トム爺さんからの餞別
昼食まで、まだ幾分か時間がございました。お嬢様はおもむろに私の方へくるりと向き直り
「さて、続きをしましょうか」と、申されました。
私は訳が分からずに
「先ほど、お嬢様のお荷物は全て荷車へ運び入れました。他にも何か運び入れるものがあるのでしょうか?」と、お尋ね致しました。
「とても大切なものがまだ運び込まれていないわ!」と、お嬢様は少し頬を膨らませて私に申されたのでした。
お嬢様の後をついて行くと、そこは私が使用させて頂いておりました、物置部屋でございました。
「ほら、コレは日々使う大切なものばかりでしょう?」と、お嬢様は私のメンテナンスBOXやら整備品のストックなどをひとしきり一か所に集め始めました。それから、屋敷の一階へ向かい定期的に私のメンテナンスにいらっしゃっていたジャックさんにこれから向かう『森の屋敷』の住所と”これからは月一でメンテナンスに来てもらいたい件”をお伝えになられておりました。
電話の最後に、交通費やメンテナンス費用は今まで通り旦那様へ!と、しっかりと お伝えになられておられました。
その後、私の整備品や私物を荷車へ運び入れて、キッチンからありったけのお菓子や食料をたんまりと頂き、お嬢様は満足そうな表情をなされておりました。その後、お世話になった使用人の皆様にも一人一人挨拶をして屋敷中をお嬢様と周りました。
中には突然すぎて、泣いてしまう優しい方もいらっしゃいましたが、そのほとんどは”忙しいから話しかけないでほしい”といった感じで、『正直、関わりあいたくない』と機械の私にも分かるような態度の方ばかりでした。
正直この時、私以外にもお嬢様のお世話に一緒に付いて来て下さる使用人の方が何人かいらっしゃらないか期待をしておりましたが…そんなことは無く、この時のお嬢様の心情はいかばかりか想像するだけで、機械であるはずの私の胸が 締め付けられるかのような思いでした。
中には餞別を下さる方がいらっしゃりました。それは、雑用で長年お屋敷にお勤めになられてるトムさん、周りからはトム爺とよばれている おじいさんです。
トムさんは、「そんなに古い屋敷ならきっと修繕も大変だろう」と、長年愛用されていた工具の一式を私に譲って下さりました。トムさんがどれほど道具を大切にしてきたのか知っておりましたので、一度は丁重にお断りさせて頂いたのですが、「これは役に立つから」と仰ってくださり、大切に使う事を約束して ありがたく頂きました。
なんでもこの工具、トムさんが駆け出しの若かりしき時に、謎の男性から譲り受けたものらしいです。その男というのは、どこからともなくロバを連れ大工道具箱を持った白髪の男だったのだといいます。
トムさんは、仕事がしたいが何をして良いやら分からない。街中で屋根の修理などの仕事を頼まれても、何一つ道具を持っていなかった為にその仕事を引き受けられず、途方に暮れていたんだそうです。
そんな時に、その謎の白髪の男が現れて、トムさんをジッと見つめたかと思うと「一仕事おわったから、お前さんにやるよ」と言って、持っていた「ハンマー・のこぎりと・T定規」というわずかな道具と木材を譲ってくれたのだといいます。
その時、頂いた道具たちのおかげで「今日まで仕事にありつけたんだ」とトムさんは道具を撫でながらしみじみと語ってくださりました。
そんな大事な道具を頂いても良いのか不安ではありましたが、トムさんが「嬢ちゃん大切にな」という一言で、トムさんもお嬢様を気にかけて下さっていたのだという気持ちが伝わり、一層この道具を大切に使おうと思えたのでした。
のちにこの道具たちは、夏に屋敷を襲った暴風雨の際に大活躍をしてくれました。