砂糖を加えれば人肉部の嫌味も抑えれよう。調味料で工夫をし、茹でればきっと絶品になる。お吸い物にでも沈めてみよう、生前の遊泳を表現できて、これまた傑作。
膳は急げと肉を細かに刻んでいく。ゆずや蓮根などの隠し味も忘れない。
完成したソレを、わたくしは当然毒味します。
「ほほう。これはなかなか」
口の中に罪的な美味が駆け巡る。
だからでしょうか、思考の端くれに、人魚の呪いがこだました気がしました。
——人魚殺しは大罪である。罪を償え。
気がついた時には、《《両手指》》のすべてが、そげ落ちていました。
まな板の上に、庖丁人としての命が《《十》》。
人魚殺しの、罪と罰。
しかしわたくしの興奮は、そんな些事、歯牙にもかけないのです。
「素晴らしい。この団子、細かく刻めばなんだって混ぜられる。調理法も簡単、《《指》》さえいらない。これは後世へ伝えていかねば」
手のひらで、こねるこねるごねる。
魑魅魍魎を幾星霜調理してきた指先は、呪いが沁みこみ、きっとどんな妖よりも珍味なり。
おちた指を口に咥え、噛み砕き、すりつぶす。
吐き出し、団子に混ぜる。
指がなくたってこねられる、実に素晴らしい。
これにて完成。
生涯一の傑作。料理名はそうだな、妖専門の庖丁人。業をかくと表す——。
『罪入れ』とす。
その後八百年の歳月がすぎ、令和の世。
だが呪いで死ねずのわたくしは灰となり、空を漂う。
別に構わないのです。
わたくしの考案した傑作が、今なお民草に愛されているのだから。
料理名『罪入れ』は転じて『摘み入れ』となり。
さらに転じて——。
雪降る空は、冬景色。
『ツミレ』が美味しい季節になった。
高校生の時に書いた拙作です。