第十六話 至福のひととき
「怒ってるの?」
「怒ってねえよ。イライラしてるだけだ」
(いや、怒ってんじゃん! なんでだろ。ボクがまた世話かけたから?)
「ボクなんかし…」
「はるみは悪くねぇ。俺にイラついてんの。アザーから狙われている女子高生1人置いて、何やってんのってな。はるみ、これは親の代わりとして言うぞ」
「うん…」
なんだなんだ、何を言われるんだ。
「俺の家に来い」
「はぁ!?」
ボクはびっくりしすぎて、反抗期の娘みたいな反応をしてしまった。
「大丈夫だ、俺は実家に住んでいる。親父と母ちゃんも一緒だ。部屋も空いてるからそこ使え」
サクはボクの方を見ないで、ただ真っ直ぐ向きスタスタあるいていく。
「いやいやいや、ボクちゃんと家あるし。なんかわかんないけど、結界みたいなの張られてるから大丈夫だと思うよ? 流石にバイトは休めないけど…」
走ってサクに追いつき横並びになれた。
「詳しくは家ついてから話すけど、バイトはこのまま行ってもいい。その代わり、田嶋を働かせることになった」
「え?田嶋くん? 昔、ご両親が教育熱心だって噂聞いたことあったけど、バイトなんかして大丈夫なの?」
「大丈夫みたいだぞ。昔は知らんが、思ったより放任主義な親御さんみたいだ」
田嶋くんのご両親が放任主義? 噂で聞いていただけだけど、習い事も複数させて、テストの点数なども凄く厳しいと言う話だったけど、時間も過ぎ年を重ねると変わるものなのかな?
もしかして、それが今の田嶋くんの一歩引いた性格に関わってるとかないよね… まぁ人様のお家の事情はあまり深掘りするのは良くない。これ以上は考えないでいよう。そうこうしているうちに、サクの家に着いたが…
「んんんんー、でか!!!」
「でかいか? まぁ、アオハル高よりは広いな」
ん? サクって苗字、『五十嵐』だったよな?もしかして、あの、五十嵐財閥の息子!? いやいやいや、名前は同じで、家も少し大きいぐらいで、別物だよなきっと…。 ボクはサクの家に住むとは言っていないのに、何故か言われるがまま家の中に入れられる。中にはメイドと他に、サクのご両親も待ち構えていた。
「いやっ! ほんものぉぉぉ……。 テレビの顔と一緒…」
ボクは立っていられず床に這いつくばる。中にいた数人のメイドたちにタンカーを用意され、連れて行かれそうになるが、サクに止められ、運ばれる事は無かった。
「本当に親父有名なんだな? やるねぇ」
両手の親指を立て人差し指で指差し、お父様にチョンチョンする。それに動じず、お父様もサクにチョンチョン。血の繋がりは無くとも、一緒に時を過ごせば似るんだな…。ボクはポロポロ涙が出てくる。
「はるみ。情緒どうなってんだ?」
「お前のせいだよ」
サクはボクの気も知らないで、なんでこんなところに何も言わずに連れてきたんだ。くそぉ。せめてドレスなど用意しておけばよかった。まぁ、そんな金は無いがな。
財閥と呼ばれるぐらいだから、メイドがいてもおかしくないが、なんだか想像していたメイドではない。身なりは凄く高級感溢れ、仕事もテキパキとこなしているが、ご両親との関わり方が、友人や息子娘のような振る舞いだ。
「不思議か?」
さっきまでのサクは不機嫌だったのに、家に着いてからは優しいお兄ちゃんのような振る舞いだ。
「まぁ、メイドとか着いてたらびっくりするよな。 でも、親父と母ちゃんは、自分家の世話をしてくれているんだから、間違っても横柄な態度はするなと口を酸っぱくして言われたよ。 ちゃんと給料も払っているが、給料で払えない分は愛情で返すんだとよ。だから、改まった言葉なんていらない、そんな関係なんだ」
なるほど。ここまできたら、心も豊かになり人に突き放すような言葉は要らないと言うことか。
「前から思ってたんだけど、サクは仕事しているの?」
「ん? ニートだ」
「いや、働けよ! と言うか、継げよ!」
こんなところに育てられて、普通に言えるのはサクらしいけど、もうアラフォーだよね? ご両親もこの先心配してるんじゃ?
「継がねぇよ。 ココは親父が作り上げたところだ。俺がそのおこぼれをもらうなんて、男として納得いかねえ」
「いやいや、かっこよく言ってるけどニートだよ、あなた。 それを先にどうにかしろよ」
話を聞いていたお父様が、ボクたちの話に入ってくる。
「はるみちゃんだったかな? サクはサクのしたいようにすれば良いんだよ。ココの跡取りは探せばいくらでもいる。今ははるみちゃんの護衛に夢中になっているからね、人が夢中になれる事など、多くはない。今を楽しんでいるから大丈夫」
心のお広いお父様だこと。でも、ボクの護衛のせいでサクの他にやりたい事があったとすれば、申し訳ないな。サクの目をみると、
"お前のせいなんかじゃねぇよ。俺は今が一番楽しいんだよ、変な事考えるな。お前と出会えて良かったよ"
ボクのテレパスはボクの心情は届かないはず。ボクが心を読めることを逆手に取り、言葉に出さずにキザな事を伝えてきた。ボクは胸に手を当てて、深呼吸をする。
「そうそう、田嶋もココに来てるんだ。まずはさっきの話の続きをしよう」
歓迎ムードの中、田嶋くんが待っている部屋に連れて行かれる。
ドアを開けると、
「しっかり堪能してるうぅ!」
田嶋くんはフカフカのソファに座り、手と足のマッサージをされ、横にはどデカいグラスになんの味がするのか予想できない綺麗な色の飲み物が置いてある。ボクが中に入った事に気づくと、優雅な顔から何もなかったかのような表情になった。
(いやいや、遅いよ。もう見ちゃったし、続けてもらっても…)
メイドさんたちは、その後部屋を出て3人になった。つい昨日まで3人で過ごしていたのに、なんだか久しぶりの感じがする。
「早速本題に入るんだが、どうやらアザーからきた奴が、日本の一般人に接触しているらしい。アランの情報だが、俺の直感で嘘はなさそうな気がするんだ。そうなると、はるみ、田嶋、お前らを1人で行動させるのは、危険だと判断した。まだ、事件や被害が出るような事は起きていないと言うことは、きっと俺たちに接触して何かを起こすはずだ」
「なるほど。でも、今のボクじゃ田嶋くんを守れるほどの能力は持ち合わせてないよ? 田嶋くんを一緒に働かせても大丈夫かな?」
「それは…」
「サクさん、これは僕から話させてほしいです」
きっと、ボクがバイトに行った後で色々話があったんだろう。田嶋くんがグッと膝の上にある二つの拳を握る。
「それは、僕から言ったんだ。サクさんは店長に断られているし、消去法で僕しか居ない、でも無能力の僕よりはアランさんが行った方がと言う話になったんだ。でも、僕はアランさんをまだ信用していない。だから、サクさんに頼み込んでいたら、サクさんのお爺様が護身のアイテムをくれたんだ」
「アイテム?」
ボクが見た限り、何か持っているようには見えない。田嶋くんが指を鳴らすと、一つのステッキが出てきた。立ち上がり、ボクとサクから少し離れたところで、ステッキを振ると炎が出てきた。続けて振ると次は振った先の物が凍ったんだ。まるで魔法のようだ。
「凄い!魔法みたいだね! これだったら田嶋くんも何かあった時、少しは安心だよ」
「能力がある人はこれを増強できるみたいなんだけど、僕はまやかし程度の威力しか出せないんだけどね。でも、一瞬の隙を作れれば、逃げることだって、戦闘体制に入ることもできるからって、お爺様がくれたんだ。それと、これを発動すると、サクさんの筋肉に探知されるようになっているみたい」
(凄い、痒いところに手が届く。ガラクタおじさんじゃ無くて、もう有能な発明家だよ)
「本当はメイドや執事の仕事をバイト代わりにさせようと思っていたんだが、どうやらコンビニの店長が怪しいみたいだ。それを聞いて向かったら、あのタイミングで俺が着いたって訳だ」
いつもと違う雰囲気だったのは、この事だったのか。通りで殺気を感じたんだ。前までは感じなかったのもこのせいだな。えーでも、これ聞いたら行くの嫌になってきた。飛ぼうかな…
「飛ぶなよ」
「いや、ボクの心読めるの?」
「読めねぇよ、顔を見てりゃあ分かるんだよ」
「それをテレパスっていうんじゃ…」
「だから違うって、勘だよ、勘」
ボクとサクが話している間にぐいっと田嶋くんが入ってきた。
「で、明日から特訓が開始されるみたいですよ。蒼井さんの詰め詰めのバイトも、少し休めるように週3回ぐらいに減らしてもらったみたいです。その間衣食住はココで賄って頂けるみたいなので、少し休んでもいいかと」
「それって、誰が伝えたの? サクが連絡してもきっと話聞く耳持たない気もするんだけど… 田嶋くんが勤務することも、ボクのコンビニ人は足りてるから、募集もしていなかったし…」
サクは田嶋くんの肩に手を回し、
「親父に頼んだ! 親父が言うと母ちゃん以外、逆らわないからな」
「おいニート。親の脛かじりたくないって言っておきながら、ゴリゴリかじってんじゃねえかよ。言ってくれたのは助かるけどさ」
ボクは人の恩を仇で返してしまったが、これは言わないと気が済まなかった。両親が失踪してから、ボクは死に物狂いで働いていたからね。
「まぁまぁ、お堅いことは言わずに。部屋は分けるが、この部屋の前がはるみの部屋だ。俺の部屋は違うところにあるが、2人がココに住む間は田嶋の横の部屋で寝泊まりする。未成年の監督はしっかりと全うしますので、よろしく〜」
ボクは大丈夫と、手を振って適当に聞き流しているが、田嶋くんはなぜか敬礼をしている。ボクと田嶋くんに友達以上の事が起こるとは思えないが、二回り近く歳の離れているサクがいると、周りにバレたとしても変に思われることは無いだろう。ただ、仲良くて泊まってるとしか…
バイト帰りという事で、ボクの荷物は一切ない。必要最低限の物は、"テレポトフ"でこちらに持ってこられた。お爺さんの能力のパクリなんだが、テレポートというと、なぜかお爺さんを連れてきてしまったから、ボクなりの技名を考えないと行けなかったんだ。決して、ウケ狙いで滑ってるわけではないよ。
服なども用意してくれると言うことだが、どれも高級品で、ボクが手をつけるのは気が引け、貸してくれ無くて良いとも言い辛く、パジャマだけ借りる事にした。もはやこのパジャマもボクの肌を当てないようにしたいところだが、もう今日は疲れた。寝よう…
(あぁさっき、しっかりジャグジーを堪能させて頂いたから、あんしんし×%○+…)
ボクはフッカフカのベッドに少しホワイトムスクのような、ふんわり甘い香りの中で熟睡してしまった。
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