第25話 邪神と愛娘
「マルーク!!」
オーリアフォートさえ、さすがに驚いた様子を見せ、皆がマルークに駆け寄った。
「ダメだ。いくらなんでも……」
蘇生の魔法さえ扱えるタルキトスだが、すでに魔力の大半を使い果たし、今はマルークに対し、施す術もなかった。
「マルーク、どうして……」
茫然とするコドフィルには、彼の突然の行動は理解できなかった。
魔王に心を囚われる前に、自らを裁いたのか。いや、もはや魔王を滅ぼす方策が見つからず、絶望が彼を突発的な行動に駆り立てたのか。
だが、彼は最期に、コドフィルに笑顔を見せた。
「いったい、僕にどうしろと……」
クリスティを頼むと、彼は確かにそう言った。だが、今の状況を見れば、そんなことは不可能だ。しかも、魔法使いをすべて失って、どう魔王と戦うというのだ。
「うおあおぉう!」
突然の叫び声に、四人は一斉に顔を上げた。
彼らの視線の先には、頭を抱え、苦しむレテスクラヴィルの姿があった。
魔王に何が起こっているのか、長く生き、知識の豊富なエルフのオーリアフォートでさえ見当もつかなかった。まして、コドフィルやエルシオスには、魔王が遂に、その狂暴な本性を現したかとさえ思えたくらいだった。
「やめろ! 妾には、関係ない。いや、妾は……、愛する者を喪って。生きてはいけぬ。違う……違わない。妾は……、妾はもはや、この世界に留まることはできぬ!」
だが、魔王は彼らに襲い掛かるでもなく、ひたすら一人で苦しんでいた。
この世に留まってはいられないと言い続けるその足下に、真っ白に輝く魔法陣が姿を現し、そこから輝く光の柱が立ち昇ってレテスクラヴィルを包む。
それは彼らが見たこともないような強烈な、そして、この世のすべての穢れたものを完全に浄化するように見える、神々しいとさえ感じられるような純白の光だった。
「妾は、いや私は……。マルーク、やっぱりあなたは、一緒に来てしまったのね。仕方ないわね。ごめんね、マルーク」
魔王の口から、呟くような言葉が漏れると、魔法陣からの光が、皆が目を背けざるを得ないほどに、一際輝きを増した。
既に天井は、その光によって吹き飛ばされたのか、四人は、暗い空に伸びる一本の光を目撃していた。
「ウオオッ!」
「いったい、何が!」
思わず声を上げ、少しでも危険を防ごうと頭を低くし、腕で顔を守る姿勢をとる四人の前で、その光は、まさに天に至る巨大な柱のように膨れ上がった。
輝く光は、実際にそれが起こっているかは定かではなくとも、大地を揺るがし、轟音を轟かせてさえいるかのように感じられる。
一瞬、なにか昏い影のようなものが、光とともに地上から剝ぎ取られるようにして、巻き上げられて行ったように見えると、光は突然、プツンと途切れるようになくなった。
そして、その光が消えた場所を彼らが見た時、そこには、クリスティだった者が、そのままの姿で倒れていた。
「コドフィル殿下、タルキトス、エルシオスにオーリアフォートも、私はいったい……」
恐る恐る近寄った四人に、ゆっくりと目を開いた彼女は不安そうに声を掛けてきた。
「クリスティ……なのか?」
「ええ。私、今まで気を失っていたのでしょうか?」
彼女には、ここまでの記憶が、まったく無いように見えた。
まだ意識がはっきりしないといった様子で、周りを見回す。
「邪神は、玉座にあった邪神はどうなったのですか? コドフィル様が倒されたのですか?」
皆が無言の中、コドフィルが口を開き掛けたものの、彼も力無く首を振るのが精一杯だった。
そして彼女は、そのことに気がついた。
「お父様は? お父様、どこにいるの?」
振り向いた彼女の目に、倒れ伏した愛する父親の姿が入ってきたのだ。
「お父様……」
クリスティは起き上げると、よろけるようにマルークに歩み寄ったが、彼が応えることはなかった。
「お父様……、お父様! 目を開けてください! お父様!!」
彼女の意識が次第にはっきりしてきたのか、マルークを呼ぶ声は段々と大きくなり、最後には叫ぶようなものになった。
「タルキトス、お願いです。お父様を助けて!」
神官を振り向き、彼に縋るようにして、クリスティは声を上げるが、彼もまた、顔を左右に振る。
「マルークは、神の御許に召されてしまった。人の力では、もうどうすることもできないんだ」
辛そうな顔で、彼女に伝えるタルキトスの後ろから、コドフィルがクリスティに歩み寄った。
「マルークは、僕たちを守って、敵を滅ぼしてくれた。君を頼むって、そう言っていたよ」
彼はクリスティにそう声を掛け、彼女を抱きしめた。
「そんな、コドフィル様、嘘でしょう? お願い。嘘だと……そうおっしゃって!」
返す言葉もなく、彼女を抱く腕に、コドフィルが、ぎゅっと力を込めると、クリスティの目から涙が溢れ出した。
王都アルアントへ戻ったクリスティたちは、聖ポラストゥル教会に、大聖女ナタリアを訪ねた。
「マルークは、私の神託には間違いがあると、以前言っていました。脅威の源は、魔王とは別の者だと。それは一面では真実だったのですね」
「いいえ、ナタリア様。私がすべての元凶なのです」
もう涙も枯れ果てたかのように、憔悴した様子を見せるクリスティに、隣にいたコドフィルがすぐに反論する。
「クリスティ、それは違う。マルークは僕に、君を頼むと言って、笑っていたのだ。もう、何度もそう言ったじゃないか」
困惑する様子を見せるコドフィルを嗜めるように、ナタリアがゆっくりと、クリスティに語り掛けた。
「クリスティ。マルークはあなたを愛していた。それは分かるでしょう?」
クリスティが、小さく頷くと、また、ナタリアはゆっくりと話し始める。
「それはきっと、今も変わらない。彼の愛は、ずっとあなたを守っています」
俯いていた顔を上げて、大聖女を仰ぎ見たクリスティに、彼女は言葉を続けた。
「それに、かつての仲間であった私には、分かるのです。彼はきっと、納得して逝ったはずだと……」
そう言ったナタリアの頬にも、涙が伝っていた。
「まさかクニーグが……、彼女が自分自身に、魅了の魔法を掛けていようとは、思いもしませんでした。ですが、言われてみれば……。彼女は強い思いで、そうしたのでしょう」
落ちる涙を拭うこともなく、ナタリアは声を震わせながら、だが、いつも信徒に語り掛ける、凛とした、それでいて優しさを感じさせる声で、二人に告げた。
「そのマルークとクニーグの絆が、この世界を救ったのです。そしてそれはおそらく、クリスティ、あなたを守るためでもあったのでしょう」
魔王は、クニーグの魔法の力を、いや、大聖女の言うとおり、二人の絆を甘く見たのだと、コドフィルは思った。
その二人のうちの一人に、自分は、最愛の娘を託されたのだと思うと、彼は身震いをする思いがしたのだった。
「まさか、魔法の適性が変わるなんてね。私も色んな人を見てきたけれど、こんなの初めてだわ」
マルークが亡くなったことを報せるために、店を訪れたクリスティに、ルシーリアはそう言って、驚いた顔を見せた。
「クリスティさん。今のあなたの適性は、炎と雷の魔法。あなたのお父さんと一緒ね。いいえ、きっと本来のあなたの適性は、そうだったんだと思う。言ってる私が、一番信じられないけれど、でも事実なんだもの」
クリスティも驚いていた。
彼女はずっと、自分の適性が、父であり師であるマルークと違うことを、残念に思っていたからだ。
「じゃあ、父から教わった魔法をすんなりと使うことができたのも……」
クリスティの言葉に、ルシーリアは頷いた。
「きっと、以前はクニーグの力が働いていたのね。彼女は偉大な魔法使い。あなたの中にいても、その力を隠すことができずに、表に現れていたのよ」
ルシーリアはそう言って、少し寂しげに、クリスティに笑いかけた。
「ルシーリアさんは、クニーグさんをご存じなんですね」
クリスティが何の気なしに聞くと、彼女は即座に頷きを返した。
「ええ。そりゃあ、知っているわ。あなたのお父さんとは古い付き合いだから。私はね、あなたのお父さん、いえ、マルークって、ちょっといいなってずっと思っていたのよ。でもね、彼の心の真ん中には、ずっとクニーグが居た。そして、彼女が亡くなって、その後はずっとクリスティ、あなたが居た」
ルシーリアはそう言って上を向くと、彼女の顔が苦しそうに歪んだ。
「私、それが分かってた。悲しかったけれど、分かってしまってたのよ……」
魔女ルシーリアは、そう言うと、クリスティに背を向けた。
その背中は、彼女の言葉の最後がそうだったように、震えていた。
「マルークは逝ったのか……」
父王に、魔王討伐の顛末を語ったコドフィルに、ボードソンは、まずは、そうひと言だけ、呟くような声を出した。
「大聖女ナタリア様は、魔女クニーグのすべてを吞み込んだ魔王は、彼女が自分に掛けた魅了の魔法の影響を受けたのだろうとおっしゃっていました。その対象であったマルークの死に耐えきれず、この世から消滅したのだろうとも……」
肘掛けで頬杖をつきながら、ボードソンは辛そうに、彼の跡継ぎに聞かせるともなしに話す。
「余はずっとクニーグを疑っておった。彼女がマルークに魅了の魔法を使ったのではないかとな」
「父上、それは……」
思わず声を上げたコドフィルを制し、ボードソンは話しを継いだ。
「分かっておる。間違いであった。余は所詮、自分のことしか考えぬ人間。そうクニーグとマルークに笑われておるような気がするな。本当に相手のことを思っておれば、相手の為に命を懸けることすら厭わぬ魔法を、誰に使うかなど、自明であろうとな」
そう言った王は、コドフィルに視線を戻すと、彼に聞いた。
「それはコドフィル。そなたもそうか? 自らの愛する者のために、たとえそなたが王位継承権を失うことになっても、それを貫くつもりか?」
「はい。マルーク先生に、顔向けできませんし。それ以前に、僕はそうしたいのです」
王の問い掛けに、その息子は強い意志のこもった目で、父である王を真っ直ぐに見て、告げるように言った。
「群臣どもは、素性も分からぬ娘をと、反対するであろうな。だが、余が王位に就いた時もそうだったのだ。余も元々、成り上がり者に過ぎぬ。そう思えば、如何ほどのことやあらん」
驚くコドフィルを前に、ボードソンは宣言するように言った。
マルークには、最後まで負けてしまったと思っていた。だが、せめて彼の最期の願いくらい、聞いてやりたいとも思ったのだ。
「今回も、今ひとつでしたわね」
「ああ、君もそう思ったのか。残念だ。やはり捻りが足りないのかね」
この世界とは違う場所。何もかもが光り輝く清浄な空間に、人の姿をした者が二人、佇んで話をしていた。
二人とも白くゆったりとした衣をまとっていたが、そのうちの一人は大きく、男性のようで、もう一人は、髪の長い少女のような姿だった。
「幼馴染が魔王と一体化しているなんて、陳腐な展開で見え見えでしたものね」
「それは君がそうしようと言ったのじゃなかったかな? いっそ姿は幼馴染そのままで、実体は魔王だとかの方がマシだったかもしれないね」
大きな者が、少し困ったような声で言うと、少女の姿をした者が、すぐにそれに応えた。
「いえ。それはかなり前にもう試していますわ」
「そうだったかな。君はよく覚えているね」
大きな者は、そう言って優しい目で、もう一人の方を見る。
「いえ、お父様が覚えてなさ過ぎなんです。でも、今回は、今、流行りの異世界からの転生の記憶というのを試してみたじゃないですか。あれは如何でした? お気に召しませんでしたか?」
少し不安そうな、だがいたずらっぽく見える目で、少女のような姿をした者が、大きな者に問い掛ける。
「まあまあかな。でも、やっぱりまだまだだね。これから何度か試してみれば、もう少し良い使い方が見つかるかも知れないね。でも、君は楽しそうだったじゃないか」
「だって、もう女神はさすがに飽きましたわ。魔王の方がまだいいです。澄ました顔をしている必要もありませんし、制約も少ないですもの。お父様も、邪神の方が新鮮でいいでしょう?」
また、そう言って問い掛ける彼女に、笑顔を見せて、もう一人が口を開く。
「まあね。でも、私は君さえ楽しければ、それで幸せだよ。だって、そう言いながら、妾だなんて、君は結構楽しんでいただろう」
「お父様だって、邪神ティファヴァマブートだなんて、私、舌を噛みそうになりましたわ」
無邪気に笑う彼女の姿に、もう一人は目を細めた。
「君のレテスクラヴィルもね。じゃあ今度は、幼馴染の方も、異世界から転生した記憶を持っているなんてどうだろう?」
「うーん。いかにもありそうな展開って気がするけれど、ものは試しかしら。どうせ時間はいくらでもあるしね」
少女は、そう言ってまた笑顔を見せた。
「で、この世界はどうするね。お気に召さなかったのなら消滅させるかい?」
どこか別の場所へ、駆けだそうとする彼女に向かって、そう声が掛けられた。
彼女は、少しだけ迷ったように、首を傾げていたが、すぐに首を横に振った。
「ううん。その世界の二人が、ちょっとだけ健気だった気もするから、とりあえずそのままにしておいて」
「そうか。君がそう言うのならそうしよう。愛する娘よ。君の思うとおりにするがいい」
そんな言葉を残し、二人はこの場から去って行った。
こうして世界は救われたのだった。
【愛娘と魔王・完】
『愛娘と魔王~愛娘が心配すぎて魔王討伐のパーティーに加わってしまった魔導士の悲劇』、これにて完結です。
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