ドクターペッパー
僕には‘’彼女‘’がいた。
「いた」といっても何か物語が描けるような出来事も何もないごく普通の恋人ライフを送っていただけだ。
相手は黒髪で二つ縛り、赤ぶちのメガネにひざ丈のスカート、いわゆる‘’モブ‘’だ。
彼女の名前は「宮守 千歳」見た目通り教室でも静かで、友達も数人程度。4クラスあったそこそこの規模の中学校では本当に‘’どこにでもいる女の子‘’だった。
そんな彼女と付き合っていた僕だが、面白みが無いといってもそれはあくまで対外的に見た時のお話で、僕自身は当時彼女が好きだったし彼女が横にいる生活は楽しかった。
お祭りやクリスマス、その他諸々の行事も二人で経験しているわけで当時は順風満帆な学生生活を送っていたのではないか、と自負している。
そんな物静かな彼女だったが、一緒にいるときに飲む飲み物は決まってドクターペッパーだった。
「ちぃってさ、随分変わったジュース飲んでるよね」
「ん~?そう?私はおいしいと思って飲んでるんだけどな~」
「今までで飲んでる人見たことないし、そもそも売ってるお店を見つけるのが難しいよ」
「ふふん、私は売ってるお店を網羅してるからね!どこに行っても見つけられるんだ~」
空を仰ぎながら彼女は続ける。
「、、、飲んでみる、、、?」
「え、うん。一口もらおうかな」
缶を受け取り一口ごくりと飲み込む
「うーん、、なんか、何というか独特?」
感想を言い終えたところで彼女を見ると顔が赤い。
「そうじゃなくて、そうじゃなくてっ。その、、今の、、間、、接キ、、ス」
「えっ!あっ!ちょ、、そういう、、あぁ~マジかぁ完全にドクターペッパーに気を取られてて、、」
「もうっ。勇気、、出したのに、、」
真夏の暑い日、缶に付着したしずくが伝って落ちる瞬間までの出来事だっただろうか。
当時の僕にはこの時間が何倍にも感じたが。
なぜこのタイミングでこれを思い出したのだろうか。そうか呆気に取られててボーっとしていたのか。
それもそのはずだ、別れて遠くに引っ越したはずの彼女が急に同じ高校同じクラスに現れたのだ。しかも容姿が完全に変わって、いや上振れて!
今まで昔のこと、ましてや‘’元カノ‘’のことなんて思い出したこともないのに。
向こうは僕のことを忘れてしまったのだろうか、思い出したくないのだろうか。再開して数時間、一度も目が合わない。
というか、人だかりができていてそれどころではない。
昔では考えられない位の人の多さだ。人気度合いが凄まじい。
「千歳さんって目が大きくて綺麗な顔してるよね~!」
「髪もサラサラだぁ!ねっどこのシャンプー使ってるの?」
「宮守さんって彼氏とかいるんですか、、、?」
人だかりに混じって不純な質問もちらほら聞こえたが、よほどの人気だな、これは。
「全然だよ。私なんて昔からこんな感じじゃなかったし。」
あ、過去を隠してるわけではないのか。じゃあ、僕との過去も、、、
「彼氏はいたことないよ。一人でいるの好きだったから」
心臓を一突き。これは即死レベルの攻撃だ。そうか、そうだよな。中学の元カレなんて黒歴史だよな。うん。でも流石にかなりへこむな、、、
「ごめんね、沢山お話して喉が渇いちゃった」
人混みを抜けて自分の机に向かう。カバンから飲み物を取り出した。
、、、まだちゃんと飲んでるんだ。ドクターペッパー。
ていうか、高校生になってもそれ飲むんだ。ちょっと面白おかしい気持ちになった。
「えーなにこの飲み物!初めて見たんだけど!」
「美味しいんだよ?ずっと、、、」
?顔、赤い、、、?
「好き、、なんだ」
ガタンっ!
まずいっ、思わず反応してしまった。
物音でこちらに振り向く、思わず目が合ってしまう。
「、、、」プイッ
目が合ったのは一瞬で、すぐ顔を背けられた。しかも少し睨まれた、、?
そうだよな。黒歴史として隠すくらいだもんな。
気まずいからちょっとトイレにでも行ってこよう。
でもなんだ?今の間は。
僕は教室を‘’元カノ‘’がいるドアの反対側から出た。
「気付け、、、、バカ、、、」