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第24話 圧倒的な存在

「もはや、貴様たちに勝ち目はないぞ。潔く降伏したらどうだ」


 魔王は、勝ち誇ったようにコドフィルたちに向かって宣言する。

 その言葉に、まだクリスティだった者を抱きしめていたマルークは、驚いて返す。


「クニーグ、どうしたんだ。何を言っているんだ」


 不安そうな顔を見せるマルークに、赫い目を向け、とても女性の力とは思えぬ膂力で、その腕を引き剝がし、魔王が答えた。


「クニーグと言ったか。最早そんな者はここにはいない。既に(わらわ)の一部になっておるからな」


「クニーグ。正気に戻ってくれ。お願いだ」


 マルークの呼び掛けに、だが、クリスティだった者が応える様子はない。


「マルーク、駄目だ。そいつは魔王だ」


 エルシオスがようやく立ち上がって、マルークに告げた。


「いや。そんなことはない! クニーグ、返事をしてくれ。お願いだ」


 そんなマルークの様子に、魔王は満足そうな顔を見せる。


「フハハハハ! 千載一遇の機会であったのに、貴様も罪なことをするものよ。あの者が、どれ程の苦難の道を歩んできたか知りもせずにな」


「なに?」


 必死に、クニーグに向かって呼び掛けていたマルークが、現実に引き戻されたような顔をした。


「虚無の奈落へと落ち込む中、このような脆弱な者を依り代とせねばならなかったのは、あの者のせいよ。あの者が、邪魔をしなければ、妾はもっと早くに、世界を我が物としていたであろうからな」


 楽しそうに話していたティファヴァマブートの声に、怒りの感情が混ざっていた。


「だが、貴様の仲間が、それを阻止した。私は、強大な魔力と強靭な肉体を持つ魔族として覚醒することを妨げられたのだ」


 以前の魔王は、確かに、人間の姿ではなかった。これまでの奴の言葉が正しければ、魔王は霊的な存在で、この世界の何者かを依り代として具現化するのだろう。

 それを、クニーグが妨げていたと言うのだ。


「あのまま、あの者と争い続けていたら、妾は虚無の闇の底へと落ち込んでいたかも知れぬ。自らの再生のための道程が、滅びの道に変わるなど、とんだお笑い種だからな」


 仕方なく、あの近辺で依り代と出来そうな者を見繕ったのだと、魔王は忌々しそうに告げた。


「貴様は、仲間が安らかに眠ったとでも思っていたのか? お前の仲間は、ずっと私と死闘を続けていたのにな」


 マルークは、魔王の言葉に、新たな衝撃を受けた。

 彼は、クニーグを喪ったことを悲しんでいた。だが、彼女があの後も、闘い続けていたなどとは、考えてもみなかったのだ。


「このような姿を取らざるを得なかったのも、貴様の仲間のせいだ。そして、すぐに復活できなかったのもな」


 十八年の間、クニーグはクリスティの中にいて、魔王の覚醒を妨害していたと言うのだ。

 マルークは茫然とする想いだった。まったく気づかなかったことを、仕方がないなどとは、とても思えなかった。


「ティファヴァマブート様のお手を煩わせる事になろうとは、思いもよらぬことであった。貴様の仲間は、余程、妾と相性が悪いと見えるな」


 クニーグの精神に作用する魔法なら、霊的な存在である魔王に干渉することが可能かもしれないと、考えたことはあった。だが、魔王の魔法防御の結界を破れるのは、彼女だけだったのだ。


 その時、マルークに語り掛ける魔王の背後から、戦士が大剣で切り掛かった。


 ドッ!


 鈍い音が響き、だが、吹き飛ばされたのは人間の方だった。


「エルシオス!」


 戦士の突進を、動くこともなく、魔力の衝撃を放って撃退し、魔王はなおも、マルークに話し続けた。


「マルークよ。妾はあの者のすべてを呑み込んだ。妾は謂わば、貴様の旧友であり、娘でさえあるのだ。その妾とともに、世界を統べないか?」


 誘い掛ける魔王に、マルークの心は揺れ動く気がした。魔王の姿は、彼の愛した娘であり、その中には、彼が愛してやまなかった幼馴染がいたのだ。


「私は……」


 マルークの口から、どんな返答が出されるのか、エルシオスもタルキトスも固唾を飲んで見守っていた。

 その答えによって、この世界の行く末が決まりかねないという思いとともに。


「マルーク先生! しっかりしてください!」


 そう言って、彼に駆け寄ったのは、コドフィルだった。

 だが、彼がマルークの下にたどり着く寸前、また、魔王の魔力の衝撃が彼を襲い、コドフィルは吹き飛ばされた。


「コドフィル王子!」


 マルークの記憶の中の、邪神ティファヴァマブートを倒す英雄騎士の危機を見て、彼は咄嗟にコドフィルに駆け寄った。


「コドフィル王子、大丈夫ですか?」


 痛みに顔を顰めるコドフィルに向かって、タルキトスが癒しの魔法を施す。

 そうして、一か所に集まったパーティーを、だが、何故か魔王が攻撃してくることはなかった。


「マルーク、まさか奴の誘いに乗るわけではないだろうな」


 タルキトスは、厳しい目で彼を睨むようにしていた。


「何を言うんだ!」


 マルークではなく、コドフィルがそう、タルキトスに大きな声で返す。

 当のマルークは、タルキトスの言葉に、自問しているように見えた。


「今だって、奴は魔法を放ってこない。マルークがいるからじゃないのか? もう、マルークは奴に籠絡されているんじゃ?」


 気味の悪いものをみるように、タルキトスはマルークに視線を送る。


(私に向けて、魔法を放たない?)


 確かにタルキトスの言うとおりだった。

 エルシオスを、そしてコドフィルを魔法の衝撃で吹き飛ばした魔王は、抱きついていた彼の腕を引き剥がしただけで、それ以上のことはしなかった。


 マルークは、四人に背を向け、魔王と向き合った。

 そして、そのまま、レテスクラヴィルに向かって歩み出す。


「まさか? マルーク。本当に、魔王につくのか?」


 エルシオスの心に、真っ暗な絶望感が湧き上がった。

 ここでマルークに裏切られれば、魔王を倒す術はなく、パーティーは全滅を免れない。


 それはそのまま、全人類が魔王にひれ伏すことを意味するかもしれないのだ。


「マルークよ、分かってくれたか。これで、妾の内に取り込まれた者も、妾の身体となった者も、滅びずに済むぞ」


 レテスクラヴィルは、その頬に笑みを浮かべ、マルークを待っていた。


「レテスクラヴィルよ。本当に、クニーグのすべてを、自分のものにしたと言うのだな?」


 マルークの問い掛けに、魔王の顔に、邪悪な笑みが広がる。


「ああ、こやつらを片付けたら、昔語りでもするか? それとも、魅了の魔法でも掛けてやろうか。貴様の仲間の魔法も、妾は自分のものにした。貴様の心を操ることなど、造作もないぞ」


「では、ここまで共に旅をしてきたこれまでの仲間に、最期の挨拶をさせてもらいたいのだが」


 冷静な顔で、魔王と視線を合わせていたマルークは、彼の言葉に魔王が頷いたのを見て、再び、パーティーの皆のもとへ戻って来た。


「マルーク! この裏切者め!」


 エルシオスが大剣を構え、激昂したように声を上げる。

 今にも斬りかからんばかりの戦士を、コドフィルが手を上げて制した。


「マルーク。考え直してくれないか」


 だが、コドフィルの願いにも、マルークは顔を左右に振って、肯んじなかった。


「クニーグを喪ってからの私は、抜け殻のようなものでした。それを今、取り戻すことができるのです」


「馬鹿な! あれは魔王だぞ!」


 エルシオスが声を上げるが、コドフィルがまた、それを制した。


「先生。では、クリスティは何だったのです? 先生にとって、たったひとりの愛する娘だったのではなかったのですか?」


「コドフィル王子。私は命あるかぎり、娘を、クリスティを守る。そう誓ってきましたし、それは今も変わりません」


「ならば、どうして?」


「クニーグの力を、私は良く知っています。彼女は私など足元にも及ばない天才、畏敬すべき友でした。その彼女の力を私は信じているのです」


「マルーク……」


 茫然とするコドフィルに、マルークは無造作に近づくと、彼の腰に手を伸ばし、そこにあった短剣を引き抜いた。


「コドフィル! 危ない!」


 咄嗟にエルシオスが身体を入れて、コドフィルを庇おうとするが、マルークはその前に、短剣を手にしたまま、後ろへ飛び退いていた。


 マルークの右手で、ギラリとした輝きを放つ短剣は、コドフィルがボードソンから護身用にと与えられた宝剣だった。


「コドフィル王子。私の大切な娘を、クリスティを頼みます」


 宝剣を手にしたマルークは、この場に相応しくない、穏やかな笑みを見せて、コドフィルに語りかけるように言った。


「待て、マルーク! どういう意味だ?」


 コドフィルが問い質すように声を掛けたが、マルークはもう、彼の言葉を聞いていなかった。

 剣を掲げたまま、くるりと身体を回し、レテスクラヴィルに、いや、クニーグに向き直る。


「クニーグ! 今度こそ、一人では往かせない! 私もともに行くぞ!」


 そう言って宝剣を自らの胸に突き立てた。


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