第23話 魔王の真実
「何を突然。どういうことだ」
元気そう? 安心した? それは魔王に言われるようなことではない。
「お前はいったい?」
「クニーグよ。あなたの幼馴染の」
いったい何がどうなっているのか、マルークには理解できなかった。どうしてここで、クニーグの名前が出てくるのか。
「そんなことがあるか! 私を惑わす気だな!」
マルークの叫ぶような声に、パーティーの皆の注目が集まった。
クリスティだった者は、少し悲しそうな顔を見せた。
「信じられなくても無理はないわ。では、そうね。ふたりで一緒に、スタファン先生に弟子入りする前の日に、あなたが私に、何と言ってくれたのか、ここで披露してもいいかしら?」
「なに?」
スタファンのことは、クリスティなら、かろうじて知っているかもしれない。だが、魔王がその名を、しかもマルークが彼に師事していたことなど知るはずもない。
「あなた、私を呼ぶと、何だか急にかしこまって、こう言ったのよ。『我、マルークは、汝、クニーグを……』」
「待て! 何故、それを知っている?」
それは、彼とクニーグのふたりしか知らないはずのことだった。少なくとも、マルークは、そのことを他人に話したことはない。
「本当に、クニーグなのか?」
「そうよ。もっと昔の思い出を語ってほしい? 例えば、林の中の秘密の場所に、あなたが何を隠したかなんてどうかしら?」
そう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女がクニーグだと、マルークは信じざるを得なかった。
「クニーグ。どうして……」
ようやく、それだけを口にしたマルークに、クニーグは一瞬、笑顔を見せた。だが、すぐにその表情は真剣なものに変わる。
「悪いけど、昔語りをしている時間はないの。私が奴を抑えていられる時間は、もうほとんどない。今なら、この身体には、何の障壁も防御もない」
茫然とするマルークたちを見回して、玉座の間にクニーグの声が響く。
「だから、奴が私を呑み込んでしまう前に、私とともに奴を滅ぼして!」
クニーグの叫ぶような言葉に、まずエルシオスが、我に返った。
「今なら、魔王を滅ぼせると言うのなら、やるしかないな」
彼が大剣を構え直すガチャリといった音が、マルークを現実に引き戻した。
「待ってくれ! 彼女はクニーグなんだ。私の、大切な、魔法を一緒に学んだ、幼馴染……。大切な人なんだ」
マルークは、エルシオスに向き直ると、彼とクニーグの間を遮るように立った。
「マルーク、そこをどいてくれ」
エルシオスが、大剣を手に、ジリジリと彼に迫る。
だが、マルークと彼の間に、コドフィルが割って入る。
「エルシオス、待ってくれ! 僕はクリスティを助けたい。何か方法があるはずだ」
彼も剣を構え、エルシオスを通させまいと、その前に立ち塞がった。
「クニーグ、どうして今ごろ……」
マルークは、彼女を失ってから、片時も忘れたことはなかった。やっと、心の傷を癒し、彼女以外に大切な人が、クリスティという愛する娘ができたというのに。
「私はこの時をずっと待っていたの。邪神が姿を現し、クリスティに、魔王レテスクラヴィルに呼びかける日を」
惑乱するマルークに、クニーグが呼び掛ける。
「私はマルーク、あなたを失いなくなかった。だから私は、自分にチャームの魔法を掛けたの。あなたを対象として」
「クニーグ。それはいったい」
チャームの魔法は、戦闘で役に立つようなものではない。
だが、それがどんな効果を及ぼしたのか、彼には、すぐに分かった。
「チャームの魔法がなかったから、あの時、私はどうしていたか、それは分からない。でも、私はあれで良かったと思っているの。そのために、私はそうしたのだから」
マルークは目の前で、十八年前、同じこの場で起こったことを、はっきりと見たような気がした。
魔王の伸ばした腕に掴まれ、虚無の奈落へ引き込まれながら、彼女は、安心したという顔をしていたのだ。
「私の願いは成就された。だから、私は満足しているわ。でも、マルーク、あなたには辛い思いをさせてしまったわね」
「今度もまた、私に同じ思いをしろと。クニーグ、君はそう言うのか……」
しかも今の彼女は、これまで十年以上の歳月をともに過ごし、慈しんだ娘でさえあるのだ。
クニーグを再び失うことに加え、クリスティまで奪われることになど、耐えられないと彼は思った。
「君は帰って来た。このまま、私と一緒に……、いや……」
クニーグを取り戻したい、その思いと、愛する娘のクリスティを失いたくないという思いが交錯し、マルークの心は千々に乱れた。
「いいえ、もう時間はまったく無いわ。私が奴に呑み込まれてしまう前に! マルーク、早く!」
両腕を広げ、無防備な姿で立つクリスティの姿をした者に、マルークはふらふらと歩み寄り、抱きしめた。
「だめだ! 私は君を守る。今度は、私が君を守る番だ!」
クニーグを喪って、平和になった世界を呪う気持ちだった。
こんなことなら、世界とともに、いや、彼女とともに滅んだ方がマシだったとさえ思った。
もう、過ちは繰り返したくない。マルークはそう思って、彼女を庇うように抱き続けた。
マルークがそうしている前で、コドフィルがエルシオスとタルキトスの二人と、対峙していた。
「殿下。そこをおどきください。彼女が魔王と分かった以上、容赦することはできないのです」
「今、奴を滅ぼさなければ、取り返しがつかないことになる」
二人は説得を試みるが、コドフィルの意志は固かった。
「だめだ。きっとクリスティを助ける方法が、何かあるはずだ」
「そんな方法を見つける前に、世界が滅んでしまうぞ!」
エルシオスが叫ぶように声を掛けるが、コドフィルも負けじと大きな声で返す。
「クリスティを、それに、あんな先生を、僕は見捨てるなんてできない!」
エルシオスは、コドフィルから目を離すことなく、今度はオーリアフォートに呼び掛ける。
「おい、あんたは加勢してくれないのか? このままだと、世界が魔王のものになるぜ」
だが、オーリアフォートは相変わらず澄ました顔で、冷静な言葉を返す。
「私は人間同士の争いには手を出さない主義なのです。あなたたちの間で、解決してください」
「そんなこと言ってる場合かよ!」
エルシオスが毒づくが、ニ対一とはいえ、コドフィルの剣技は侮れないと、こと勝負に関しては、彼の頭は冷めていた。
(だが、このままじゃあ。世界は本当に滅んでしまう……)
コドフィルだけなら、相打ち覚悟で飛び込むことも考えられないこともない。
だが、背中を見せているとはいえ、マルークがおとなしくしていてくれるかは、分からなかった。
「マルーク、お願い! 早く奴を滅ぼして! もう持たないの!」
マルークに抱かれながら、そう繰り返すクリスティの、いや、クニーグの声が響くが、彼は顔を左右に振りながら、動こうとはしなかった。
「タルキトス。突っ込むぜ」
小声で神官に呼びかけ、エルシオスはコドフィルの左側面に向けて、剣で切り掛かった。
ガキーン!
エルシオスの大剣とコドフィルの聖剣がぶつかり合い、激しい音を立てる。
その隙に、彼の左側を回り込み、タルキトスが錫杖でマルークが守る者に打ち掛かろうとした。
だが、その瞬間……。
ドッ!!
衝撃がタルキトスを、振りかぶった錫杖もろとも吹き飛ばし、彼を、そしてその前で争っていたコドフィルとエルシオスをも床へ叩きつけた。
「グウッ!」
距離のあったオーリアフォートだけは、何とか衝撃を耐えたようだったが、それが何を意味するのかは、ここにいる誰もが分かっていた。
「ふうっ。まさかずっと隠れていたとはな。人間など、もうとっくに消滅したとばかり思っていたのだが」
邪悪な笑みを浮かべながら、クリスティが、いや、魔王レテスクラヴィルの声が再び響いた。




