第20話 魔王の復活
クリスティが魔法学園で、三年目の夏を迎え、長期休暇を間近に控えたある日、突然、マルークの許をナタリアが訪ねて来た。
「魔王レテスクラヴィルが復活します」
彼女は、確信を持った様子で、彼にそう告げた。
「神託があったと言うことか?」
彼の問いに、ナタリアは頷きを返した。
「おそらく今なら、まだ間に合います。魔王の城に赴き、復活したばかりの魔王を討つのです」
(ついにこの時が来てしまったか)
マルークの正直な思いは、そういったものだった。
十三年前にクリスティに出会って、前世の記憶を思い出してから、ずっとこの時が来ることは分かっていた。
もちろん、そうならなければいいという思いはあった。
それは彼の愛する娘を、危険な目に遭わせることになるのだから。
いや、その思いは日に日に強まったと言ってもいいだろう。
「教会からは、タルキトスという者を遣わします。信仰心の篤い、神聖魔法の使い手です」
ナタリアは珍しく、少し焦りを見せて、マルークに告げた。
「マルーク。あなたは以前、おっしゃっていましたね。クリスティと、そしてコドフィルに魔法を教えることは、決して私事ではないと。それはこの時のためだったのでしょう?」
確かに彼女の言うとおりだった。
だが、実際にその時が来て、彼は耐え難い思いがした。
自分が手塩に掛けて育てた愛する娘が、邪神などと戦うことになるのだ。まさに命を賭けて。
「クリスティさんには、私から伝えましょう」
茫然とするマルークに対し、大聖女は毅然とした態度を見せる。
「いや、ナタリア、済まない。彼女にも、コドフィル王子にも、私から言おう」
マルークは何とか気を取り直し、彼女にそう伝えた。
「ワレンティーも、彼の一番弟子であるエルシオスと言う者を、推薦してくれました。赤髪の傭兵より、ずっと役に立つそうです」
相変わらず調子の良いことを言うとは思ったが、彼はこと戦いについては、厳しい目を持っている。その彼が言うのなら、間違いはないという気がしていた。
(それに、その名にも私は聞き覚えがある……)
マルークの前世の記憶が、その人選が間違っていないと告げていた。
だが、彼の記憶とは、大きな齟齬が生じていることがあった。
カールバートのことだ。
本来なら、彼がクリスティと二枚看板として、邪神との戦いで活躍するはずなのだ。
だが、彼はマルークとクリスティが学園に来た翌年には卒業し、そのまま西の地方へと去って行った。
(どうする。彼の参加なしに、勝利は覚束ないが……)
だが、今の彼をパーティーに加えても、何の力にもならないことは明らかだ。
マルークは大きな焦燥感に駆られた。
「クリスティの他に、もう一人、魔法使いが必要だ」
彼がそう漏らすと、ナタリアは驚いた顔を見せた。
「マルーク。あなたは同行しないのですか?」
「私がか?」
今後は彼が驚く番だった。
「魔法学園にさえ、クリスティさんとともに行くことにしたあなたなのに、魔王の討伐には、彼女を一人で向かわせる気なのですか?」
彼を咎めるように聞こえるナタリアの言葉に、マルークは盲点を突かれた気がしていた。
(確かに、カールバートの使う魔法は、私の魔法に近い。だが、私がパーティーに加わるなど、それでいいのだろうか?)
それは完全に、彼の前世の記憶にはないことだった。
だが、カールバートがパーティーに加われないことが、そもそも、前世の記憶とは異なっているのだ。
魔法使いを一人欠いた状態で、邪神に挑むなど、無理を通り越していることのように彼には思えた。
「あなたが同行してくれるのなら、前回の討伐の経験を、若い彼らに伝えることもできるでしょう。もしお考えでなかったのなら、改めてお願いします」
「いや、前回の経験と言うのなら、オーリアフォートも手を貸してくれるはずだ。何も私が行かなくても」
マルークはそう言いながら、エルフの彼が、パーティーの皆に、前回の経験を伝えることなど考えづらいなと思っていた。
「オーリアフォートが、そのようなことをすると思いますか?」
案の定、ナタリアも、マルークを責めるようにさえ聞こえる声で、難色を示した。
「マルーク、世界の危機なのですよ。何を迷っているのです」
彼が魔法学園の教師になると言った時に、反対するようなことを言ったのは、他ならぬ彼女だったではないかと、マルークは思ったが、ナタリアの言うことはもっともだった。
「ナタリア、分かったよ。私の考えは少し違うが、もし、あなたが言うとおり、奴が復活するのであれば、それを黙って許す気はないからな」
それでは、自分のこれまでの苦しみは、すべて無駄だったことになる。マルークは言外にそんな意味を込めた。
「マルーク。あなたにはまた、辛い思いをさせてしまいますね」
大聖女ナタリアこそ、彼と魔王との因縁と、それによって受けた彼の心の傷の深さを知る、数少ない者の一人だった。
その日の夜、いつものようにマルークの宿舎に魔法の訓練に来たクリスティとコドフィルに、マルークはナタリアが受けた神託について告げた。
「魔王が、復活……」
コドフィルはそう言ったまま黙ってしまった。
「ああ、タルヤーン地方にある魔王の居城。そこで奴が復活すると、ナタリアがそう言った。実はそれは、ずっと前から分かっていたことだ」
自分には別の見解があるのだがとは、彼は伝えなかった。どちらにせよ、災厄が迫っていることに違いはないのだ。
マルークの言葉に、コドフィルが沈黙を破り、彼とクリスティ向かって、自分の考えを語りだした。
「タルヤーン地方の魔王の居城には、以前から行ってみたいと思っていたのです。先生と父上やその仲間たちが、魔王を倒した地ですから。いつかはその場に立って、この目で見てみるつもりでした。僕が役に立つかは分かりませんが、捨て置くことは、世界に危機を招きかねないのでしょう。すぐにタルヤーン地方へ向かいましょう」
「コドフィル様は、国王陛下の後継者です。そのような危険な任務に赴いてよろしいのですか?」
クリスティが驚いた様子で、コドフィルに尋ねる。
「大聖女の神託を知り、それを信じる者は少ないんだ。逆に言えば、父上はタルヤーン地方や魔王の居城に、何の危険も認識していない。公式にはかつての英雄の事跡を辿るということにすれば、問題なく訪れることができるはずだ」
クリスティを見てそう言った彼は、今度はマルークに視線を移す。
「それに、先生も僕たちとともに、行ってくださるのでしょう。十八年前に魔王を倒した先生がいらっしゃるのなら、今回もきっと大丈夫なはずです」
「ああ、もちろん私も、君たちと行動をともにするぞ」
マルークは答えながら、ナタリアに続いてコドフィルも、自分が同行することに、何の疑いも抱いていないことに驚きを感じていた。
だが、確かに彼の気持ちもそうだった。
前世の記憶に引きずられて、自分が対邪神戦に参加することは想定していなかったが、愛するクリスティだけを、そんな危険な場所へ送ることなど、彼に出来るはずもなかったのだ。
「お父様!」
逆にクリスティは驚きの声を上げたが、マルークは彼女に笑みを返した。
「ナタリアにも同じことを言われたよ。皆、私よりも私のことを分かっているようだ。クリスティだけを、そんな危険な目に遭わせる気はない。私は何があっても、君を守るつもりだからね」
クリスティは、彼の目に、強い意志の光を感じていた。
「お父様。未熟な私が言うことではないかも知れないけれど、決して無理はなさらないで。私も、お父様をお守りします」
「ああ、頼むよ、クリスティ」
コドフィル王子は、そんな会話を交わす二人を、眩しそうに眺めていたが、改めて口を結ぶと、厳しい表情を見せた。
「父上が、大聖女の神託を信じて、近衛騎士団でも動かしてくれれば、こんなことはせずに済むのですが……」
コドフィルはそう言って唇を噛み、悔しそうな顔を見せる。
「いや、騎士団などを動かしても、魔族どもの餌食になるだけだ。魔王と戦うことは、そんなに生易しいことではない」
広大な平原で会戦を挑むわけではない。少数精鋭で魔王の居城に侵入し、大将である奴の首を狙うしかないのだと、マルークはコドフィルを慰めるように言った。
それでも、少なくとも自分たちに王国の援助くらいは欲しかったとは思っていた。
十八年前は、当時のエリーナ王女を通して、様々な便宜を図ってもらうことができたのだ。
「それにしても、魔王の復活が長期休暇に当たっていて良かった。これだけは神の配剤でしょうか」
マルークの言葉に、落ち着きを取り戻したのか、コドフィル王子は、そんなことを言って、少し顔を緩めていた。
確かに彼の言うとおり、突然、魔法学園から三人の姿が消えたら、それは大きな問題になっていただろう。
それでも、そうせざるを得ない事態ではあるのだが、追手でも掛かれば、面倒なことになるのは容易に想像できる。
王子が共にいるからと考えるのは、ボードソンのこれまでの対応を鑑みるに、甘いようにマルークには思われた。
「一度、王に謁見してから出発するか……」
マルークの言葉に、王子が驚いた顔を見せる。
「妨害でもされたら、事だからな。コドフィル、お願いできるか?」
マルークの依頼に、コドフィル王子はそれでも頷きを返してくれた。




