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第8話 ボードソン王

 王都アルアントの北、小高い丘の上に、日の光に白く輝く王宮はあった。


 魔王を倒した後、当時の国王に招かれ、マルークはそこを訪れたことがあった。


 だが、彼がそこを訪れたのは、その一度きり。褒賞を受け取るとさっさと辞去し、以来、足を向けたことはない。


 魔術師として王国に仕える気はないかと尋ねた国王に対し、彼は王家に対する皮肉で答え、罰せられることこそなかったものの、二度と王宮に招かれることもなかったからだ。


(今なら、あんな不遜な態度は取らないな)


 当時の彼は荒れていた。クニーグを失った事実は、彼にとってあまりに大きく、魔王を倒した達成感など、微塵もなかったのだ。


 そんな彼の心も知らず、レテスクラヴィルが滅ぼされたことに歓喜する王都の人々と、生き残った自分たちだけを賞しようとする王宮を、彼は呪いたい気分だった。


 そして、彼が王宮に足を向けなかったもう一つの理由が、今、このパルティウス王国の玉座に着いている男の存在だった。


 英雄王ボードソン。


 彼はマルークとともに、魔王を倒した五人の英雄のひとりだった。



「魔術師ギルドのお力で、娘に魔法を教える許可をいただくことはできないでしょうか?」


 ギルドに魔法薬を持ち込んだ折に、ギルドマスターのスタファンに面会し、そう頼んだ彼に、かつての師はゆっくりと首を振った。


「マルークよ。王の立てた法だ。ギルドとて、それを破ることはできぬ。どうしてもと言うのなら、王から勅許をいただくしかあるまい。それがそなたに出来るかな?」


 以前の彼なら、かつての仲間、いや、クニーグの不幸を養分として育つ毒草のような者たちに頭を下げることなど、考えもしなかっただろう。


「先生。是非その機会をお与えください」


 マルークの答えに、スタファンは彼の顔をジッと見て、それでも頷いてくれたのだった。




 そうして今朝、彼はスタファンとともに、王宮に向かった。

 三か月に一度の謁見の機会に、師は彼を伴ってくれたのだ。


「今日は珍しい者を連れて参りました」


 スタファンの言葉に、玉座にあるボードソン王は、マルークに視線を向けた。


「魔法使いのマルークにございます。陛下、お久しぶりでございます」


 たが、臣下の礼をとる、かつての仲間に掛けられた王の言葉は、冷たいものだった。


「マルークか。今さら余に何の用だ」


「陛下にお願いがあって参りました」


 そう言ってマルークが話し始めると、ボードソンは、そっぽを向いた。

 金の無心に来たとでも思われたのかもしれないなと、マルークは思った。これまでの自分の身を省みれば、そう思われても仕方がないのだ。


「国法では、他人に魔法を教えることは禁じられておりますが、私が娘にそれをすることに、陛下の許可をいただきたいのです」


「娘だと?」


 ボードソンの目が見開かれる。


「貴様の買った奴隷女のことか。貴様はそれを娘だと言うのか?」


「マルーク!」


 小声で彼を制止するスタファン師が隣にいなかったら、マルークは暴発していたかもしれなかった。


「クリスティは、私の娘です。陛下……」


 静かな様子で、だが、燃えるような目でボードソンを睨むマルークに、国王は、


「まあ、いい。マルークよ。貴様に渡したい物がある。後で余の私室へ来るがよい」


 そう言って、二人を、謁見の間から退がらせた。



 侍女に、国王の私室へと案内され、しばらく待つと、ボードソン王が王妃を伴って、姿を現した。


 王妃エリーナは、前の国王の一人娘で、彼女を娶ったことが、ボードソンを王位へと導く大きな力となったのだ。


「マルーク。久しぶりですね。やっと、彼に会いに来てくれたのですね」


 エリーナ妃は、その目にうっすらと涙を浮かべ、マルークにそう語り掛けた。


「王妃様。ご無沙汰しておりました。お元気そうで、何よりです」


 マルークの挨拶に、エリーナ妃は何度も頷いて、笑顔を見せた。


 かつて魔族に襲撃された町を、彼女が慰問に訪れた時、彼女を誘拐しようとした魔王の配下を排除したのが、ボードソンとマルークのいたパーティーだったのだ。


 それ以来、彼女は陰に陽に、彼らのパーティーに援助をしてくれた。その力添えもあって、マルークたちはレテスクラヴィルを倒すことが出来たのだ。


「まずは、あなたに、こちらをお渡ししておきますね」


 王妃の手から、彼に渡されたのは、クリスティと交換に奴隷商に渡した、あのワンドだった。


「どうして、これを……」


 驚くマルークに、王妃はまた笑顔を見せる。

 一方のボードソン王は、つまらなそうな顔で、マルークに向かって言った。


「このワンドが闇市で売られていると聞いた時、遂に君はそこまで落ちたのかと思ったよ。そして、恥も外聞もなく、金の無心に来たのだろうと思った。だが、違ったようだな」


「ありがとうございます」


 マルークは素直にお礼を言った。クリスティと交換したことは、間違っていたとは思わない。だが、このワンドは、彼にとってとても大切な物であることも事実だった。


「ワンドの買い取り代金の一千ルシュは、君の新しい門出への花向けだ。遠慮なく受け取るといい」


「いえ、そういう訳にはいきません。申し訳ありませんが、出来るだけ早く、お返しいたします。それよりも是非、私が娘に、魔法を教える許可をいただきたいのです」


 マルークの言葉に、ボードソンは再び、苦い顔をした。


「こちらも、そういう訳にはいかぬな。君はその娘に、どんな魔法を教える気なのだ。五年前の魔王による災厄を経て、今、この国では建設と発展が求められているのだ。もう、君の得意な攻撃や、破壊の魔法は必要ないのだよ」


 マルークが黙っていると、王はさらに言葉を継いだ。


「魔法使いたちも、国の発展に大きく寄与をしてくれている。正直言って、君のこれまでの行いは、その妨げになっていた。君が心を入れ替えて、法を守り、国の発展に尽くしてくれるなら、そんな素晴らしいことはないのだがね」


 あくまでも、法を曲げて、彼に許可を与える気はないようだった。


「王は、大聖女から、話をお聞きになってはおられないのでしょうか?」


 ナタリアはああ言っていたが、彼女は後難を恐れて神託を王に伝えることを躊躇するような人ではない。既にボードソンに伝えたのだろうとマルークは思っていた。


「聞いたさ。どうやら彼女も、余が王位に就いたことに不満を持っているようだな。もう世界は平和になったのに、民草の心を惑わせてどうしようというのだ」


「彼女は私心から、そのような事をする人ではないことは、陛下もご存知ではないですか? これから十三年の後に、それは起こるようです。今からそれに備えておくべきではありませんか?」


 やはりナタリアは王に、彼女が受けた神託を告げていた。

 だが、ボードソンは変わったと言った彼女の言葉も、真実のようだった。


「君も、いや君こそ、やはり余の治世に不満を持つ者なのだと、確信したよ。まあ、そうなのだろうとは、思っていたがね」


「いえ、決してそのようなことは。私はただ、万が一に備え、私が娘に魔法を教えることで、将来、お役に立つことがあるかもしれないと思っているだけです」


 以前の彼は、ボードソンが魔王を斃した功績によって、王女を娶り、国王に推挙されるのを、穢らわしいとさえ思って見ていた。

 だが、今の彼には、もうそんな気持ちは無くなっていた。


「陛下。彼ならばもしやと、以前おっしゃっていたことをお命じになっては」


 エリーナ妃が、見かねたのか、王にそう、とりなしてくれた。

 ボードソンは、彼女を見て、また少し不機嫌そうな様子を見せたが、それでも、もう一度口を開いた。


「余の息子のコドフィルのことを、知っているか?」


「ええ、勿論です」


 もう四年程前になるのだろうか、王都が世継ぎの誕生を祝い、お祭り騒ぎになったことを、彼は覚えていた。


 魔王との戦いから一年余り、大きな喪失感に苛まされていたマルークは、その喧騒を別の世界の出来事のように感じていた。


 それでも、夜の街や酒場など、彼の行く先々で、人々は誕生した王子の話題で持ちきりだった。


「では噂についても、知っているだろう」


「ある程度ですが。とても利発な方だと伺っています。魔法の才能がおありらしいとも」


 コドフィル王子の噂は、彼も知っていた。彼が言ったとおりのこともそこには含まれてはいた。


 だが、本当は、その主なものは、生まれた時から病弱で、余命幾ばくもないと言われ、なんとかこの年まで生きながらえているというものだった。


「そんな噂ばかりではないだろう。まあいい。」


 彼の言葉に、ボードソン王はまた、苦々しいといった顔を見せる。


「毎年の恒例行事ではあるのだが、コドフィルが体調を崩したのだ。薬師からは、彼の身体を治すには、ドラゴンの鱗を煎じた薬が必要だと言われている。だが、そんなものは、いかに王とて、手に入るものではない」


「ドラゴンなら、陛下が戦いを挑まれれば、何とかなるのではありませんか?」


 マルークは思わず、そう返してしまったが、それはボードソン王の気分を害しただけだった。


「王子はもう一人いるが、国王は一人。どちらが大切かと言われるのだ。マルークよ、王になるということは、できないことが増えることでもあるのだ」


 マルークは、「何もできなくなるよりはマシだろう」と思ったが、さすがに口にすることは控えた。


「では、私がドラゴンの鱗をお持ちすれば、私の願いをお聞き届けいただけますか?」


 彼の問い掛けに、ボードソン王は、面白くなさそうな顔をしたが、エリーナ妃が頷いて、答えてくれた。


「マルーク、お願いします。コドフィルを助けてください。きっと、あなたの希望に添えるように、私からも陛下にお願いしますから」


 王妃様の応援がいただけるのなら、大丈夫だろうと、彼はそれを受けることにした。




 マルークが、ドラゴンの鱗を持って来ることを受けたのには、彼なりの勝算があったからだった。


 彼はもう八年程前、ドラゴンと戦い、屈服させたことがあった。

 それ以来、そのドラゴンには会っていないが、彼が会いに行けば、鱗をくれる可能性があると踏んでいたのだ。


 だが今、彼はクリスティと暮らしている。彼女を連れてドラゴンの下を訪れるのは、あまりに危険な気がした。

 彼女はこれから十三年後に、この世界を救うはずなのだ。それまで、危険な目に遭わせることは、避けるべきだと思われた。


「そういう訳で、しばらく娘を預かってもらえないだろうか?」

 

 聖ポラストゥル教会にナタリアを訪ね。マルークは彼女にそう依頼した。


「マルーク。あなたの身にもしものことがあったら、彼女はどうなるのです」


 ナタリアは真剣な表情で、彼に問い掛け、続けて言った。


「修道女にでも、なさるおつもりですか。彼女はあなたにとって大切な娘なのでしょう?」


 彼女の言葉に、マルークは思わず言葉に詰まった。

 確かに、彼女の生活は、自分に掛かっていた。


「それに、彼女の気持ちを考えたことがありますか? おそらく、彼女の安住の地は、あなたの所にしかないのではないですか?」


 ナタリアは、前の時のように、部屋の隅で本を読んでいたクリスティを呼んだ。


「クリスティさん。マルークは、これから旅に出るそうです。あなたはここに残って、教会の子になりますか?」


「おい、ナタリア!」


 マルークが止める間もなく、ナタリアはクリスティにそう問い掛けた。


 途端に、クリスティの顔に不安が広がり、マルークのローブの裾を小さな手で握りしめた。


 彼を見上げるクリスティの目には、涙が溜まり、何度も首を左右に振っていた。

 ナタリアの提案を拒否したい気持ちは明らかだった。


「クリスティ、大丈夫だ。置いては行かないよ。私にはクリスティが一番大切だからね」


 そう言って彼女を宥めながら、ナタリアを非難するように見た彼に、大聖女は澄ました顔で告げた。


「マルーク。あなたが危険なことをしなければいいのです。危険のないように振る舞いなさい」


 危険のないドラゴンとの交渉など、あり得るのかと、マルークは途方に暮れる思いだった。


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