旦那様
お嬢様の7歳のお誕生日の朝、旦那様は珍しく お嬢様のお部屋にお越しになられました。
私がお嬢様の髪を結い終わったその直後にノックがしたのを今でもおぼえております。
お嬢様はベッドに腰を掛けたまま、旦那様はお嬢様の愛用なさっていたロッキングチェアに腰を掛けて、淡々とお話になられました。
お話になられた内容があまりに突拍子もないもので、私に口がございましたら、開いた口が塞がらない ところでした。
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お話になられた内容はこの様なものでした。
・「7歳の お誕生日おめでとう」
・「学校へは行かせることが出来ない。理由は2つある。一つ目は、街の皆から君は「魔女の子」として恐れられ どこの学校も受け入れてはもらえなかったからだ。そして、二つ目は君の実母の遺言でね、《君が7歳になったら、この街から離れさせる事。そして静かな屋敷で暮らさせる事》と約束してしまったからだよ。」
・「今日は引っ越しだ。今日のお昼を食べたら出立して、夕刻に隣町の宿に一泊。そして明日の早朝から出立して、夕刻にまた宿に泊まる。その翌日も早朝から出立して夕刻には屋敷に到着する」と、ご説明をなされました。
・「宿代や馬車の費用は心配しなくても良い。すでに話は通している。もちろん今後の生活に関する金銭的な心配もいらない。3ヵ月に一度”生活に必要な資金”は使用人に届けさせる。また、他に屋敷での生活で困ったことがあれば手紙を書きなさい。必ず対応をするから」と。
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動揺を隠しきれない私とは対照的に、お嬢様は旦那様の目をじっと見つめて その話を静かに聴かれていらっしゃいました。
私は理解が追い付かなかった。なぜお嬢様がこの屋敷を出て行かなければならないのか。それも こんな急に。なぜ、この様な意味の分からない理由でお嬢様が酷い仕打ちを、実の父親である旦那様から受けなければならないのか。何故、その話が今日であるのか。お嬢様のお誕生日をお祝いしなければならない、この日に!
ひとしきり旦那様がお話になられた後、間を置いて お嬢様が口を開かれた。
「お父様、お母様の遺言は それで全てでしょうか?」
その時のお嬢様の瞳は、私に いつも向けられる陽だまりの様な あたたかな それとは似ても似つきませんでした。金属の身体を持つ私が言うのも おかしな話なのでございますが、あの時 旦那様へ向けられた お嬢様の瞳に、私は とても冷たいものを感じた気がしたのでございます…