04
「あさ起きて」
「もう朝なの……って、暗いじゃない」
姉の部屋で寝ることを迷わずに選んだくせに夜中に急襲してくるとは自由人かと言いたくなる。
体を起こしてとりあえずベッドの端に座らせたけど、すぐには喋り出さないし、なんとも言えない時間の始まりとなった。
「中野は?」
「一番早く寝たわ、夜更かしはしないタイプみたい」
「あんたもね、まあ、こんな変なことをしているけど」
向こうの家に泊まっても二十二時になったら寝ていた、だからこちらも寝るしかなくて少し物足りない感じになる、が、彼女がこちらに泊まる回数の方が多いために引っかかるのはそのときぐらいで済んでいるというのも毎回のことだ。
「中野さんが家から連れ出してくれて助かったわ、あの子がいてくれなかったら私は最終日まで引きこもることになっていたもの」
「ま、それも一つのいい過ごし方よ、最近はどんどん暑くなっているからね」
汗をかくことは嫌いではないけどそのまま時間が経過したら弱ってしまうかもしれないし、単純に汗臭くなるから女としては避けたいのもある。
あとは夏休みぐらい一人で過ごすぐらいでいいというのもある、どうせ望んでいてもいなくても学校が始まれば複数の人間と一緒に過ごさなければならなくなるのだからそのときまではゆっくりしておけばいいのだ。
「……あなたのせいなのよ?」
「いや、押し倒しながらそんなことを言われても困るんだけど……」
祭りの途中からそうだったから楽しいことが終わって寂しいというそれではない。
過去にもこういうことがあったから唐突すぎるというわけではないけど、少なくとも同性を押し倒したところでなにも意味はない。
特別な感情があって好き同士だったらそこからいくらでも広げられそうだけどね、残念ながらそうではないから暗い部屋の中、至近距離で見つめ合っても相手の顔がよく見えるだけでしかなかった。
「……少し前までとは変わってしまったわよね」
「あんたもね、やたらと中野に興味を抱いているじゃない」
中野だってとことこ後ろを歩いて楽しそうにしている……かどうかはわからないものの、少し前とは違うことがはっきりしている。
「なんというか……放っておけないのよ」
「あの子はあんたと同じだけどね、実際は友達が沢山いるのよ」
「私とあの子は違うわよ」
彼女がそう考えているだけ、私がこう考えているだけ、このまま話し合っても延々平行線で終わらないから続けるつもりはなかった。
陽キャではなかったら姉には付いていけない、姉の部屋で寝られている時点で中野は私とは違うのだ。
姉に任せてお風呂にいった私、ただ、まさかそのまま話せないまま終わるとは思っていなかったけど。
「とりあえずどいて、逃げたりしないから」
「ええ……」
二人が帰った後に昼寝をしようと決め、とりあえずこれは彼女が満足するまで付き合うことにした。
「秦……」
「あんたも起きてきたの?」
「あっ、ごめんっ」
その割には姉の部屋に戻らずに顔だけ出してこちらの部屋を覗いてきている。
「は? なにを言ってんの?」
「だ、だってこうして真夜中に二人でベッドに座っているってことはさ……」
「頭の中ピンク色か、いいから来なさい」
変な誤解をされても困るからこちらは床に座ることにした。
真っ暗な部屋でなにをしているのか、喋ることだったら起きてからいくらでもできるのに物好きばかりだ。
「それで?」
「あ、滝根がいなかったからいるならここかなって」
「あんた口を開けばゆみのことばっかりねぇ」
一昔前の私か、はぁ、中野はいいけど私の方は本当に恥ずかしいことをしてきたことになる。
なんか一緒にいればいるほど自分のそういうところが出てきていいのかどうかがわからなくなる。
「さ、流石に年上の人と二人だけなのは緊張するから……」
「お姉ちゃんは一度寝たら朝まで起きないから大丈夫よ、つまりゆみが大好きすぎるのよあんたは」
「も、もう苦手じゃなくなったけど、まだ大好きというレベルにはなっていないよ」
「ま、いいことだから仲良くしなさい」
って、私が喋ってどうするのか。
腕を組んで黙っているとこちらをなんとも言えない顔で見ていた中野がゆみと会話を始めた、ゆみも上手く対応をしていてらしいと言えた。
しかしこう……黙っていると眠たくなってくるのが現実だ、だから一人うとうとといつでも寝られるぐらいだっった。
小声で話している分、逆に落ち着くというか、うん、これは仕方がないと思う。
「わ」
「……やるならもうちょっと声を大きくしなさいよ」
それにねえとかでいいだろう。
中途半端に寝ると頭が痛くなるタイプだから感謝しよう。
「ほら、うのさんに迷惑はかけたくないから」
「だったら寝ないように耳元でずっと喋っていて」
「わ、わかった」
「冗談よ」
さて、頑張りますかね。
学校のことでやらなければならないことはもう終わっているから合わせておけばいいのは楽でよかった。
「最近楽しい?」
「急ね、普通に楽しいけどお姉ちゃん的には物足りないの?」
「うん、ちょっとねー……」
「意外ね、吐けることがあるなら吐いておきなさい」
でも、言わないと。
こちらとしては聞かないと話にならないからはっきりしてくれなければ現状維持となる、つまり姉は物足りない毎日を過ごすことになるのだ。
「わかった、好きな人と上手くいっていないからでしょ」
「うん、それもあるよ、あとはせっかくあさが家にいるのにお仕事ばっかりだなーってところも影響しているね」
「いや、私なんていつでも話せるじゃない、お姉ちゃんがその気になれば平日に出かけることだって簡単にできるのよ?」
いけても飲食店やちょっとした買い物程度だろうけど無理ではない、少なくともゆみや中野を誘うことに比べれば遥かに容易だ。
わざわざ出かけなくても満足できるならもっと楽だ、私なんて学校があるときでも休日でも家にいるのだからなにも疲れることをしなくていいのだ。
「うぅ……だってゆみちゃんやもかちゃんとばかりいるもん……」
「え、それは勘違いというやつよ」
祭りのときのあれだってゆみがいなかったら一緒に過ごすこともなかった、なにかを食べて花火を見て帰ってくるだけだった。
そもそもあの日から時間が経過していてこうして家にいるから話せているのになにを気にしているのか。
「というか前もこんなことを言っていたわよね、あのときは冗談だって言っていたけど本当のことだったの?」
「……寂しい」
「はは、もう二十二になるところなのに面白いわね」
「面白くないよっ、これならまだあさが実家にいてくれた方がよかったっ」
「んーお姉ちゃんが嫌なら実家に戻るけど、地味に遠いのよねぇ……」
いまだって遠いのに更に遠くなる、というかなんでもう少し近場に高校が存在していてくれていないのか……。
よくある◯◯高校が一番近かったからという理由だけど、三十分もかかっているとうーんという感じ、いやまあ他市とか他県とかよりはマシだけど……。
「わかったわかった、なら実家に戻るわ、最近は運動不足だったから丁度いいもの」
「え、ちょ」
「とりあえず細くなれるまではそうするわ」
更に遠くなるは少し大袈裟だった、三十分から四十分ぐらいに変わるレベルでしかない。
ゆみと同じ小中学校に通えていた時点でそういうことになる、あくまで高校からすればというだけの話だ。
「そういえば中野は……どうでもいいか」
どこに通っていたのかを知ることができてもいまの中野と今後の中野のことしか知ることができないのだから。
というか、本人がいないときに誰でもいいけどいない人間のことを考えるのは微妙だからやめたかった。
「ただ――ごはっ」
「待て」
「せっかくの休日なんだから変なことをしていないで休みなさいよ……」
扉を開けたすぐそこに立っているとは思わなくて尻もちをつくことに……。
「うのとなにかあったのか? ちゃんと仲直りしないと駄目だぞ?」
「喧嘩じゃないわよ?」
「そうなのか、ならうののことが好きなあさはなんで帰ってきたんだ?」
「私的にも姉的にも気分転換のために、かもしれないわねー」
「ま、まあいい、ゆっくりしてくれ。俺は心配だからうののところにいってくる!」
よくこれまで我慢できていたなーという目で走っていく父の背中を見て、消えたら今度こそ家の中に入らせてもらった。
ちゃんとまだ残してくれてある自室に入ると落ち着けた、姉といられないのは寂しいけどここで大人しくしているのも悪くはない。
なんとなく連絡の方もしなくていい気がして携帯の電源を完全に落とそうとしたらそもそも充電が切れていたので充電器をさしておいた。
あのときのことを思い出して止まったのもある、しないと言ったのにそんなにわかりやすいことをしたらただの構ってちゃんになってしまうからだ。
「あさー」
「あれ、もう帰ってきたの? なにー?」
「途中でゆみちゃんがいたから連れてきたぞー」
えぇ、ある程度の仲でも娘の友達を連れてくるのはちょっと……。
仕方がないから扉を開けると父はもう一階に戻ったみたいだったけど確かにそこにはゆみが立っていた、
「当分の間はこっちで過ごすの?」
「うん、いまお姉ちゃんといるとお姉ちゃん的にマイナスだから」
いまの状態が落ち着いて姉の方から求めてきたらまた戻る可能性もある、が、いい距離感でいるためにもこれは必要だからこのままが理想だった。
「そう、正直、こっちの方がいきやすいから助かるわ」
「そうだったの?」
「うのさんのことは優しくて好きよ? でも……」
すぐに来るから? 姉の家だから? 色々と予想することはできる。
あまり言わないけど彼女は大きな声が苦手だ、そういうところからきている可能性もあった。
「中野さんには教えたの?」
「まだ」
「だったら教えてもいい?」
「うん」
「なら帰った後にメッセージを送っておくわ」
歩くことが好きなあの子なら少し距離が伸びても来るだろう、その際は私に興味があるわけではなくて彼女に興味があるからだけど気にする必要はない。
ま、いまのままでも変わってもどっちでもよかった。
「あさ起きてる?」
「まあね、あんたは寝られないみたいね」
夏休みだから少しぐらいは夜更かしをすることになってもいいか。
あ、帰らずに泊まることを選んだのは父が余計なことを言ったからだ、だからなにもおかしいわけではない。
「ええ、少しね」
「これのことなら気にしなくていいわよ」
「いえ、別に泊まることについて考えているからではないから」
「そ」
こちらの手に触れてから「うのさんから離れたことよ」と。
こうして抑え込まずに吐いてくれるなら動いた意味があるというものだ、きっかけを作っているのも私だからちょっとあれなことを抑えつつ笑う。
「ああ、私があんたや中野とばっかりいるから気になるんだって、最近はゆみも中野もお互いにしか興味がないと言っても聞いてもらえなかったのよ。あとは私が実家にいてくれた方がいいって言っていたから帰ってきたの」
「うのさんが本当にそんなことを言ったの?」
「嘘をついても仕方がないでしょ?」
そもそも実家にいてくれた方がよかったなどと言われてなにも感じない人間はいない。
ま、役に立てているわけではないから被害者面はできないけどね、だからこそ考えている風を装ってこうして離れた。
こういう点では成長できていていいと思う、昔ならなにもかもを吐き出して相手を困らせるだけだったから。
「そうなのね、それだと苦しかったでしょう?」
「いや、お姉ちゃんにとって私があそこにいてもメリットはなかったからね、確かにそうねってなっただけよ」
「ふふ、嘘ね」
さっきまで暗い顔をしていたくせになによと言いたくなる。
ゆみの笑顔は好きだけどこういうときの笑みは好きではない、全部知られてしまっているみたいで嫌なのだ。
いくら言葉を重ねても彼女に届く前に終わるか、届いても全て跳ね返される、前に進めてくれるまで黙るしかなくなってしまう。
「嘘じゃないわよ」
「意味ないわよ、昔から一緒にいるからわかるわ」
「……だから違うって、ゆみと中野が仲良くしてもまるで気にならないわ」
「私はあなたが遠慮ばかりしていて気になるけどね」
遠慮なんかしていない、私らしく行動しているだけだ。
「たまには役立ちたいのよ、だから出しゃばらずに黙って見ているの。そうしたら一緒に過ごさないようにしているのにあんたがすぐに来て台無しよ」
「ふふ、いくに決まっているじゃない」
「でも、中野にとっても私にとってもそれは理想じゃないから」
というか、あのいい子の邪魔をしたくないというのが大きい。
「あさ」
「なによ? あんたって私の名前が好きよね」
「好きよ」
「告白をされてしまったわ」
「あら、そういう風に捉えるの? それこそイケナイわね」
つか今日も今日とて真っ暗な部屋でなにをしているのかという話だろう。
しかもいつまで手に触れたままでいるのか、エアコンなんかはないから部屋が冷えているわけではないため手汗なんかが出ていないか気になる。
「熱いわね」
「普通でしょ」
無理やり抑え込んで目を閉じていたら次に目を開けたときには朝だった。
早起き派で朝に歩くことはこっちでも変わらないから起こさないように部屋を出る、パジャマなんかにいちいち着替えるタイプではないからこのまま外に出ても関係ないのが楽でいい。
「あ、秦っ」
「あんたすごいわね」
「夜中に滝根が教えてくれたんだ」
そりゃ他の人間が教えていたら怖いからそうでなくては困る。
「どうせこうして会ったのなら一緒に歩きましょ」
「うんっ」
なんで朝からこんなに元気なのかと考えて普通にこのまま一緒にいたらゆみと会えるからかとすぐにわかった。
何回も誘うとあれだけど友達……かどうかはわからない存在に付いていけば一緒に過ごしたい相手と過ごせるなら、時間があるならいくだろう。
「あのさ」
「ゆみならまだ寝ているわ、でも、ある程度歩けばあの子だって早起きタイプだから起きるわよ」
まだ五時だから三十分ぐらいは歩いたとして五時三十分、少し夜更かしをしたから遅れるかもしれないものの、少なくとも自宅からどこかに集まって会おうとするよりも楽だ。
「いや滝根のことじゃなくてさ、お姉さんの家じゃなくてもいってもいい……?」
「え、別にいいんじゃない?」
「やった」
「言っておくけどあの子は連日泊まるわけではないわよ?」
「え? うん、友達でも連日泊まるのは無理だろうからね」
じゃあなにが目的なのか、姉だっていないのに……まさか両親? いや、挨拶だってまだしていない状態なのにありえないか。
戻ってもそうでなくても私の部屋にはあまりいい物がない、だから結局家にいったところで会話で時間をつぶすぐらいしかできないというのに……。
「話は変わるけどさ、秦はちゃんとお姉さんと仲直りしなくちゃ駄目だからね?」
「あーそういうのじゃないんだけど」
「秦はどうか知らないけどお姉さんは秦といられるのすごい楽しいって言っていたよ?」
ああ、あのときそんな話をしたのか。
せっかく一緒に過ごせているのにその場にいるか、その場にいない他の誰かのことで盛り上がってしまうのは残念だと思う。
本当に興味があるのはいま話している相手のことなのに無駄に遠回りというか、もったいないことをしてしまっているのは確かだ。
「落ち着いて戻るのを求められるまではこのままよ」
「そっか」
「気になるならあんたがいってあげなさい、そうすればわかりやすく元気になるわよ」
結局こうしてゆみや中野が来てくれて心では喜んでいる私のようにね。
私でもゆみでも姉でも中野の行動によって少なからず影響を受けている状態……だと思う、ただこの子は自由にやるから……。
「秦っ」
「なに――近い」
こういうところは姉とよく似ている、春夏秋冬、いつでもこの距離感で困ることもある。
まあでも、遠慮をしていた最初に比べたら(あまり時間も経過していないけど)マシなのではないだろうか。
「考え事をしながら歩くのは危ないよ、でも、歩いているときだって考えたいかもしれないから手を握っておいてあげる」
「は、はあ、じゃあはい」
「うん、そっちに集中していいからね」
「いやいいわよ、どうせならあんたとお喋りをするわ」
「そっかっ」
というか、中野の方が姉らしくなってきたと言うべきか。
最近の姉がおかしいだけなのだ。