第十一話 佐藤さん
振り返ると、後ろから声をかけて来たのは、センター分けで、青い髪のサラサラボブヘア男だった。見た目は、20代ぐらい。声が細く、自分に自信のなさそうな感じが伝わってくる。なぜか黒いマントを付けているが…
「あの… 僕アザーから来ました」
ボクたちは、即座に間合いを取り警戒体制。自信が無さそうなのに、なんだか地響きするような、胸騒ぎがする。
「あ、あのっ、そんなに警戒しなくても、僕(•)は、何もしないつもりなので。アイツは*☆+×…」
後半早口で何言ったか聞き取れなかったが、僕(•)は、って言うのが引っかかるな。ボクは美容室の時間が迫っていると言うのに、タイミングが悪い。
「あー、わりぃ。俺ら、まだ行くつもり無いんだわそっちに。だから、そっちの王様に言っといてくれる? 先約があって、時間も無いんだわ」
サクは戦闘モードを解き、穏便に済ませようとする。ボクたちもその言葉にうんうんと、頷き賛同する。
「えー、まじですか。困ったなぁ、僕このまま帰ったらまた怒られるんですけど」
だんだんサラサラ男の様子が変わり、爪を噛み出す。
(やだやだやだ、そっち系? これだんだんヒステリックになっていくやつじゃない?)
ボクと田嶋くんは息をゴクリと飲み込み、構える。サクは何故か無防備な状態のまま。
「ごめんねぇ。コイツ(はるみ)の大事な予定でさ、それが終わってからなら相手してやるよ」
こう言うとき、そんなのどうでもいい、今から無理矢理にでも連れて行くってなるやつだよ。サクならこのぐらい分かるはずなのに、何故、今に限って気を抜いてる感じなのか、ボクは見当が付かない。
「わかりました。待ってます。いつ戻って来ますか?」
(お、えーー? 納得するのここで? ヒステリックタイムじゃないの? なんか拍子抜けだよ)
「んー、1時間半後には戻ってくるはずだ。それまで、これやるから茶でも飲んでいてくれ」
サクはサラサラ男に3千円を渡し、男も納得して一旦、別れることに。後回しにして自分の予定を優先するこのムズムズする感じ、なんか気持ち悪い… でも、タイミングよく美容室でサッパリ出来るし、そこでリラックスさせてもらおう。
カランカランッ。
「こんにちは〜。優くん今日はありがとうね〜。初めまして、本日担当させて頂く佐藤です。宜しくお願い致します」
(その漢字で"さとう"とは読まないんだ。珍しい)
担当してもらう人は、男性とも女性とも言える、中性的な美容師さんだ。こんな鬱陶しい前髪をしているボクが顔を合わせて良いのかと思うぐらい、綺麗な方だ。サクと田嶋くんは待合のソファで座ってもらい、ボクは椅子に案内され、カウンセリングを行われる。
「今日のヘアスタイルは何か希望ありますか?」
「き、き、希望…ですか…。 えぇっと…」
ボクの中では前髪を切って、ガタガタなヘアスタイルを綺麗にして欲しいと要望が固まっているはずなのに、緊張して言葉が詰まってしまう。田嶋くんは気を回して、ボクの方へ来ようとしたが、サクが止めてソファへ戻って行った。
(うぅ… 情けない、綺麗な人にこんな見窄らしい姿を見られてると思うと、恥ずかしくなってなかなか声にできない…)
「言葉で伝えにくいのであれば、これがヘアスタイルのカタログ何だけど、ビビッと来たスタイルをゆっくりで良いので、教えて頂けると嬉しいです」
ボクが緊張しているのを察して、ボクでも答えやすいような雰囲気を作ってくれた。せっかく、サクと田嶋くんについて来てもらったんだ。カタログで伝えても本当ならおかしくないが、これはボクが変わるチャンスだ。
「あ、あああの、前髪をここまで切って欲しくて、ずっと自分で切っていたから、うう、後ろの、髪も綺麗に揃えて欲し、い、です」
少し言葉が詰まったが、これが今のボクの精一杯。これで変なやつと思われたらそれはそれで仕方ない。
「素敵です。前髪を、眉が隠れるぐらい、後ろは長さはあまり変えずに揃えて行きますね。ご自分でなされていた時は、すいたりは無かったと思うので、良ければ軽くすいても宜しいでしょうか」
す、素敵…。こんな綺麗な人にボクの提案が素敵って言われるなんて。なんか最近、ボクを対等に扱ってくれる人に巡り合いすぎだな。こんな良い事があって良いのか。その瞬間、さっきアザーから来た男の顔を思い出す。最悪だ、今からワクワクする時間のはずなのに、すごく胸騒ぎがする。だが、鏡越しにサクが映ると、指で口を横に伸ばし、笑えと言葉に出さず伝えてきた。そうだ、後に起こる事を今考えても仕方ない。
「は、はい!お任せします!」
ボクは以前だと出さないトーンで、明るく返事をした。それから、シャンプーをしてもらって、モサモサした髪がどんどん床を埋め尽くして行く。カットしてもらっている間は、たわいもない会話で、ボクが何故前髪を伸ばしていたのか、セルフカットをしていたのかは一度も聞かれなかった。ずっと怖がっていた物は、案外気にするほどでも無い事もあるんだな。食わず嫌いはダメ、わかっているつもりでも、何処かで避けてしまう人には、佐藤さんの様な人に出会えますように。
あれこれ考えているうちに、カットが終わった。何故か、途中からサクと田嶋くんはカット中のボクの姿が見えない位置に移動させられていたが、これは何だ? いかにも、結婚式で、新郎が新婦の晴れ姿を初めて見る瞬間の様だ。なんだか、大袈裟な気もするが…
「さ、はるみちゃん。二人を呼んであげて」
カット中に、お話をしていると名前で呼んでくれる様になった佐藤さん。何だか、この人が一番ウキウキしてる。
(いざ名前呼ぼうと思うと、何だか照れるな)
結局、声に出して呼ぶのは恥ずかしくなり、二人の新郎に肩を叩く様な形になった。
サクと田嶋くんが、振り返ると…
「ゔぐぅ…… スッスッ ズルー。 綺麗だ…」
「……」
何故かサクはボロボロ涙が溢れ、田嶋くんは斜め上を向き溢れる涙を堪え、感動している。
「いや、花嫁じゃ無いんだよボク! ただ髪切っただけだから!」
ふと、ガラス張りの入り口を見ると、例の男も何故か泣いている。
「いや、お前はなんなんだよ!」
髪を綺麗にしてもらって、ウキウキ気分になるはずのボクの感情はどこかに飛んでいってしまった。まぁ、喜んでもらえてボクも嬉しいけどね。
カランカランッ。
「今日はありがとうね。またいつでもおいで」
佐藤さんの、濁りのない笑顔に見送られ、ボクたちはサラサラ男へ立ち向かう。
読んで頂きありがとうございます。
このエピソードで、サラサラ男の正体を書くつもりでしたが、まだ出すところでは無いなと…
次回、サラサラ男との戦闘開始!
引き続き宜しくお願いします。
応援して頂けると幸いです。