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第21話 出発前夜

 コドフィル王子の要請はすぐに聞き届けられ、マルークたちはボードソン王と面会することができた。


「コドフィルが、魔王討伐の旧跡を訪ねるというのであれば、許可せねばなるまい。それは、余の跡を継ぐ王太子として、望ましいことであるからな」


 マルークにとって意外だったのは、ボードソンが、そう言いながら、魔王が復活する前提で、彼に話してきたことだった。


「マルークよ。魔法使いが羨ましいな。余は英雄王などと呼ばれてきたが、今や老いさらばえて、何の役にも立ちはしない。君は、まだ戦えるのだな。しかも愛する娘を守って」


 自分の息子が死地に向かうことになるというのに、それでも建前を守って、それを止められない。

 王とはそこまでせねばならないものなのか、いや、そこまでして王位を守らねばならないのかと、マルークはかつての仲間に、薄ら寒いものを感じていた。


(いや、私も愛する娘を、同じ目に遭わせようとしている。彼と同罪だな)


 そう思いながらも、ボードソン王の言葉に、マルークは素直には頷けなかった。


「望んで、行くわけではないのですが。私は、カールバートに期待していたのです。私の代わりが務まるのではないかと」


 実際に、前世の記憶では、魔法使いカールバートが、パーティーにいて、クリスティと二枚看板として活躍するのだ。


「カールバート? 聞いたことがないな。余は優れた魔法使いは、それなりに把握しているつもりなのだが。そうして見ると魔法使いとしては、精々、十人並みではないのかね?」


 王は、不審そうな顔を見せた。

 確かに、今の彼では、邪神ティファヴァマブートと戦うなど、夢のまた夢だろう。


「西の賢者の下で、修行をしていれば、おそらくカールバートは、私を凌ぐ魔法使いになっていただろうと思うのですが」


 彼がそう言うと、ボードソンはうんざりしたと言った顔を見せた。

 だが、本当にそうなのだ。魔法学園での教育が、いや、魔法使いを抑え込もうという王国の政策が、彼を腐らせたのだろう。


「また、魔法学園批判かい? 君だってそこの教師だったではないか。しかも余に、かなりの無理を言ってな」


「陛下が、私を羨ましいなどとおっしゃるからです。私は、老骨に鞭打って、魔王の討伐になど出たくはないのですよ。後進の育っている剣士や騎士が本当に羨ましい」


 それはマルークの偽らざる気持ちだった。

 これまで、邪神を滅ぼすパーティーメンバーであるクリスティを守らなければという一心で、彼はやってきた。

 だが、まさか自分が、ティファヴァマブートと対峙することになるとは、思ってもみなかったのだ。


「魔法使いを冷遇する。余への批判かい」


「そう取っていただいても構いません。もちろん、魔王の討伐には協力させていただきますが」


 ボードソンも、さすがにもう自分を罰することはすまいと、マルークは考えていた。

 彼の息子も討伐に同行するのだ。そのパーティーを弱体化させることは、少なくとも今はしないだろう。

 そう考えると、彼は本当に久しぶりに、ボードソンと対等な立場に立つことが出来たように感じた。


「君は相変わらずだな」


 ボードソンもそう思っているのか。その声は、ずっと前に、パーティーを組んでいた時のように穏やかに響く。


「公式には今回のタルヤーン行きには、何の危険もない。だが、君はそう思っていないのだろう。もしそうなら、もう、君にも会えないかもしれないのだな。そう思うと、余にも色々と思うところがある。最後に余の思いを聞いてくれないか」


 そう言いながら、マルークの返事も待たず、ボードソンは語り始めた。


「余は、魔法使いを恐れる者、忌諱する者が民衆の中には多いと、以前君に言ったが、本当は、余がもっとも、魔法使いを恐れていたのかもしれないな」


 そう言った王は、マルークから視線を外し、天井を見上げた。


「魔法使いの恐ろしさなど、民衆はさして目にする機会もない。せいぜい、毎晩ギルドから派遣されて、街灯に光を入れる便利な人たちというくらいの認識しかないからな」


 そして、再びマルークを見た。


「だが、余はその恐ろしさを目の当たりにしたのだ。あの魔王レテスクラヴィルとの戦いでだ」


 ボードソン王は、マルークの姿に、その時の出来事を重ねて見ていた。


「余の聖剣も、数多の魔族を屠った赤髪の傭兵の魔法剣でさえ、奴には無力だった。そんな魔王と渡り合えたのは、君だけだった。そして、魔王は消え去った。私は、残った君に恐怖したよ」


「陛下、そんな」

 王妃がボードソンを嗜めるが、彼は構わず、続けた。


「いや。本当なのだ。余は君に恐怖心を抱いていたのだよ。偉大なる大魔法使いマルークにだ。君のような者に対して、私たち騎士など何の役に立つ? だから学園を作り、その牙を抜こうとしたのだ」


 マルークは言葉を失っていた。これまで彼は、ずっと王国から睨まれることを避け続けてきた。

 それによって、クリスティとの生活が脅かされるのではないかと恐れたからだ。


 だが、ボードソンは、彼の方が、マルークを恐れていたと言うのだ。


「アルアントへ戻った私は慌てたよ。魔王を滅ぼしたのは君だと、知られる前に動かなければとね。クニーグを失った君が、立ち直り、王国中の称賛を一身に集める前に、既成事実を作らねばと思ったのだ」


 マルークには、その頃、自分が何をしていたのか、まったく記憶がなかった。

 いつの間にか、王都へ戻り、腑抜けたように日々を送っていたらしい。それも、後に、ナタリアやルシーリアから聞いて知ったほどだった。


「これはその報いだな。自分は老いさらばえ、もう一度、君の偉大さを見せつけられるのだ」


 ボードソン王は、自嘲するような様子を見せた。

 だが、彼は再びマルークをしっかりと見て、言葉を継いだ。


「マルークよ。少し昔語りをしようではないか」


「承りましょう」


 以前なら、拒絶していたであろう話題に、彼は応じた。

 もう、あの時から十八年が経って、それでも辛い気持ちは変わらない気もしたが、ボードソンの相手をするくらいであれば耐えられるのではないかと思ったのだ。


「あの時のことを憶えているか?」


 ボードソンは、いきなりそう言ってきた。


「忘れようもありません」


 あの場に居合わせた者にとって、「あの時」が何を意味するのかなど、聞くまでもないことだった。


「君と彼女の間には、確かに強い信頼があった。それは余の目から見て、眩しいほどだったよ。だが、それにしても、彼女を喪った後の君の様子は、余には度が過ぎているのではないかと思えたよ」


「どういうことでしょう?」


 王の言葉に不穏なものを感じて、マルークはそう問い掛けた。


「悪いが余は、クニーグを疑っている。魔王に挑む日の朝、彼女は君に魔法を掛けていただろう。いつにもないことだ。余が気づいていないと思っていたのか?」


「王よ。何をおっしゃりたいのですか?」


 たしかに、あの戦いの前に、クニーグはマルークに魔法を掛けた。

 魔王は人の心に働きかける呪いを使うかもしれない。その対策だと言って。


「クニーグは、人の心を操る魔法を得意としていた。恐ろしい魔法だ。そして彼女は、人に恋心を抱かせることにさえ成功したとも聞いたのだ。君が、彼女を失った後、あれ程、自分を見失ったのは、その力によるのではないか?」


「クニーグを侮辱するのか。いや、それは私をも侮辱することになるんだぞ!」


 相手が国王であることを、マルークは一瞬、忘れた。

 だが、ボードソンは、それを咎めなかった。


「仮にクニーグが、私に魅了の魔法を使っていたとしたら、私はあの場で、命を絶っていたことだろう。彼女の魔法は、そんなに甘いものではない」


「そうだといいのだがな」


 ボードソンの言葉に、マルークの頭に、あの日の朝のことが、よみがえってきた。


 あの時、自分とクニーグの二人を光が包み、いつもの精神防御の魔法と違うなと思ったことを思い出したのだ。


「失礼しました。ですが、私はそのようなことはないと、信じています」


 何とか落ち着きを取り戻し、マルークはやっと、それだけを答えた。


「君とも、もう会えなくなるかも知れぬと思い、つまらぬことを言った。今さら、聞いても仕方ないことだと分かってはいたのだ。だが、余はずっと、心に引っかかっていたのでな。マルークよ、許せ」


 ボードソン王から謝罪の言葉があったが、マルークは、まだ心の整理がつかない気がしていた。




 王宮から戻り、宿舎で旅立ちの準備を整えるマルークたちのもとに、突然の来客があった。


「ナタリア様。散らかっていますが、とにかく、お入りください」


 扉を開き、訪れた客の姿に驚いたクリスティだったが、そう言って彼女を家の中へ招じ入れる。


 マルークたちは、暫し準備の手を休め、大聖女ナタリアと向き合った。


「マルーク。タルキトスをよろしくお願いします。彼の信仰は、若いころの私よりも篤いものです。ですが彼はまだ若い。あの時の私がそうであったように、それは、良いことでもありますが、一方で、無鉄砲な振る舞いを招く場合もあるのです」


 どうやら彼女は、教会から今回の魔王討伐に参加する神官のことを、もう一度しっかりと頼もうと、再びマルークたちを訪ねたようだった。


「ですが、思慮深いあなたとともに進むのならと、私は思っているのです。タルキトスには、あなたの言葉に耳を傾けるように伝えています。どうか彼を導いて差し上げて」


「いや、年寄りの私など、若い彼に引っ張ってもらう方かも知れないな」


 マルークの言葉に、ナタリアはゆっくりと首を振る。


「私にタルキトスを導けと言うのなら、あなたが、彼の代わりに行けばよいのだ。そうではないか」


「私も年をとりました。もうあの頃のようにはいかないのです」


 ナタリアは、寂しそうにふたりに向かって言った。


「それは私も同じだと思うのだがな」


 ナタリアはそれに、また首を横に振った。


「あなたの心は、まだ若々しい使命に燃えています。それに比べて私は……。私は最近、自分の信仰が揺らぐのを感じているのです」


 驚きに目を見張る二人に、大聖女と呼ばれた彼女は恥ずかしそうに続けた。


「どうしてこれ程までに、神は我々に試練を与えたもうのか。本当に人は、神の与えられた試練を乗り越えることが出来るのか。私はこのところ、神に仕える者として、持ってはならない疑問を感じざるを得ないのです」


「あなた以上に敬虔な人を、私は知らない。そのあなたが感じる疑問ならば、それを咎められる者などいないだろう」


 これまで、神の悪意ばかりを感じてきたと言って良いマルークの言葉に、何も知らないクリスティも頷くが、ナタリアはまた、ゆっくりと首を振るばかりだった。


「このような私よりも、若いタルキトスの方が良いのです。畏れを知らず、疑いを持つこともない純粋な魂こそが、試練を乗り越えられるのでしょうから」


 大聖女ナタリアが、このような弱気な姿を見せるのは、今やマルークの前だけなのかも知れなかった。


「分かったよ、ナタリア。他ならぬあなたの願いだ。タルキトスにできる限りのことはしよう。それに、神聖魔法なしで魔王と戦えるとは、思っていないからね」


 マルークがそう言うと、ナタリアは、弱々しく頭を下げ、教会へと帰って行った。




 その夜、寝室へ向かおうとするマルークに、クリスティが話し掛けてきた。


「お父様。少しだけ、お話ししませんか?」


「ああ、もちろん構わないよ。クリスティとなら、いつだって大歓迎だ」


 明日の朝には、住み慣れた王都を発つのだ。

 クリスティも不安なのだろうと思うと、少しでも、その気持ちを和らげてあげたかった。


「アルアントを離れるのが辛いかな?」


 そう問い掛けたマルークに、クリスティはだが、はっきりと首を横に振って否定した。


「いいえ、お父様、私は嬉しいのです。正直、お父様が魔法学園の先生になられたと聞いた時は、驚きましたし、今思うと少しだけ反感も覚えた気がします。同級生から、奇異の目で見られている気もしましたから、嫌だなと思わなかったと言えば、嘘になります」


 それは当時、ナタリアにも言われたことだったが、それでも彼は、間違いだったとは思っていない。

 そう思って黙っているマルークに、クリスティは話を続けた。


「でも、今はこうして、お父様と一緒に、皆の役に立つことができる。ですから、嬉しいのです。これも、お父様のおかげです」


 彼女の言葉に、マルークは胸を撫で下ろした。

 やはり自分の考えは間違っていなかったと、そして、それをクリスティが認めてくれたことが、彼の心を明るく照らしていた。


「ありがとう、クリスティ。そう言ってくれて、私も嬉しいよ。明日は早いから、早めにやすもう」


 そう返したマルークは、だが、心の中で、別のことを思っていた。


(私は、お前をこんなことのために育てたわけではない。だから、今すぐにでも、この過酷な運命から、お前を解放したい。本当はそう思っているんだ)


 それが彼の気持ちだった。

 クニーグを失った上に、クリスティまでが彼の腕をすり抜けてしまったら。


 考えるだけで、それは彼にとって恐ろしい悪夢だった。


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