第19話 公爵令嬢ロティルダ
「あなた。どうして、コドフィル様と馴れ馴れしく話しなどされているの?」
授業が終わり、寮に引き上げようとしていたクリスティに、そう詰問するような声を掛けてきたのは、豪華な衣装を身に着けた、貴族階級出身の女子学生だった。
彼女は確か、テオドーラという名前だったとクリスティは思い出した。
自己紹介で、キャベンリート子爵家の出身だと言っていたはずだ。
わざわざ家名など持ち出さない者が多い中で、周りの者を見下す、傲慢な態度が見え隠れしていた気がする。
「テオドーラ様。私、王子様とはかなり前ですが、少しだけ一緒に過ごさせていただいたことがあるので……」
クリスティは、遠慮がちにそう答えたのだが、その答えに、テオドーラの、髪の色と同じ蜂蜜色の眉の先が跳ね上がった。
「あなたに、ファーストネームで呼ばれる謂れなどありませんわ。本当に馴れ馴れしい方ね。もう少し、身の程を弁えられてはいかがかしら」
魔法学園には、数は少ないが貴族階級出身の学生もいる。
いや、貧しい家庭では、魔法の才能があることに気づかなかったり、田舎では魔法使いに対する偏見も根強いものがあるため、隠される場合もあり、貴族の割合は、思いの外高いと言えるだろう。
何しろ、毎年、五十人程度の同級生の中で、貴族階級出身者が一割以上を占めるのだから。
「それに、平民のあなたが、コドフィル様と一緒に過ごしたとおっしゃるなんて、どういう了見なのかしら。たまたま、お側近くに控えていただけではなくて?」
クリスティは、彼女の話の途中まで、「申し訳ありません」と言ってこの場を立ち去ろうと思っていたのだが、彼女の言い種に、思い出を汚された気がして、思わず言い返してしまった。
「父がコドフィル様の家庭教師をしていましたので、一緒に学ばせていただいたのです」
さすがに、「魔法の」家庭教師であったことは伏せた。
今回だって、クリスティは別に、自分から王子に近づいたわけでもない。突然、彼が、マルークの宿舎を訪れたのだ。
「言うに事欠いて、一緒に学んだだなんて、私のように高貴な家柄の者ならともかく。あなたいったい、何様のつもりなの!」
「高貴なお生まれなら、そのような大声は慎まれてはどうかしら? あなたもそうお思いになりませんこと?」
その時、クリスティの後ろから、ゆったりとした落ち着いた女性の声が掛けられた。
「ロ、ロティルダ様……」
テオドーラの顔色が一瞬で変わった。
比較的貴族階級の者が多い学園でも、今年の新入生には、特別な方がお二人いらっしゃると、話題になっていた。
一人は勿論、王位継承順位第一位のコドフィル王子。
彼は幼い頃こそ、身体が弱く、王位を継ぐことは難しいのではなどと噂されていたが、今やすっかり健康を取り戻し、誰もが、その王位継承を疑っていないくらいになっていた。
つまり、将来の王様が、新入生にはいるわけだ。
そして、もう一人が、キリアス公爵令嬢ロティルダ。
キリアス公爵家は、王家にも連なる名門中の名門だ。
そのご令嬢ともなれば、普通ならそのお姿を垣間見ることさえ難しい深窓の方なのだが、この学園ではあくまで、魔法使い見習いだ。
彼女もクリスティたちと同じように寮で暮らし、教室で授業を受けていた。
勿論、召使いやお付きの者が何人かいるようではあったが。
「そちらは、マルーク先生のお嬢様ね。クリスティさんだったかしら?」
ロティルダ嬢は華やかな笑顔を浮かべ、クリスティに近寄った。
「マルーク先生の娘って、たかが教師の娘ってだけではありませんか? ロティルダ様が、気に掛けられるような者では」
一方のテオドーラは、引きつった顔で、そんな強がりを言うのがやっとのようだ。
「マルーク先生は、王陛下とともに、魔王を倒された英雄ですよ。ご存じないのかしら? その大切なお嬢様に大きな声を出されるなんて。王宮にも、報告が行くのではないかしら?」
「そ、そんな……」
ロティルダの言葉に、さらにテオドーラの顔色が変わる。
「それに、あなたが馴れ馴れしいとおっしゃるくらい、コドフィル殿下とも親しい方なら、私ならもう少し、言葉遣いに気をつけますけれど」
そう言って、クリスティに笑みを向けるロティルダに、テオドーラは自分の不利を悟ったようだった。
彼女は、「失礼いたします」との言葉を残し、這う這うの体といった様子で、その場を立ち去るのがやっとだった。
「キリアス様。ありがとうございます」
「ロティルダと呼んでいただけたら嬉しいわ。ここでは同じように学ぶ学生ですもの」
テオドーラが去っても、ロティルダは、変わらずにクリスティに柔らかい笑顔を見せていた。
「お父様も、学生時代の友人は何物にも代え難いとおっしゃっていましたし、それに、失礼ですけれど、クリスティさんからは、私と同じものを感じますの」
「そんな、ロティルダ様と同じなんて、畏れ多いです」
クリスティは縮こまる思いで、何度も首を振って否定したが、ロティルダは、相変わらず優しい笑顔で、もう一度言った。
「クリスティさんは、きっと私と同じ、精神に作用する魔法に適性がおありなのではなくて? 私、何となく分かりますの」
ロティルダの言葉に、クリスティは驚いた。
それはまだ、小さな子どもの頃、魔女ルシーリアに言われたことと同じだったからだ。
「私、幼い頃から、人の心を読むことが出来て。そんな意識はなかったのですけれど、『ルフェ』という妖精が現れて、それが魔法の力に依るものと分かったのです」
どうやら彼女は妖精の祝福を受けているようだ。
何の訓練を受けてもいない彼女の下に、「ルフェ」が姿を現したということは、彼女の才能が並々ならないものであることを示しているのだろう。
「私は、そんなことを言われたこともありますけれど、精神に作用する魔法は、使うことができないのです。ロティルダ様が羨ましいです」
少し寂しそうに言ったクリスティに、ロティルダは答えた。
「良いことばかりではありませんわ。いえ、苦しいことの方が多いのです」
少し顔を曇らせて、彼女は話しを続けた。
「近くに激しい感情を抱く人がいると、私の心にもさざ波が立つのです。特に先ほどの方のように、嫉妬や憎悪のような、酷い感情は、辛いですわ」
だから、その力をもっと上手くコントロールする術を学びたいのだと彼女は言った。
「ですから、魔法学園には期待していたのですが、少し私が思っていたものとは違っているようですわ」
ロティルダは、残念そうな顔を見せた後、クリスティに向き直った。
「先ほどの方とは違いますけれど、クリスティさん、私もあなたに興味がありますわ」
突然、そんなことを言い出した。
「私など、少し魔力のある、ただの町娘ですし」
「いいえ。あなたは、ただの町娘などではありませんわ。私、あなたの心の内は、まったく分かりませんもの。こんなこと、そうそうありませんわ」
そんなことに気づいてもいなかったクリスティは、大いに驚いたが、ロティルダの顔は真剣で、彼女をからかっているようには見えなかった。
「おふたりは、何を話されているのかな?」
ロティルダと話すクリスティに、コドフィル王子が近寄り、声を掛けてきた。
「何でもありませんわ。コドフィル様の噂話ではありませんから、ご安心ください」
ロティルダが、優雅にも見える様子で返すと、王子は苦笑するしかないようだった。
だが、クリスティは、周りにいる者たちの視線が、一斉に自分たちに注がれるのを感じていた。
何しろコドフィル王子は目立つ。
さらさらと流れる金髪は、キラキラと明るく輝き、大きな青い目と、整った鼻筋に、少し薄い感じの唇も上品な感じだ。
シャープな顎に、すっきりと長い首は、見方によっては、まるで可憐な少女の様な容貌なのだが、背は高く、鍛えられた肉体には、見た目よりもずっと力がありそうだった。
「それは残念だ。おふたりになら、たとえ噂話でも話題にしていただけたら、光栄なのですが」
「私は婿をとって、キリアスの家を継がなければなりませんし、王家の方には興味がありませんの。まさか、王位継承者を婿に迎えるわけにはいかないでしょう?」
魔王レテスクラヴィルが現れたりしなかったら、王女を娶り、王位についていたのは、今のキリアス公爵家当主のノリアンだったのではないかと言われている。
今、王位に就いているボードソンなど、本来なら、歯牙にもかけない伝統のある家柄なのだ。
そのノリアンのひとり娘がロティルダなのだから、彼女の言葉は本当のことだった。
「ロティルダ嬢は、相変わらず手厳しいね」
「いいえ。私、事実を申し上げているだけですわ。それを手厳しいと言われましても……。それとも、甘い声で、耳当たりの良い言葉をお掛けした方が、殿下のお気に召すのかしら?」
王子と公爵令嬢の会話に、クリスティは、とても加われないと思って黙っていた。
ところが、突然、ロティルダは彼女の方を振り向いてきた。
「殿下が、しっかりと見守られていないから、クリスティさんが、大きな声を浴びせられていましたわ。私が、代わりにナイトの役を担ったのですから、お礼の一言くらい、いただきたいものですわ」
そう言って、相変わらず華やかな笑顔をクリスティに向ける。
「それは、済まなかったね。ありがとう、ロティルダ」
社交辞令なのかもしれないが、コドフィル王子がそうお礼を言ったので、クリスティはびっくりしてしまった。
「クリスティさん。お父上のマルーク先生からもとても愛されて、王子からも好意を寄せられるなんて。失礼ですけれど、二つの顔をお持ちなのかしら?」
「そんなことは……」
お父様のことはともかく、コドフィル王子が否定しないのに、クリスティは困惑を隠せない気がした。
彼のような高貴な方は、直接的に否定して、人を傷つけるようなことをされないのだろうとは思ったが。
「別に、それをどうこう言うわけではありませんの。私だって、お父様とお話しする時と、学園のお友達とお話しする時では、まったく同じわけではありませんもの」
クリスティはどう答えていいものか分からず、曖昧な笑みを浮かべて、ロティルダを見た。
「いいえ、そうではないですわね。あなたは本当に不思議な方だわ。もう少し魔法が上達したら、何か分かるのかもしれませんけれど」
ロティルダはそう言って、少し残念そうだった。
クリスティは、彼女に自分の心の中が見通されなくて良かったと、安堵する思いだった。
(そんなこと、自分でもよく分からないもの)
少なくとも、コドフィル王子については、そんな気持ちだった。
(お父様については、そうね。ロティルダ様の言うとおりね)
お父様は自分を愛してくれている。クリスティは、そのことは疑いなく信じることができた。
それが彼女に、いつも安心と、温かい気持ちをもたらしてくれるのだから。
「私、そろそろ失礼しますわ。殿下は、クリスティさんをきちんと寮までエスコートして差し上げてくださいませ」
ロティルダは、そう言って踵を返し、颯爽と立ち去った。
「では、寮に戻ろうか。クリスティ、送って行くよ。今夜も先生の宿舎でね」
笑顔を見せるコドフィルと、クリスティもゆっくりと寮へと向かったのだった。




