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第7話 大聖女ナタリア

 物の少ない、簡素な執務室のテーブルで、マルークはナタリアと向き合った。


「クリスティさんは、本は読めるのかしら?」


 ナタリアはそう言って、挿絵の多い本をクリスティに渡し、頷く彼女に、「あちらで、読んでいてね」と部屋の隅を指差した。


 マルークがちらりと表紙を見ると、どうやら聖人たちの行いを記した物らしかった。


 クリスティは、言われたとおり、おとなしく部屋の隅で本のページを捲りだした。

 その様子を見たマルークは、


「ルセフェール フォヨケーヴ」


 優しい声で呪文を唱え、彼女の頭上に、魔法で明るい光源を作り出し、本を読みやすくした。


 その様子を静かに見ていた司祭は、マルークに向かって小声で尋ねてきた。


「彼女は?」


「私の娘だ」


 マルークの答えに、だが彼女は納得していないようだった。


「まあ、いいでしょう。それより、あなたに伝えておきたいことがありますから」


 ナタリアはそう前置きして、マルークの目をしっかりと見て、


「私は三か月ほど前、就寝前の礼拝で神託をいただいたのです。それを、あなたには伝えなければと思っていました。先日、あなたがここを訪ねてくださったのも、おそらくは神のお導きでしょう」


「いったい、どんな神託なんだ?」


 前世の記憶を取り戻したマルークには、何となく想像はついたが、敢えてそう言ってナタリアに先を促した。


「この先、魔王レテスクラヴィルをあの者以上に禍々しき存在が呼び覚ますと言うのです。神は私に、そうお伝えになりました」


 憂いをその目に宿し、ナタリアは彼に告げた。その内容は、マルークにも意外なものだった。


「レテスクラヴィルは滅んだはずだ!」


 思わず出した大きな声に、クリスティが驚いてこちらを見た。マルークは、「クリスティ、済まない。大丈夫だよ」と伝えて、自分も落ち着きを取り戻した。


「ナタリアも済まなかった」


 彼が頭を下げると、司祭は首を振って、


「私も同じ気持ちです。いえ、あなたが信じたくないのも痛い程、分かるつもりです。魔王を滅ぼすために、どんな代償を払ったか考えれば……」


「ナタリア、やめてくれ……」


 苦しそうなマルークの様子に、ナタリアは一瞬、目を伏せたが、


「ですが、私はあの夜、私に下された言葉を疑うことは出来ません。いつかは分かりませんが、魔王が再び、呼び覚まされるのでしょう」


 再び顔を上げた彼女は、厳しい声で宣告するような声を出した。


「十三年後だ」


「えっ」


「信用出来る者が、十三年後に、何か大きな事が起こると、俺に告げた。それがどんな事かは分からないと言っていたが、おそらくそれだろう」


 マルークが、魔女ルシーリアが言っていたことをナタリアに伝えると、彼女は驚いたようだった。


 マルークは二人を良く知っていた。魔女ルシーリアは街の占い師、ナタリアは魔王を倒した五人の英雄の一人にして、神に仕える司祭と、接点はありそうもない。


 だが、その二人が、揃って異変の兆候を掴んでいる。

 そして、十三年後なら、クリスティをその一人とする新たな英雄たちが、邪神ティファヴァマブートと戦うとしても、年齢的におかしくはない。


「まだ時間は十分にある。だが、レテスクラヴィルが復活するということには、納得しかねるな。それ以上に禍々しい存在が現れるというのは、ありそうだとは思うが」


 マルークの前世の記憶が、そう告げていた。だが、ナタリアは語気を強め、


「私ははっきりとそう聞いたのです! 神託が間違っているとは思えません!」


 大きな声をマルークにぶつけてきた。

 その声にまた、クリスティが顔を上げると、ナタリアはすぐに笑顔を見せて、「ごめんなさいね。大きな声を出して」と彼女に謝った。


「大聖女の大声を聞くのは、五年ぶりだな」


 マルークは、本当に感慨深い気がしてそう言ったのだが、ナタリアはそんな彼を少し睨むような目で見てきた。


「マルーク。私は真剣です。あなたは、あれが蘇るのが、恐ろしくはないのですか?」


「恐ろしい? いや、あれが蘇ることで、すべてが元に戻るのなら、私にはそれは望ましいことかもしれないな」


 落ち着きを取り戻したのだろう。最後は静かな声で、だが、しっかりと彼を見詰めて言うナタリアに、マルークも真剣な顔で返した。


「マルーク、あなたは……」


 驚いたといった、だが非難するような表情を見せたナタリアに、マルークは、真面目な顔を崩さなかった。


「起きもしない、無駄なことを言ってしまったな。だが、何にせよ十三年後なら、さっきも言ったとおり、準備する時間は十分にある。それに大聖女の言葉なら、国も動くのではないか?」


 マルークの言葉に、ナタリアは顔を左右に大きく振った。


「そのような世迷い言をと、罰せられるかもしれませんね。だから、私はあなたを待っていたのです」


 悲しそうなナタリアに、マルークは思わず息を呑んだ。


「そんなはずが。いったい、ボードソンはどうしたのだ。大聖女の言葉が信じられないのか?」


 彼の言葉に、ナタリアはさらに憂いを深くした表情を見せた。


「彼は変わったのです。マルーク。あなたよりも、五年前から変わってしまったのは、彼かもしれません」


 驚きを見せる彼が見たのは、ナタリアの寂しそうな、諦念を含んだ笑い顔だった。




 感謝祭が近づいたある日、いつものようにクリスティを迎えるために私塾を訪れたマルークを、塾の教師である女性が呼びとめた。


「マルークさん。少しお時間、よろしいですか?」


 深刻そうなその様子に、マルークは、クリスティに何かあったのかと不安を覚えた。


「ええ、勿論です。クリスティに何か?」


 彼が尋ねると、教師は「いえ、そうではありませんが……」と答えながら、彼をいつもの子どもたちがいる場所とは別の部屋へと招じ入れた。


「実は今日、感謝祭を前に、大切な人に感謝の手紙を書くという課題を出したのです。もう、クリスティさんは字が書けるようになりましたから」


 クリスティが文字を習っていることは、マルークも知っていた。

 彼女は利発で、とても覚えが早いと、ついこの間も、この教師からも教えてもらったばかりだった。

 それに最近は、ここへの行き帰りの途中でも、店の看板を読んだりしてもいたからだ。


「クリスティさんはとても丁寧に、一生懸命、あなた宛の手紙を書いていましたよ」


 彼女の言葉に、マルークは感動を覚えていた。感謝祭は神に感謝するだけでなく、身近な人にも、普段の感謝の気持ちを伝える日でもあることは確かだった。


 彼にとってクリスティはとても大切な存在。もう本当の娘と言ってよい存在になっていた。

 だが、彼女がどう思っているかは、自信がなかったからだ。


「ですが、そのお手紙の内容を見てしまったのです」


 彼女は、綴りに間違いがないか、指導するつもりで見たのだと前置きして、


「マルークさん。あなたは彼女に魔法を教えていますね」


 教師の言葉に、マルークは咄嗟に嘘が吐けず、


「いや、私は……」


 そう答えるのがやっとだった。


「たとえ自分の子だとしても、私的に魔法を教えることは禁じられています。今回は、見なかったことにしますが、こういう事が続くなら、クリスティさんをお預かりすることは出来ません」


 教師の女性は厳しい表情で、マルークに忠告するように伝えてきた。


「クリスティさんはとても良い生徒ですし、私も教え甲斐があります。ですが、この件については、王国はかなり厳しいのです。マルークさん、よろしくお願いしますよ」


 彼女は、念を押すようにマルークを見ると、クリスティを呼びに姿を消した。



 教師からそんなことを伝えられたとはおくびにも出さず、クリスティの手を引き、マルークは家へ帰った。


「塾は楽しかったかな?」


 いつものように、マルークが尋ねると、このところずっと、「楽しかった」と答えてくれるクリスティが、真剣な面持ちで、ジャンパースカートのポケットから、一枚の紙を出して、マルークに手渡してきた。


(これが先生の言っていた手紙だな)


 マルークには分かったが、素知らぬ顔で受け取ると、四つに折られたそれを開いてみる。

 そこにはたどたどしいが、十分に読むことのできる文字で、


「おとうさま いつも まほーを おしえてくれて ありがとう」


 そう書いてあった。


 それを読んだ時、マルークの中からはもう、あの教師からの忠告のことなど、すべて吹き飛んでしまった。


 クリスティが自分のことを「おとうさま」と書いてくれたのだ。

 今日のことは、きっと忘れないだろう。マルークには、そう思われた。


「ありがとう、クリスティ。お手紙、本当に嬉しいよ。魔法の練習を頑張ってくれて、私の方がお礼を言いたいくらいだよ」


 彼が優しく頭を撫でると、クリスティの顔がパッと明るくなり、はにかんだような笑顔を見せてくれた。


 その笑顔を見て、マルークは、自分ももっと頑張らなければ、これまで逃げていたこととも向き合わなければと思い。そして、彼女の為なら、それが出来るとも思ったのだった。



 マルークがこれまでずっと避けてきたこと。それは、私塾の教師に指摘されたことを回避することでもあった。


「魔法を私的に教えてはいけない」


 その規則を作った者と、マルークは知り合いだったからだ。


 パルティウス王国の国王、ボードソン一世。彼は元はと言えば、魔王を倒した五人の英雄の一人、英雄騎士ボードソン、マルークの仲間だったからだ。


 だが、マルークは彼とは絶縁していた。

 別に絶交を宣言した訳ではないが、魔王を倒し、王都へ帰ってから、一度も会っていなかったのだ。


(ボードソン。何を考えている)


 マルークは彼に会う必要性を感じ始めていた。


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