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第2話 娘との出会い 

 一人の薄汚れたローブを着た男が、王都アルアントの繁華街を、千鳥足で歩いていた。


 その足どりは本当に覚束なく、彼は明らかにかなり酒に酔っているようだった。


 王都アルアントは、パルティウス王国最大の都市だ。

 その繁華街ともなれば、夜遅くまで人で賑わっている。


 この時間なら、まだ道は店から漏れる明かりや、魔術師ギルドが点ける街灯の光で照らされているのが常だった。


 だが、男のいたそこは、繁華街の中でも、かなり場末の地区で、辺りには怪しげだったり、いかがわしい雰囲気の店舗も多い。


 そんな中でも、道を行く人々の多くは、ある者は避け、ある者は遠巻きにして、泥酔者であろう彼に関わらないようにしていた。


「あれから、もう五年か……。お前ら、好い気なものだな!」


 男は、大きな声で、周りの者に毒づいた。だが、それは彼の側にいる特定の誰かに向けた言葉ではないようだった。


 彼は、鬱屈した想いを抱え、酒の力を借りて、それを吐き出しているのだった。


 誰も反応する者もいないことに、さらに気を悪くしたのか、男は唾を吐くと、ふらふらと暗い横道へと入って行く。


 別にその先に、彼の目当ての店がある訳でもなく、ただ酒に呑まれて、自分が何処にいるのかさえ、しっかりとは分からなくなっていた彼の足が、偶然、そちらへ向いたに過ぎなかった。だが、後から考えてみると、それは必然だったのかもしれない。


「おい! 英雄の俺様が来てやったのに、店を閉めているのか? ふざけるな!」


 どこか自分の馴染みの店と間違えているのか、男はそう言って、その横道にあった店の扉を激しく叩きだした。


 彼は、自分で言ったとおり、この国の英雄のひとりだった。もはや、「かつての」と言った方が、この国に住む人々の感覚に近かったかもしれないが。


 ドンドンと大きな音を立て、扉を叩く男の前で、鋼鉄製だろうか、重厚そうなその扉が中へと開かれ、彼はバランスを崩して、倒れるように、店の中へと入り込んで行った。


「うおっ!」


 転がるように店に飛び込んだ彼は、脚がもつれ、そのまま倒れそうになった。


 そこを何とか堪えたのだが、そのまま倒れ込んだ方が被害が少なかったのかも知れなかった。


 彼は店のカウンターに掴まって何とか体勢を立て直したように見えたのだが、また。そこで手を滑らせてしまった。


 もはや彼を支える物は何も無く、彼は一度はたたらを踏んで持ち堪えようとしたものの、そのまま店の奥へと倒れ込んで、何かに強かに頭を打ちつけた。


「ちっ、痛えな……」


 酒に酔っていてさえ、目の前に火花が散るような衝撃だった。

 そうして倒れ込んだ先で、彼は痛みに耐えながら、そこにあった棒状の物に掴まって立ちあがろうとした。


 それは金属の棒、いや柵だった。

 その柵の、いや檻の中に閉じ込められた者の、驚きに見開かれた水色の瞳と男の目が合った。


 その瞬間、深い海のような水色の瞳が光を発して、彼を射抜き、その心に稲妻のような衝撃を与えた。少なくとも彼はそう感じたのだった。


 そして、彼は全てを思い出した。


 何故、忘れていたのだろう。

 その後、しばらく経って考えてみれば、不思議な気もした。


 だが、彼の記憶からはこれまで、すっぽりとそのことが抜け落ちていた。

 それが、両開きの扉が大きく開かれたように、それを見渡せるようになったのだった。


 彼は元々、この世界の者ではなかった。いや、今ここにいる彼は、この世界の人間だ。

 だが、彼には前世があったことを、その記憶を鮮明に思い出したのだ。


「お……、おお……」

 膨大な記憶が、一気に流れ込むように、頭を抱える彼を襲っていた。

 そして、その記憶は、ひとつの事実を示していた。


 自分が、この世界で魔王を斃した五人の英雄のひとりであるマルークが、前世の別の世界で彼がプレイしたゲームで、見知った名前であったことを。


「あの、お客様。大丈夫ですか?」


 店主なのだろう。太った中年の男性が彼に声を掛けてきた。

 その声には、迷惑そうな響きが含まれていたが。


「ああ、大丈夫だ。それより、ここは?」


 マルークの問い掛けに、店主は今度こそ迷惑そうに、


「ここが、何の店かも知らずに、お入りになったんですか。今夜はこの後、とある筋のお方がいらっしゃる予定なんで、冷やかしなら、お帰り願えませんかね」


「いや、待ってくれ。彼女はいったい」


 彼に衝撃を与えた水色の瞳。それは目の前にいる少女のものだった。


「お前、名前は何と言うのだ?」


 マルークの言葉に、少女は一瞬、たじろいだように見えたが、おずおずとといった様子で、


「クリスティ……です」


 それだけを答えた。

 だが、マルークにとっては、記憶を取り戻した彼にとってはそれだけで十分だった。


 邪神を滅ぼすパーティーの魔法使い、クリスティ。

 そして、その父親であり師である、魔王と闘った魔法使いマルーク。


「ま……、まさか、そんな」


 彼が新たに得た知識、いや記憶が、そのことをはっきりと示していた。ゲームのクリスティは二十歳前に見える美しい女性だった。


 目の前の薄汚れた少女とは似ても似つかない。

 だが、あまりに印象的な水色の瞳が放つ輝きが、何故か彼にそれを確信させたのだった。


 彼は一気に酔いが覚めた気がしていた。もう、それどころではなかったのだ。

 彼女の他にも、鎖に繋がれたり、檻に入れられた幾人かの人間の姿が確認でき、この店がどんな店なのか彼には想像がついたからだ。


「冷やかしではないぞ。彼女を引き取りたいんだが、どうすればいい?」


 彼の言葉に、店主は片頬に皮肉な笑みを浮かべ、


「お客様。ここがどんな店か分かっておいでではないのですか? ご説明するまでもないことですが」


 奴隷商人の店。噂では聞いたことがあったが、入るのは初めてだった。


「まだ役に立たぬ子どもとはいえ、目鼻立ちは整っていますし、上手く上玉に育てば、金の卵を産むようになるかもしれませんからな。三百ルシュでどうです」


 奴隷商は、半信半疑といった様子で、それでも、指を三本立てて、彼に突きつけてきた。


 だが、今の彼は、もう一文無しに近かった。国王からの褒賞も、この五年の間に、すべて蕩尽してしまっていた。

 今の彼に残されていたのは……、


「このワンドと交換ならどうだ。これなら、お釣りが来るはずだ」


 彼の取り出したのは、一本の魔法の杖だった。

 それは、彼にとってはかけがえのない、幼馴染の形見だったが、膨大な記憶の流入に、我を失っていた彼は、思わずそれを取り出していた。

 どの道、彼には他に選択肢は無かったのだが。


「申し訳ないですが、どんな代物か、分かりかねますね。こういった稼業ですから、現金払いをお願いしているのですよ」


 店主は足許を見るように、マルークの提案に難色を示した。


「どうせ、側には盗品だろうと買い取る店だってあるのだろう。つべこべ言わずに彼女を寄越せ! 私が誰だか知って言っているのか!」


 マルークは店主を脅しながら、クリスティには、こんな姿を見せたくなかったと思っていた。彼女はこれから、自分の大切な娘になるのだから。



 マルークは、その晩は取り敢えず、少女の手を引き、自分の住む家へと連れて帰った。


 店主は渋々といった様子で、マルークからワンドを受け取ると、クリスティを引き渡した。


 彼女は戸惑っていたが、他に行くあてもない。

 マルークに手を引かれるがままに、ついていくしかなかったのだ。


 マルークは、これまではまったく気にならなかったのだが、古く今にも崩れそうな石造りの建物に、クリスティを入らせるのが辛いと感じていた。


 彼女はすべてを諦めているように、彼に引かれるがままに、陋巷にある荒れ果てた建物に足を踏み入れていく。

 だが、その姿を見下ろしながら、マルークは決意を新たにしていた。


「お腹は空いているか?」

 マルークの問い掛けに、彼女は少しだけ躊躇していたようだが、頷きを返した。


 だが、彼の棲家には、食べ物はほとんどなかった。酒は大量にあったが、まさか彼女に飲ませるわけにもいかない。


 彼は、ガタつくテーブルの上に、皿とコップを用意して、おもむろに呪文を唱えた。


「キルーフェ ポーヴァ トゥツトゥーラ ニューア」


 魔法が発動し、テーブルに置かれた皿とコップが浮き上がり、温かい色をした光を放つ。


「魔力の根元たる万能のマナよ。我にその日の糧を与えよ!」


 呪文の詠唱が終わり、その光が収まると、皿にはパンが乗り、コップにはミルクが入っていた。


(もう少し、この手の魔法も上達しておくべきだったな)


 マルークは残念に思ったが、今さらどうしようもないことだ。今は、それでも彼女に食べ物を用意する魔法が使えたことに感謝すべきだろう。


 テーブルの上のパンとミルクを見たクリスティは、彼の顔を見てきた。


 彼女の美しい水色の瞳を見詰めて、マルークが頷き、椅子をすすめると、彼女はおずおずとそこに座り、最初に少しミルクを飲むと、パンを食べ始めてくれた。


 彼は、そんな彼女に目を凝らし、彼女の魔法の才能を探ってみた。そして、驚きとともに確信したのだった。


(やはり、彼女は大魔法使いマルークの愛娘、クリスティだ。だが、いったいこれは……)

 疑問は次々に湧いてきたが、今夜はもう遅いのだ。

 マルークはお腹が膨れ、眠そうな顔をしているクリスティをベッドでやすませ、自分は壊れかけのソファで横になったのだった。




「クリスティ。今日から、私のことを父親だと思って、安心して暮らしてほしい。すぐには難しいのは分かっているから、少しずつ慣れてくれればいいし、無理をしなくてもいいがね」

 次の日の朝、目を覚ました少女に、マルークはそう言って笑顔を見せた。


 昨夜のことは夢だったのではないか、いや、目を覚ましたら、クリスティがこんな場所に愛想を尽かして、いなくなっているのではないかと不安だったが、そんなことにはならなかった。


「酷い家で、驚かせてしまったかな? 済まない。でも、こんな場所とは、早めにおさらばするからな。少しだけ我慢してくれ」


 彼の言葉に、クリスティは、こくりと頷いてくれた。


 そんな彼女を見て、マルークは自分が生まれ変わったのだと意識していた。記憶を取り戻し、そして自分の使命に目覚めたのだと。


 魔王を滅ぼした大魔導士マルークの愛娘にして最高の愛弟子クリスティ。

 彼の前世の記憶では、クリスティはマルークの実の娘だと思っていた。

 だが、事実は違うようだった。


「そして、クリスティ。君はこれから、私に就いて魔法を学ぶんだ。恐れることはない。君には魔法の才能がある。恐ろしいほどの才能がね」


 彼女の水色の瞳が、驚いたように彼を見ていた。

 マルークはその瞳をしっかりと見て頷いた。だが、俄には信じられないのだろう。クリスティの表情が変わることはなかった。



 改めて見てみると、彼の住まいは酷いものだった。

 掃除はされず、隅には埃が溜まり、家具もガタガタでまともな物など一つもない有り様だ。


 唯一の救いは、これまであらゆる物を売り払ってきたので、物が少なく、散らかっていないことくらいだろう。


 昨夜の残りのパンで、軽い朝食を終えたマルークは、クリスティの手を引き、魔術師ギルドを訪ねた。



 五年前なら、彼の来訪を歓迎してくれたであろうギルドでは、だが、職員たちから、驚きと嫌悪のこもった視線を浴びた。


(クリスティの、娘のためだ……)

 昨夜までの彼なら、すぐに噛みついていたであろうそんな視線に耐え、彼はギルドの窓口に並んだ。


 ようやく彼の順番が来ると、彼は、自分のことを気味が悪そうに見る係の者に向かって言った。


「魔法の家庭教師の口を紹介してほしい。出来れば住み込みがありがたいのだが」


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お読みいただけたら、嬉しいです。
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