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第4話 占い師のルシーリア

 魔力を感じることから始める魔法の訓練は、地味なもので、子どもには退屈なものかもしれないなと、マルークは思っていた。


 だが、クリスティは飽きることなく、彼の手のひらから魔力を受けると、笑顔を見せ、「とても温かい」と言ってくれた。


 その日は何度も、その訓練を繰り返したが、クリスティの才能は彼が思っていた以上のようだった。

 最後には彼女の手から、ごく僅かだが魔力が放出されるのをマルークは感じることができた。


「いいぞ、クリスティ。とても素晴らしいよ。今日はここまでにしておこう。焦る必要はないからね」


 今の平和は偽りのものだ。彼の前世の記憶がそう告げる。

 だが、平和な世を破壊する邪神が出現するまで、まだ時間はたっぷりあるはずなのだ。


 この平和の裏では真の敵である邪神ティファヴァマブートが、虎視眈々と世界の覇権を狙っている。

 そして、邪神は、魔王レテスクラヴィルを斃した五人の英雄を恐れている。

 彼らが動けるうちは、人間の世界に手を出すことをしない。


 英雄たちが年老い、その力を失った時、それが、邪神が活動を開始する時なのだ。


 その時、世界は、クリスティもその一人である、新たな英雄たちによって救われなければならない。


 クリスティは、まだ出来ると言いたそうだったが、それでも少し疲れているように見えた。


「夕ご飯にしよう。とは言っても、これしかなくて済まないな」


 マルークはまた、魔法でパンとミルクを出すと、彼女に勧め、自分も並んで食べ始めた。


 前世の記憶をたどるまでもなく、この食事では、彼女にも自分にも良くないことは明らかだ。

 とにかく、今は一刻も早く、この生活を抜け出すことだと、彼は強く思った。


 自分が本気になれば、容易いことだとも。彼は、魔王を斃した五人の英雄のひとりなのだから。

 

 長時間の魔法の訓練にやはり疲れていたらしく、クリスティは、彼の隣りで、パンを手にしたまま、目を瞑り、舟を漕ぎだした。

 マルークは彼女の手から、そっとパンを皿に戻し、優しく抱き上げると、ベッドへと移した。



 その晩、マルークは、ギルドで借りた材料を調合するとともに、呪文を唱え、自らの魔力を加えていった。


「フェルーペ フォユキーヴァ ファーガ」


 彼が材料を調合した乳鉢のような道具の下に、魔法陣が薄青い輝きを見せ、魔法薬が作り出される。


 万病に効く魔法薬の効果は、それを作った魔法使いの魔力と技量に大きく左右される。


 彼は魔力こそ大きいが、あまりこの手の細かな魔法が得意ではない。それでも、師であったスタファンの教えを思い出し、集中して作業を繰り返した。


(クリスティに会う前だったら、途中で放り投げていたな)


 魔力を感じる訓練を、長時間続けた彼女の健気な姿に、マルークは力をもらっていた。


(このくらいのことが出来なくては、彼女に顔向け出来ないし、彼女と暮らす資格はないな)


 マルークはそんなことを考えながら、黙々と魔法薬作りに没頭したのだった。



 次の朝、目を覚ましたマルークは、簡単に朝食を済ませると、クリスティの手を引き、再びギルドへと赴いた。


 彼の左手には、昨晩遅くまで掛かって作り上げた、魔法薬が提げられていた。


 ギルドに到着すると、また、窓口に並び、自分の順番が来るのを待つ。隣にクリスティがいると思うと、待っている時間も苦にならなかった。


 彼女は騒いだり、不満を漏らすこともなく、本当におとなしく、待っていてくれる。

 マルークは、これまでの自分より余程、彼女は大人だなと思わざるを得なかった。



 今朝の窓口の職員は、昨日とは違って若い女性だったが、やはりマルークを見て、少し怯える様子を見せた。


 彼は、いい意味でも悪い意味でも有名人だった。


 五年前に、魔王レテスクラヴィルを斃したパーティーの魔法使いとして、そして、最近は、王都の繁華街を徘徊する落ちぶれた魔導士、だが、その実力を恐れられる『人界の魔王』として。


「どういったご用でしょうか?」


 それでも、彼女は仕方なくといった表情を浮かべながらも、彼に対応してくれた。


「昨日、こちらで魔法薬の材料を預かってね。それが完成したから、持って来たんだ。買い取ってもらえるかね」


 職員は、驚いた様子で、「もうですか?」と、半信半疑といった様子を見せた。

 魔法薬の製作は、普通はそれなりに時間が掛かるものだ。材料を預かって、翌朝に完成しているなどということは、考えづらかった。


 マルークから、彼の作った魔法薬を受け取った職員は、それでも真剣な顔で、それを吟味しようとしたようだ。

 だが、確信が持てなかったのか、「少しお待ちいただけますか」と、マルークに伝えると、魔法薬を持って奥の机に座る男の魔術師と話していた。


 その魔術師も、どうも信用がならないといった顔色だった。

 マルークは自分のこれまでの行いが招いたこと故、甘受するしかないとは思ったが、クリスティも一緒に待たされるのは、憐れだと感じさせられた。


 ついに、その魔術師が立ち上がり、マルークの待つ窓口へと歩んで来て、彼に問うた。


「マルークさん。この薬は、本当にあなたが?」


 随分と失礼な質問だと思ったが、マルークは、平然とそれに耐えることができた。

 右手に伝わる温もりが、その程度ことは、簡単に跳ね返してくれたのだ。


「ええ、そうです。何か、問題がありましたか?」


 それでも、彼は少し不安だった。この五年、まともに魔法を使っていない。腕は確実に鈍っているに違いなかったからだ。


「いえ、とんでもない。このような高品質の魔法薬を短時間でお作りになるとは。さすがですな」


 魔術師は驚いたといった様子を見せた後、笑顔を見せた。

 ギルド職員の笑顔を見るのは、何年振りか、マルークには分からないくらいだった。


「魔法薬は、特に高品質の物は常に不足していましてね。お作りいただければすべてギルドで買い取らせていただきます。今日も材料をお持ち帰りになりますか?」


 嬉しそうな様子で話し続ける魔術師に、マルークは安堵の息を吐いた。



 マルークの作った魔法薬は、思った以上の高値で、ギルドが買い取ってくれた。

 材料もまた、提供してもらったので、頑張れば、それなりに早く、今の生活からは抜け出せる気がした。


「お昼は美味しいものでも食べような」


 マルークの言葉に、クリスティは嬉しそうに頷いた。

 彼女のそんな様子を見ただけで、昨夜、あの面倒な作業を続けたことが報われた気がする。


「でもその前に、クリスティの服を買おうね」


 彼がそう言ったのを聞いて、クリスティの顔が輝いたように見えた。

 やはりこの格好は、子どもとはいえ、辛かったのかもしれないなと思うと、可哀想なことをしたと思えてしまう。


「では、行こうか」

 頷く彼女の手を引いて、マルークは、王都のバザールへと足を延ばしたのだった。



 バザールの服屋で、クリスティに可愛らしい服を何着か購入し、身の回りの必要な品も揃えてもらった。

 その後、二人で食堂に入り、ランチを食べた。


「クリスティ、美味しいかい?」


 マルークの問いに、彼女はこくりと頷いた。

 食事も洋服も、それ程上等なものではない。それでも、マルークにとっては、久しぶりに味わう幸せな気分だった。


(こんな気持ちは、本当に五年ぶりだな。いや、もっとか)

 マルークは、そう思いながら、もっともっと、彼女を幸せにしたい。そんな気持ちだった。



 お昼を終えたマルークは、ふと、このバザールに店を構える、古い知り合いのことを思い出した。


 その知り合いの店は、クリスティを連れて、いつかは訪れなければと思っていたのだ。


(さすがにまだ、早いか?)


 マルークは、一瞬、そう考え直そうかと思った。


 クリスティはまだ、昨日から練習を始めたばかりで、魔力を感じることが出来るようになっただけだ。

 これから少しずつ、魔力を操る術を知り、明るい光を灯したり、火種を起こしたりといった基本的な魔法を学んでいかなければならない。


 おそらく、魔法学園とやらでも、そうした順で魔法を教えるのであろう。マルークもたどった道だ。


 だが、魔法使いの真の価値は、そこにはないと、マルークは思っていた。

 それだけでも、使える者は少ないのだが、個々の魔法使いの個性こそが、自分の適性に合った魔法こそが、その真骨頂だというのが、彼の考えだった。


 彼の眼力は、クリスティの魔法使いとしての才能が非凡なものであることは見抜いたが、彼女の適性までは分からなかった。


「今日は、占い師を訪ねてみよう。クリスティがどんな魔法が得意なのか、彼女なら分かるはずだ」


 駄目なら、それはそれで仕方がないと、彼は考えた。クリスティがどんな魔法適性を持っているのか、知りたいとも思ったのだ。



 ルシーリアという名の彼女は、五年前とまったく変わらない様子で、店を守っていた。


「今日は珍しいお客が来ると、水晶球が囁いてくれたけれど、まさかあなただったとはね」


 マルークの姿を見て、だが彼女は不安そうな様子を見せる。


「どうした。誇り高き魔女、ルシーリアらしくないな」


 マルークがからかうように言うと、彼女は少し気分を害したのか、厳しい声でマルークに返す。


「私だって、王城に引き立たてられるのは御免だわ。あなたみたいに、衛兵に狼藉を働いて、逃げ出すくらいの実力があれば、別でしょうけれどね。人界の魔王さん」


 ルシーリアの返した言葉に、マルークは顔を顰め、少し辛そうな表情を見せた。

 今日はクリスティの適性を見てもらうために来たのだから、彼女を帯同せざるを得なかった。だが、結果として彼女にこんなことを聞かされるのは、マルークにとって、やはりキツかった。


 そんなマルークの様子に、ルシーリアは逆に興味をそそられたようだ。


「あなた、変わったわね。目の光が違う。原因はその子よね」


 ルシーリアは、マルークを変えたのがクリスティだと、すぐに見抜いたようだった。


「その子を私に見てもらいたくて来たのでしょう? 私も見てみたくなったわ」


 ルシーリアはそう言って、クリスティの名を尋ねた。


「クリスティちゃんね。側に来てくれる? 怖くないからね」


 ルシーリアに呼ばれて、クリスティは、マルークを見上げ、彼が頷いたのを見て、彼女に近寄った。


「そう、良い子ね。目を閉じて楽にして、そう、楽に……」


 ルシーリアはそう言って、彼女の前の水晶球に視線を向ける。


 そして、「あ……」と驚いたような声を出すと、上目遣いにマルークを見てきた。


「どうした? 分からないのか?」


 マルークの問い掛けに、彼女は首を振り、それでも、答えを彼に伝えることを躊躇する様子を見せる。


「どうしたんだ。今日は、ルシーリアらしくないことが続くな」


 物事に拘らない彼女が、そんな様子を見せることは珍しいなと、マルークは思い、彼も少し不安な気持ちを持った。


「マルーク。彼女の力は、心を操るもの。それがどんなものか、あなたなら分かるわよね」


 ルシーリアはもう一度、水晶球をじっくりと覗いた上で、マルークに視線を合わせ、真剣な表情で、そう告げた。


 心を操る魔法。マルークは、それがどんなものかよく知っていた。

 彼が師のスタファンの下で共に学んだ仲間の中に、その達人がいたからだ。


 ルシーリアが、それを彼に伝えることをためらったのは、そのためだった。

 彼女は、マルークが変わってしまった原因が、その仲間、魔女クニーグにあることを知っていたからだ。


「気を遣わせて悪かったが、私はもう大丈夫だ。私には、クリスティがいるからな」


 彼の言葉に、ルシーリアはまた、驚いた様子を見せる。

 この五年の彼の噂からは、もうあのまま、元に戻ることはないのではないかとさえ、思っていたからだ。


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