08
テスト中、ちゃんと確認をした状態でも時間が余っていたから頭の中をごちゃごちゃにしていた。
見られる範囲で中野を見たりして時間をつぶす、ただ、普段はあまり見られない真面目な顔をしているからなんとなく悪い気がしてすぐにやめたけど。
昔みたいにお腹が痛くなったりすることもなかったから悪くない時間だった、終わることになったときに寂しくなったぐらい。
「お疲れ様ー」
「あんたもね」
うん、この子は笑顔が一番似合っている。
「だけどさ、ちらちら見てくるからちょっと落ち着かなかったよ」
「あんたが真面目な顔をしていたからすぐにやめたわ」
「笑顔だったら怖くない?」
それ、まあ、どうあってもすぐに見ることはやめていたということだ。
「たまにはお昼ご飯を食べにいかない?」
「それならお寿司ね」
目標は十皿、それ以上はお腹的にもお財布的にも厳しいから駄目だ。
ただこの子が無理でも一人でいくぐらいにはメラメラとしている、テスト勉強をやらなくていいというそれが私を燃やしているのだ。
「え、お昼から贅沢だね?」
「テストが終わった日ぐらいいいでしょ、嫌じゃないなら付いてきなさい」
で、彼女も付いてきたから少し離れたところにある回転寿司屋に入った。
平日の昼ということで混んでいなかったからすぐに座れた、テーブルに通されて何故か対面にではなくて横に座ってきたこの子には呆れたけど。
もうこうして通されてしまえばすぐに戦場となる、が、誰にも邪魔されないから落ち着いていられる。
「イカ……」
「はい」
「マグロ……」
「はい」
「タイ!」
何故非効率な私の隣を選んだのか、というか二人ならカウンターの方がよかった、各自自分で注文できるからだ。
でも、文句を言っても変わらないから食べたがりな彼女のために注文して皿を取りまくった、テストなんかよりもよっぽど疲れた。
「なんでお昼ご飯を食べられたのに私はこんなに疲れているのよ……」
「ご、ごめん、お菓子とかあげるから私の家にいこ?」
「まあ……それぐらいはしてもらわないとね」
元からこの子の家で一切遠慮をしたりはしていないけどごろごろ自宅のように寛がせてもらうことにした。
ただ、この子のなにかを刺激したのかデローンと伸びている私の上に覆いかぶさってきた、真っ直ぐに顔を見ても恥ずかしがったりはせずにこちらを見てきているだけだ。
「私がこうやってあさをほとんど独占しちゃっているけどさ、本当はゆみだってあさといたいんでしょ? あ、ちょっと違うか、ゆみはあさを取られたくないんでしょ?」
「さあね」
お昼ご飯を食べにいこうという話が出てすぐに行動を開始したわけではない、ちゃんとゆみに確認をしたうえで二人になった。
「いいのかな?」
「それもさあね、私は相手が動かないとなにもできないわよ」
「アピール次第ってこと?」
「そうね、なにもやってこないなら動いてきた方のそれを受け入れるしかないでしょ」
目標を達成することができなかったのにお腹の余裕がなかった。
だけどトイレにいくほどではないから依然として中野の顔を見ていると「いい?」と聞かれて首を振る。
「え、だって動いてきた方のそれを受け入れるって……」
「ちなみになにをするつもりだったの?」
「抱きしめたかった」
動いてきた方が~などと口にしておきながら素直に受け入れられない自分がいた。
中野をそういう目で見られないからではなく、ゆみが中途半端な態度で、中途半端に内のそれを吐いてきたから。
片方から諦めるという言葉を聞くまでは受け入れてはいけない気がする。
「帰るわ」
「え、お、怒っちゃった?」
「違うわ、なんかずるいことをしている気分になってくるからよ」
もうゆみのことが好きだから受け入れられないの方が楽だった。
ずるいことをしている気分云々と言っておきながらゆみの家に寄った矛盾している自分がいる。
「ふふ、面白いわね」
「なにも面白くないわよ、あんたが余計なことを言わなければ……」
こんなことにはなっていないのに……ではなく、中野だって私のことを気にしていなければ楽だった。
「つまり無駄ではなかったってことよね、でも、もかに申し訳ないから私は動かないようにしておくわ」
「……それぐらいどうでもいいってこと?」
「そんな訳がないでしょう、けれどね、協力しておきながら後から動くなんてできないわよ。あなただっていつも言っているじゃない、自分が引っかかるからしたくないってね」
今回は彼女の笑みがかなり効いた。
こちらの動く気がなくなってうつ伏せで帰らないぞと抵抗していたら「もかの好意を受け入れてあげなさい」と背中に追加攻撃、責められているわけでもないのに涙が出そうになった――となって自分が驚いて顔を上げた。
「いや違うでしょ」
「なに?」
「いま一瞬涙が出そうになったけど、どう考えても私が流す側じゃないでしょ」
「そうね、あなたが帰った後に私が流す側よね」
「あんた素直になりなさいよ」
が、答えなかったうえに姉からメッセージが送られてきて帰ることになった。
こういうときに最強なのは姉だとわかった一日だった。
「嘘をついたの」
「本当は?」
いつものいい笑みに変なものが混じっているから聞いてみた、うん、この点については最近一緒に過ごしまくったことがいい方に影響している。
「……嘘なんかじゃないけどゆみが可哀想だし……」
で、これだ、彼女もなかなかやってくれるものだ。
そしてこれも一緒に過ごしたことによるいい効果だった、少し前までなら隠してそのままにしかねない。
「はは、だったら堂々と存在していなさい」
「でも、どうせゆみを選ぶし……」
「んーどうなるのかしらねー」
昨日はなんか変なテンションになっていたけどいまはすっかり落ち着いている、ずるいという考えも出てこない。
単純に場所が影響しているのだろうか? それなら家にいかなければこの子といつも通りの私でいられるというわけか。
「もうはっきりしてっ、あさがゆみを選ぶなら私が一番におめでとうって言いたいからっ」
「だからドロドロの恋愛ドラマか」
「……あさはすぐにふざける……」
んーだけどいまのままだと弄ぶつもりはなくても似たようなことをしているみたいになってしまう。
露骨とも言えるぐらいには一緒にいる時間を増やしておいて結局、一緒にいる時間が減っていた親友にというのも微妙……なような自然というか、やっぱりゆみ寄りなのか?
「ねえ、最低な質問だけど私がゆみを選んでもその場合は友達でいられるの?」
「私、上手くやれる自信がないよ」
わがままな自分がいて一緒にいられなくなるのは嫌だとはっきり出てくる。
「あーもうなんで私が好きになる側じゃないのよっ」
そもそも私の行動で好きになるのならこれまで何人の異性か同性を好きになってきたのかと聞きたくなってしまう。
振られてしまったからヤケになっているというか、数打てば当たる作戦でやっているだけなのか、そこにどれぐらいの気持ちが込もっているのかわからなくなってくる。
百パーセント中百パーセントなんてものは期待していないものの、二十パーセントぐらいなら矛盾しているけど動かないでもらいたいぐらいだ。
「きっかけが私達なだけで好きになる側じゃない?」
「そこで冷静に返してくるなっ」
「えぇ、なんで怒られたの……あさは平気で酷いことを言ってきたのに……」
「……酷いのは正直そっちよ」
これもまた全てとは言えなくても言葉で揺さぶってくるから、少し前までとは違うからだ。
「これなら姉の告白を受け入れておいた方がよかったわ……あんた達を振ることになるぐらいならね」
「それってこっちのことを考えてくれているってことだよね、嬉しいな」
「あんた達のことを一切考えなくていいなら悩まずに選択しているわよ」
……最低なあれだけど中野とゆみにくっついてみればわかるだろうか? 抱きしめたりすれば少しぐらいは自分の中のそれを刺激できるかもしれない。
「いまからくっつくから嫌なら逃げなさい」
「なるほど、試してみるってことだよね。わかった、どうぞっ」
うん、この子は普通の温かさだ。
公園でアホなことをやっている以外についてはなにも気にならなかった、だから三分ぐらいはくっついていた。
体を離して顔を見てみたらいつもの好きな気持ちのいい笑みを浮かべていてそれでも安心できた。
「ありがと」
「うん」
いや駄目だ、ゆみにくっついたって結局落ち着く~とか安心できた~とか言っているのが容易に想像できる。
どうすればいいのか、そもそも人をそういう意味で好きになるのが難しすぎる。
「やっと決めたのね、おめでとう」
「それがまだなのよ」
「おばかっ」
「ぶへえ!? な、なんで叩かれたのよ……」
冗談抜きで今回は勢いがあった。
人生で一番泣きたくなった瞬間だった、いや、なんなら涙がちょっと出てきたぐらい。
「適当な気持ちで抱きしめるなんてするべきじゃないわよっ、あなたがそういう子だったとは思っていなかったわっ、さようならっ」
「待て待て、幻滅したことにして終わらせようとするな」
「でも、最低なのは変わらないじゃない」
「ごは!?」
自業自得とはいえ、叩かれたことなんて全く気にならなくなったぐらいにはダメージを受けたね。
心の中で泣いていると「あと、私はもかと楽しそうなあなたを見ることが最近の楽しみだから諦めるわ」と、それが言いたいだけならいちいち叩く必要はなかったと思う。
「あんた――」
「待ったっ、やっぱり私がやめるよっ」
もうこの二人が付き合ってしまえばと考えてしまうのは勝手だろうか? 私と中野、ゆみの場合よりもよっぽど仲良さそうに見える。
「いいのよもか」
「ううん」
地面を見て過ごしていても勝手に進行していくこの感じ、うん、私が消えればすぐに解決だ。
「ふふ、顔に思い切り出ているわよ?」
「う゛ぅ゛~……だっでぇ……」
「大丈夫だから。中途半端なことをしてごめんなさい、あさ、あなたはちゃんともかを見てあげて」
「……なんでこういうときにいい笑みを浮かべるのよ」
「本当にそう思っているからよ、さ、少し冷えるから帰りましょう?」
こうなったらもうそうやって動くしかない。
そのまま信じるしかないのだ。
「ぐふ……なんて汚いんだ……ゆみが諦めてくれてよかったって考えちゃったんだよ……」
「そりゃ好きならそうでしょ、あと胸がびしょ濡れなんだけど」
もうゆみと別れてからずっとくっついてこの調子だった。
秋だからもう普通に冷たい、中途半端に濡れていると気持ちが悪いからそろそろやめてもらいたいところだ。
でも、なんか可哀想だから別のところを向きつつずっと頭を撫でていた。
「……あんなの絶対に嘘なのに、あんなに魅力的な笑みを浮かべて冷静に対応できるなんてゆみはすごすぎるよ……」
「そうね」
あの笑みは本当に必殺の攻撃だ、彼女には習得してほくない技だと言える。
「ふぅ、ちょっと落ち着いたよ」
「うん」
「ねえあさ、一緒にご飯を作ろう」
「そうね、お腹が空いているから悪くないわね」
姉の方はこうして外で食べてきても特に言ってくることはなくなった。
単純に中野かゆみの邪魔をしたくないのか、それとも、やはりあれが冗談で好きな相手と上手くやれているから私が遅くまで帰ってこない方が好都合という可能性がある。
ま、住ませてもらっている身だし、姉がそれで楽しくいられているのであれば私的には十分だ、帰れと言われたら少し寂しいけど実家に戻ったっていい。
「前も思ったけどあんたは結構多く作るわよね、お弁当はあんなに小さいのに意外ね」
白米が少なくておかずはいつも決まって卵焼き二つと唐揚げ一つだけ、姉が気にかけてくれている分、余計に気になってしまう毎日だった。
だから余計なお世話でちょっとずつあげたりして食べさせてきた。
「明日や明後日の分も考えて作っているのもあるし、私が家だと多く食べるというのが大きいかな」
「それでその細さ? え、お昼にちょっと減らした程度でその効果? 運動は?」
夜になれば後は寝るだけだから一番減らすべきというそれを信じて頑張って減らしたうえに腹筋運動なんかをしてきたのに非効率な行為だったとしたら……。
「んーちょっとお肉がついちゃっているからね、歩くことは好きだけどあさと会うときぐらいしか多く歩かないからね」
「馬鹿にしてんの? 私なんてちゃんと動かないとすぐにプニョプニョになるのに」
「あさは細いよ?」
「いやだからそれは努力をしているからよ、ちょっと見せなさい」
ご飯よりも気になったことの方が優先されることだ。
「……んーちょっと恥ずかしい」
「あんた……」
肌が白いわねーと内で呟きつつジロジロと見ていく。
やたらとシンプルな下着、意外とこういうところにお金をかけないのか、こういうのが好みなのかというところ。
「うわ、あんた顔が真っ赤じゃない……って、おーい?」
頬をペチペチと叩くと「ぷはぁっ!? お、思わず息を吸うのを忘れちゃっていたよ」と復活してくれてよかった。
ま、これからも彼女のこういうオーバーなところを見て楽しんでいこうと思う。
「無事ならいいわ。ありがと、ご飯を食べましょ」
「う、うん、うーん……? なんかこれって私だけ恥ずかし損じゃない?」
「知らないわよそんなの。いただきます、うん、今日も優しい味で落ち着くわ」
食べ進めていく内に強くなり、食べ終わったときに帰ることが面倒くさくなってきた。
なんとかするために運動をしていたとはいえ、普通ご飯を食べ終えたら家からは出ないから別におかしなことではない……はずだ。
「ごちそうさま、洗い物をしてくるわ」
「私がやるから大丈夫だよ?」
「それよりあんたに頼みたいことがあるんだけど、いい?」
泊まらせてくれと頼むのはあんまりないし、いまは関係が変わったようなものだからその点でも違うから少し言いづらかった、「ごく……ど、どうぞ」とこの子がまた呼吸をやめてしまいそうだったから今日は泊まらせてくれないかとすぐに頼めたけど。
「な、なんだそんなことか、私としては離れたくないからありがたいぐらいだよ?」
「そ、じゃあ泊まらせてもらうわ」
ならさっさとやることをやって後はゆっくりしよう。
問題だったのはこの場所が落ち着くところだったということだ、じっとしていればこうなって当然だけどまさか二十時には電気を消して寝るなんて予想していなかった。
早寝早起きタイプでも早すぎればこの前みたいになる、だから寝られなくてあっちを向いたりこっちを向いたりしている状態だった。
「ん……寝られないの?」
「そんなところだけど、起こして悪かったわね」
三十分ぐらい経過しても寝られなかったらまた歩いてこようと決めた。
鍵なんかも借りていけばこの子が危ない目に遭うことはない、だから起こして申し訳ないけどありたいことでもあった。
「いいよ……ふぁ……ふぅ、私と一緒なのも原因なのかな?」
床に寝るのも嫌だからベッドで寝させてもらっているものの、そんなことは全く関係ない。
寝る場所が変わるぐらいで寝られなくなるのなら姉の家でも問題が出ていた、だけどそんなことは一度もなかったし、なんなら初日から爆睡していたぐらいだから場所の影響なんてゼロだ。
「違うわ、寝るのが早かっただけ」
「そっか、なら手を握ってもいい?」
「そんなの自由にすればいいでしょ、あんなことの後に泊まっている時点でもうそういうことなんだから」
「じゃあやらせてもらうね」
はいいけど、何故かすぐにすーすーと寝息を立て始めてしまった。
泣き疲れたのか、あとは私が受け入れるかどうかでずっとあれだったのかもしれない。
また起こしてしまったら可哀想だからなんとか朝まで寝――られはしなかったからまた見られる範囲で色んなところに意識を向けてなんとかした。
「おはよ」
「お、おふぁよっ」
髪が長いけど寝相がいいからボサボサになっていたりはしなかった。
そう、髪と言えば短くしたおかげでいちいち気にしたりしなくてよくなったのが大きかった。
ただ、最近は少し首が冷えるからそういう点ではデメリットもあるものの、悪い面がないことなんてないのだから仕方がないと片付けられている件だ。
それよりもだ、あまりに不自然なそれで違うことを考えてしまったけどなんとかしておかなければならない。
「は? あんた記憶でもリセットされたの?」
「……だって起きたら好きな子が目の前にいるんだよ?」
「手を自分から握っておいて今更ね」
まあいいや、歯を磨いてスッキリさせよう。
適当に考え事をしながら磨いていたら後ろから抱きしめられた、背中に顔を押し付けているからどんな顔をしているのかはわからない。
動かしにくいとかそういうこともないからささっとやって終わらせてもやめないから流石にやめてと言おうとしてやめた。
「……いいの?」
「だから泊まったうえにあんたと一緒に寝た時点でわかるでしょ」
「ありがとう」
で、結局離れたくなって無理やりやめさせた。
すぐにくっつこうとするからそれを止めるのに体力を消費することになったのだった。