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第17話 魔法学園の教師

「まずは、魔法学園の教師として任用するという特許状を渡しておこう。マルークよ。受け取るがいい」


 シュームの町から、魔物がいなくなったことが確認されたのだろう。以前、訪れたことのある王宮の一室で、マルークと対し、ボードソン王は言った。


「また、エリーナに泣きつかれても困るのでな。余は、約束は守るよ」


「ありがとうございます」


 マルークのお礼の言葉にも、王の冷たい視線は変わらない。


「任用は来年の四月から。それでよいのであろう」


 どうやら、クリスティの入学についても調査済みのようだ。

 マルークは改めて、自分が王宮からマークされていることを認識した。


 考えてみればクニーグのワンドの時もそうだった。あんなに都合よく、闇市に流れたあの品を、王宮が買い求めるなど、そうそうあることとも思えない。


「そうそう。せっかく来てもらったのだから、紹介しておこう。魔法学園の学園長をしているルグソテルだ」


「ルグソテルです。高名なマルークさんを我が学園にお迎えできることになって光栄です」


 マルークは、以前、彼からコドフィル王子の家庭教師の職を奪った学園長は、別の名だったはずだがと思った。もうそれから、かれこれ十年近い年月が流れている。おそらくは、交代したのだろう。


 だが、相変わらず同業者であるマルークが、聞いたことも、これまで会った記憶もない者であることは同じだった。


「我が学園は、何と言っても王立ですから、秩序を乱す行為は困ります。学園の立てたカリキュラムに則って、整然と学生たちに魔法を学ばせてこそ、将来、王国にとって有為な人材を育てることができるのです」


 ルグソテル学園長は、真面目な顔で、マルークにそう説きだした。


「王から直接、任用されたからと言って、特別扱いはしないようにとのお言葉もいただいています。学園ではすべて、私の指示に従っていただきます。よろしいですな」


 案の定、自分の地位が上だと告げる学園長に、マルークは先が思いやられる気がしたが、どうせ三年の辛抱だと考えた。

 三年間。それはクリスティが魔法学園を卒業するまでの期間であると同時に、次の災厄が世界を襲うまでに残された時間でもあるのだった。


「承知しました。よろしくお願いいたします」


 マルークの神妙な様子に、ルグソテル学園長は満足した様子だったが、ボードソン王は厳しい顔を崩さなかった。

 マルークは、自分でも忍耐強くなったものだと、感心する思いだった。繁華街を徘徊していた頃の自分だったら、確実に暴発していただろうとも。



 マルークを残し、ルグソテルを退がらせると、ボードソンは、改めて彼に向き直った。


「マルークよ。今日は腹を割って話そうではないか。君もそれを望んでいるのであろう」


 ボードソンが命じると、彼とマルークのために、執事がお茶を淹れた。


「余は正直言って、君の心をはかりかねているのだよ。一体何が、君をそこまで突き動かしているのかとね」


 お茶に口を付けながら、ボードソンはゆっくりとした口調でそう言った。


「ナタリアが受けた神託のことをお聞きかと思いますが。それが答えです」


「君たちは余の仲間だったのに、どうして余の治世の邪魔ばかりするのか。理解に苦しむな。余の治世のどこが不満なのだ?」


 自分だけでなく、ナタリアまでそう思われているのかと思うと、マルークは暗澹たる気がした。


「陛下の治世に、不満などありません。この平和な生活が、将来も過ごせるようにと思うからです」


 マルークは、そう言いながら、ナタリアは掛け値なしにそうだろうが、自分は違うかもしれないなと思った。

 クニーグの尊い犠牲の上に築かれた平和を大切に思う気持ちだけではなく、彼女の献身の上に胡座をかき、甘い汁を吸う者たちが許せないという気持ちも紛れもなくあったからだ。


 そして、自分こそがその最たる者だという想いも。


「起きるかも分からぬ厄災とやらに、労力を割く余裕はないのだ。それでなくても、王国には課題が山積しているからな。余計な不安を煽られては迷惑なのだ」


 そんなマルークの気持ちに気づくはずもなく、ボードソン王は、そう言って、マルークを睨むように見た。


「これから、魔法学園の教師になるのなら、そういった行いは厳に慎んでもらいたい。学園で学ぶ学生たちが不安に駆られ、暴動でも起こそうものなら、君には責任をとってもらわねばならなくなる。それは、君を任用した、余にも跳ね返ってくるのだ」


 クリスティたちは、手足を縛られて、魔王と戦うことになるのかと思うと、マルークは、神、いや悪魔が自分の屈折した思いに感応しているのではないかと錯覚してしまう気がした。




 入学式を終え、クリスティは、無事に王立魔法学園の一年生になった。


「この学園では、みなさんが将来、一人余さず、王国に貢献できる立派な魔法使いとなれるように、指導します。基礎からきちんと教えますから、焦らず、皆で手を携えて進んで行きましょう」


 ルグソテル学園長は、長い歓迎の挨拶の最後を、そう締め括った。

 五十人ほどの同級生たちは、みな大人しく、静かに話を聞いていたが、延々と続く式典に、飽きてきた者もいたようだ。


 クリスティ自身、これまで、あまりこういった長時間の我慢を強いられる機会はなかったように思う。

 だが、トラブルに巻き込まれるようなことは、極力避けるべきだった。


「続いて、新任の先生方を紹介します」


 なぜなら、そう言って紹介された中には、彼女の父親もいたからだ。


「魔法薬の調製の講義を担当される、マルーク先生です」


 壇上で紹介を受けた父親は、立派に見えたが、少し緊張しているようだ。

 父親が教師として、学園に居る学生って、他にいるのかなと、少し考えてしまうが、同級生の数もさほど多くはないし、おそらく自分だけだろうと思えた。


 魔法の才能のある者は、かなり少ないし、親子で魔法使いなんて、ちょっと考えづらいのだ。




 学園では、まずは寮での生活の決まりや、魔法使いとして、魔法を使えない人たちに、恐れを抱かせないよう、謙虚に振る舞うことなどといったことから始まる、心構えなどを学ぶことが中心で、なかなか実用的な魔法の授業は始まらない。


(今日の午前中も、また、魔法倫理が中心の同じような授業だったわね)


 そう思いながら、学生用の食堂で昼食をとっていたクリスティに、同級生のニーニャが声を掛けてきた。


「お隣、いいかしら?」


「どうぞ」


 隣の席で並んで昼食をとり、出身地や寮の部屋のことなど、他愛もない話をしながら、ニーニャは興味深々といった様子で、クリスティに聞いてきた。


「マルーク先生が、クリスティのお父様って、本当なの?」


「ええ、そうよ」


 隠しても、どうせ分かることだし、嘘を言う訳にもいかないので、クリスティは、正直に答えることにしていた。


「クリスティには、苦労を掛けるかも知れないが、それで離れていく者は、所詮はその程度の者なのだ。私のことなど関係なく、良い友だちと出会えるといいね」


 父もそう言っていた。父親が教師であることで、別に彼女に特別な恩恵があるわけでもないし、ある意味、開き直るしかないと思ったのだ。


「先生って、王様と一緒に魔王を倒した英雄なんでしょ? すごいわね」


「そう言われているけれど、私はよく分からないの。魔法使いではあるけれど、他の面では普通だし」


 ニーニャは「そうなんだ」と少し残念そうだったが、悪意はなさそうだったので、クリスティはホッとしていた。


 制服を着た彼女を見ていると、今朝、鏡で見た自分の姿を思い出す。


 王都でも憧れの的になっていシックな制服は気に入っていたが、授業は退屈だなと思った。


「魔法学園に入ったら、どんどん魔法が使えるようになると思っていたのに、なかなか教えてもらえないものなのね」


 ニーニャもそう言って、少し不満そうだ。


「これまで、自分で色々と考えてやってきたけれど、ライトの魔法? あれだって、結構難しいのよね。良い先生が教えてくれたら、もう少し上手に出来るようになると思って、期待していたんだけどな」


 クリスティは彼女の言葉にびっくりした。

 ライトの魔法なんて、初歩の初歩だし、マルークから教わって、クリスティはもう十年も前の小さな子どもの頃に使えるようになったのだ。


 だが、魔法を私的に教わることは、禁止されているのだから、本当はクリスティの方がおかしいのだ。


「クリスティ、私から魔法を教わってきたことは、当分は秘密だよ」


 父からもそう念を押されている。

 

 それにしてもと、クリスティは思うのだ。

 魔法の才能があるかどうかは、ある程度の年齢になれば分かることなのに、その訓練を始められるのが、十五歳からって、いくら何でも遅すぎるのではないかと。


 妖精の「ルフェ」だって、十五歳の人の元へは来てくれないかもしれない。

 冷静な同級生たちの顔を思い浮かべると、クリスティにはそんな気がした。




 夕食を済ませたクリスティは、教員用の宿舎にマルークを訪ねた。


「クリスティ、よく来たね。さあ、入って」


 マルークは素早く彼女を招き入れると、すぐに扉を閉める。

 これから、彼女はこれまでやってきたとおり、マルークと魔法の練習をするのだった。


「今日は、相手の魔法を解呪する練習だ。私が防御の魔法を唱えるから、それを打ち破ってみるんだ」


 そう言って、マルークは呪文を唱え出す。


「ウネノーファ トゥカーラ ウェーコ フォカボーヴ」


 この時間、学生たちは自分の部屋で大人しく、今日の振り返りや明日の予習をすることが求められていた。


 だが、大した内容の講義もなく、新入生たちはみな、暇を持て余しているのが実情だ。


「魔力の根源たる万能のマナよ。我を護る、力の盾となれ!」


 マルークの呪文が完成し、彼の周りに、薄緑色に淡く輝く防御陣が築かれた。


 クリスティは魔法の練習は嫌いではない。だから、またこうして教えてもらえるのは、ありがたいと思っていた。

 それに、お互いに慣れない学園で分からないことをこっそりと聞きあったりできることも、心強かった。


 マルークが頷いてクリスティに魔法を唱えるよう促し、彼女が、解呪の呪文を唱えようとした瞬間、玄関のドアがノックされた。


 コンコン、コンコン。


 しばらく静かに待ったが、マルークの詠唱の声が外に漏れたのだろうか。扉の外に居る者は、立ち去る様子を見せなかった。

 彼が家にいることを確信しているのだろう。さらにドアが、何度かノックされる。


「クリスティ。ここで待っているんだ」


 彼女にそう言って、マルークは玄関に向かった。面倒なことにならなければ良いがと思いながら。


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