第一章 足元の絶望
両親の離婚から3年が経過していた。
私は3年前のあの日に多くのものを失った…。
女と消えた父親、世田谷区内の母親がデザートした煉瓦造りの実家、優しかった父方の祖母、私立小学校時代の友人、10年間慣れ親しんだ苗字、そして何も疑うこともなかった自分の明るい未来まですべて失った…。
母親は私を引き取ってくれたが、3年前までいつも笑顔で優しい母は、長所である笑顔を失ったようで、いつも疲れた顔か、悲しい顔か、たまに怒った顔をしていた。
そういえば私が最後に母の笑顔を見たのはいつだっただろうか…。
私たち親子に残ったものは放漫経営で父親が作った借金と足元にまとわりつく泥のような絶望だけだった…。
私は今の狭いアパートが嫌いだった…。畳で生活するのもはじめてで、布団で寝るのは最初のころ慣れなくて中々眠れなかったし、隣の部屋の生活音が聞こえてくるのも違和感しかなかった、背の低いテーブルで勉強すると体が痛くなるし、惨めな気持ちになるから嫌いだった…。
それ以上に嫌いなのは毎日夜遅く帰ってくる母親の負のオーラを感じるからだ。
毎日、私が寝てると思っているのか、「もう疲れた」「つらい」とか聞こえてくるのが発狂したくなるくらい煩わしいからだ。
私は毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日この現実が夢で、本当の私はまだ世田谷の家のベッドで寝ていて、優しい母が「朱里〜早く起きなさい」と起こしにきてくれることを願っていた。
早く悪夢から覚めることを願った、信仰する神がいない私は神社でも、教会の前でも心の中で願った。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も願っていた。
しかし未だに悪夢は覚めてくれない…。