第13話 コドフィル王子
「父上、お呼びですか?」
突然、王と王妃のいる部屋へ入って来た男の子は、ボードソンに向かって尋ねた。
(どうやら、庭で会った彼が、王子だったようだな)
マルークは、先ほどから、そんな気がしてはいた。
男の子の着ていた服は、王宮に仕える召使いの子どもなどとは思えぬ、上質なもののように見えたし、クリスティが思わず笑ってしまった言葉遣いも、王子だったと考えれば不自然ではない。
何より、ボードソン王から中庭に行ったと聞いた時から、おそらくはそうだろうと思ったのだ。
「コドフィル殿下。先ほどは失礼しました。魔法使いのマルークと申します。こちらは娘のクリスティです」
「クリスティです。失礼しました」
マルークの真似をしたのかもしれないが、クリスティもそう言って、また、ペコリと頭を下げた。
「魔法使い?」
コドフィル王子は、そう言ってマルークをまじまじと見ている。
大きな両の眼を見開き、瞳を輝かせる彼は、子どもらしく、とても好奇心が旺盛なようだ。
「すでに、会っていたのか?」
「はい、先ほど中庭で。ほんの少しだけですが」
ボードソンの問い掛けにマルークが答えた。
「コドフィル。こちらはこれから、お前に魔法を教えてくださるマルークさんだ。ご挨拶を」
「コドフィルです。マルークさん、よろしくお願いします」
金色の髪を揺らしながら、王子はマルークに挨拶をくれた。
「これはご丁寧な挨拶を。こちらこそよろしくお願いします」
挨拶がすむと、王妃は、すぐに王子に向かって優しく告げた。
「コドフィル。クリスティさんに、中庭を案内してあげて」
エリーナ妃の言葉に頷いた王子は、クリスティに手を差し出した。
マルークは彼女にコートを着せて、「寒くしないようにね」と声を掛ける。
クリスティも頷くと、ふたりは手をつないで、小走りに部屋から出て行った。
「コドフィル。慌てて、怪我をさせないようにな!」
彼らの後ろ姿に、ボードソンがそう声を掛けた。
わざわざ呼びにやらせたのにとマルークは思ったが、王と王妃は、マルークに話があるようだった。
「マルークよ。君の師であるスタファンが言ったとおりだとすれば、コドフィルの適性は、君と同じ攻撃と破壊の魔法だろう」
マルークに向かって話し始めたボードソンは深刻な顔だった。
「君には悪いが、民衆から最も恐れられ、忌諱する者が多い魔法だ。だから君に頼むのだ。できれば息子には、民に愛される君主になってほしいと思っているからな」
「それで、私にいかがしろと」
マルークには、ボードソンの思惑が測りかねた。
「いえ、マルークには、コドフィルを正しき道へ導いていただきたいのです。あなたなら、それができると思いますから」
エリーナ妃が、そう言葉を継いだ。
それにしても、抽象的で曖昧だ。
「私に出来るかは分かりません。ですが、魔法が万能ではないことだけは、よく知っているつもりです。殿下には、そのことを、少しずつでも分かっていただけたらと思います」
それは彼の偽らざる気持ちだった。
魔法の力は、今でこそ彼とクリスティの生活を支えているが、それ以前の彼と、何よりクニーグを救うことはできなかった。
王と王妃が求めているものとは、違うのかもしれなかったが、彼はそう思っていた。
魔法の訓練が始まり、マルークが魔力を流すと、コドフィル王子は、「手がチリチリするな」と、目を瞬かせながら言った。
クリスティとは違うが、彼が魔力を感じられることは明らかだった。
それは、彼にも魔法の才能があることを示していた。
いや、チリチリするような魔力の感じ方は、自分に似ているようだとさえ、マルークは思った。
「初めてですから、それでよろしいのです。その感覚を大切にしてください。何度も感じているうちに、自分から、その感覚を湧き立たせることが出来るようになりますから」
マルークの言葉に、王子は素直に頷いた。
ボードソンがこのくらい素直であったならな、などとマルークは思ったが、彼も王位に就く前は、鷹揚な男であったと思う。
王とはそのくらい、過酷なものだと、彼は言うかもしれないが、せめてナタリアの言葉くらいは聞いてほしいものだと、マルークは思わざるを得なかった。
そうして、何度か訓練を繰り返すうちに、コドフィル王子は、自分から魔力を放出できるようになってきた。
「何となく分かったぞ」
嬉しそうに言う王子に、マルークも胸を撫で下ろした。
「それは、ようございました。魔力を感じ、作り出すことが出来るかどうかが、魔法使いとして最も大切な基本ですから」
クリスティは、初めての訓練で、すぐに魔力を放出することが出来るようになった。
だが、それは本当に珍しいことなのだ。
コドフィル王子の方が普通。いや、それでも早いくらいだと言えるだろう。
「ありがとう、マルーク。感謝するよ」
王子はそう言って嬉しそうだった。だが、隣で一緒に教えを受けるクリスティを見ると、少しだが悔しそうな表情を浮かべる。
「私も早く、クリスティのように、自在に魔法を使えるようになりたいものだな」
それを聞いたクリスティは、少し申し訳なさそうな顔を見せ、練習を中断してしまった。
「いや、私も早くそうなりたいと思っただけだ。もっと頑張るから、マルーク、よろしく頼む」
コドフィル王子の言葉に、マルークは頷いて、クリスティにも、笑顔を向けたのだった。
その後も、王子の魔法の訓練は、順調に進んだ。
マルークは、当初の漠然とした不安を消し去ることが出来た。
(ボードソンに、手を抜いているのではないかと、疑われるのも心外だったからな)
王子からは、「母上もとても喜んで、よろしくと言っていた」と伝えられた。
どうやら、コドフィル王子の訓練が順調に進んでいると、エリーナ妃も満足しているようだった。
マルークとクリスティの王宮への引っ越しは、思っていたよりも大変だった。
前回、当時住んでいたあばら屋を引き払って、ギルドの側の住宅地へと引っ越した時には、荷車に一台にも満たない程度の荷物を運んだだけで済んだ。
だが、それから思った以上に荷物が増えていたことに気づかされることになった。
「クリスティ。この際だから、もう着られない服とはさようならをしようね」
マルークは、そう言って、彼女の服を選り分けた。
だが、クリスティは、彼が選り分ける端から、「これは、だめ!」と、処分することを渋った。
「いや、もうさすがに着られないだろう?」
マルークは笑いながら彼女が持っていく荷物へ戻そうとした服を、彼女にあててみた。彼女の身長は、この家に来た時から、かなり伸びており、最初の頃に買った服は、もう小さくなっていた。
(私もまだ、慣れていなかったから、ちょうど良い大きさの服にしてしまったのだったな)
今なら、ワンサイズ上の服にすることも多いのだが、最初の頃は、そこまで頭が回らなかったのだ。
すぐに着られなくなってしまったが、当時のマルークは、まだ今ほど余裕はなく、彼女に買った服も、それ程上等の物ではなかったから、縮んでしまったこともあったのかも知れなかった。
「この服には、いっぱい思い出があるの」
クリスティは、小さくなった服を胸に抱いて、そう言った。
マルークが見ると、それは、彼がクリスティに初めて買った服のひとつだった。
「そうだな。それほど荷物になるわけでもないし。持っていこうか」
マルークの言葉に、それまで涙ぐんでいたようにさえ見えた、クリスティの顔が、ぱっと明るくなった。
マルークは、彼女の優しい心に、胸が温かくなったような気がした。
その後、半年が過ぎた昼下がり、マルークはボードソン王に呼び出された。
「何とおっしゃいましたか?」
マルークは、失礼とは思ったが、思わずそう聞き返した。
「マルークよ。今日で、君の家庭教師の任を解くと言ったのだ。これまでご苦労であった」
「何か私に、至らぬところがございましたか?」
最初は気乗りがしなかったことは事実だが、彼は誠意をもって務めてきたという自負があった。
しかも、最近は王子もマルークに慣れ、マルークも彼の魔法の力が伸びるのを楽しみに思う気持ちを持ち始めていた。
「いや、そうではない。魔法学園の学園長のペドリバーが、コドフィルを教えてくれることになったのだ」
「王のご意向はいかがなのでしょう?」
「そう言うな。王だからとて、すべて自分の思いのままとはいかぬのだ」
ボードソンは苦々しいといった様子で、マルークに言った。
王から伝えられた学園長のペドリバーという名前は、マルークは初めて聞くものだった。
スタファン師をはじめ、実力のある魔術師には、それなりに名の知られた者が多い。まして、マルークは同業者なのだ。
売り出し中の若い魔術師ならいざ知らず、その彼がこれまで名も知らない魔術師など、その腕の程は、想像に難くない。
(腕はそれ程でないにしても、教師としては優秀であることを祈るばかりだな)
マルークは、コドフィル王子の将来のことを考え、そう思うしかなかった。
(クリスティが悲しむだろうな)
それとは別に、マルークは彼女のことを考えると辛かった。
王宮で彼女は、王家に仕える召使いや庭師、馬の世話係や門を護る兵士まで、色々な人に愛された。
まだほんの半年だが、彼女が行く先々で、皆が声を掛けてくれる。
「お父様。今日はシェフから、クッキーをいただきました。でも、皆には内緒だよって、シェフは言ってました」
王宮の中なら安全であるし、マルークは彼女をかなり自由にすることができた。
そして、彼女が一緒に魔法を学ぶコドフィル王子は、彼女が魔法のことを秘密にしないですむ、初めての同世代の子どもだった。
「そうしたら、後で同じクッキーを、王子様もくださったのです。お断りしたのに、持って行けって押し付けられてしまって」
ポケットからクッキーを取り出して、そう楽しそうに話す彼女に、ボードソン王から言われたことを伝えるのは、耐え難い気がしたが、マルークにはどうしようもなかった。
「クリスティ。コドフィル王子には、私とは別の魔法の先生が来ることになったんだ。だから、私たちはここを離れなければならなくなった」
途端に、クリスティの顔が曇り、彼女は下を向いてしまった。
「私の都合で、引っ越しばかりになってしまって、クリスティ、済まないな。せめて前のお家に戻れないか、お願いしてみるよ」
まだそれほど時間は経っていないのだから、王家の力で、そのくらいはしてもらってもいいだろうとマルークは思った。
「お父様より、良い魔法の先生なんていません。王子がかわいそうです」
だが、彼女は涙ぐみながら、マルークに言った。
それは、そんなことは思っても見なかった彼には、意外な言葉だった。
「そうか。クリスティがそう言ってくれて、私は誇らしいよ。でも、この半年で、彼もだいぶ上達した。魔法の練習も好きなようだし、きっと大丈夫だ」
自分でも、そう信じるしかないと思いながら、マルークは、クリスティの頭を撫でた。
コドフィル王子は、邪神ティファヴァマブートを倒すパーティーのリーダーなのだ。
自分が彼にとって、最高の教師だとは思わないが、その事を知るのは自分だけだと思うと、彼は神の悪意を感じるような気がしたのだった。




