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第12話 魔法の家庭教師

 秋も過ぎ、新年を迎えた王都で、話題になった出来事があった。

 新年の祝賀行事に、王の世継ぎであるコドフィル王子が姿を見せたと言うのだ。


 これまで、寒い季節ゆえ、出席を控えたのだろうと噂され、それが、王子が身体が弱いことの傍証にもなっていたのだが、今年は、長時間でこそなかったものの、しばらくの間、国王夫妻とともにあって、群臣から新年の祝いの言葉を受けられたようなのだ。


(これまでは、幼かったということだろう)


 ボードソンから直接聞いたことではあるが、マルークはドラゴンの鱗から作った薬だけが、その理由だとは思わなかった。


 おかげでマルークは、クリスティに魔法を教えても、官憲を恐れる必要がなくなったのだし、ギブ・アンド・テイクだったと思っている。


(偽物だったとか、難癖をつけられなくて良かった)


 ボードソン王の対応に、マルークは正直、そう思っていた。


「お妃様に迷惑を掛けてまで、叶えてもらう願いかね」


 あの時、ワレンティーはそう言って呆れた様子だったが、マルークにとっては重要なことだった。



 だが、そのエリーナ妃から、王城へ招待を受けたのは、それからほんの数日後の午後のことだった。


「マルーク様が提供してくださった、ドラゴンの鱗を使った魔法薬の効き目は素晴らしく、王妃様のお喜びはひと方ならぬものがございます」


 マルークの住まいを訪れた使者は、そう述べた後、マルークとクリスティを王宮へと誘った。


「突然で申し訳ありませんが、これから、王宮へご同道いただけませんか? 私的なお誘いですので、そのままで結構ですので」


 馬車まで寄越されては、断ることも難しかった。


「では、すぐに参りますから、少しだけお待ちください」


 使者にそうお願いすると、すぐにクリスティの服を見繕う。


「クリスティ。王宮へ行くよ。着替えてくれるかい」


 すっきりした薄いピンクのワンピースを渡し、急いで着替えさせる。


「王宮って?」


 クリスティは、不安そうだ。

 マルークは自分のボードソンに対する感情が、彼女にも伝わってしまっているのかなと、少し反省する思いだった。


「去年、ラマカーン地方へ一緒に行って、ドラゴンからもらった鱗から作った薬が、役に立ったから、褒めてもらえるみたいだ。クリスティにも来てほしいと、王妃様が言っているんだ」


 そう伝えながら、自分もローブを、よりマシなものに着替える。


「これからすぐにってことだから、着替えたら、馬車に乗って行くよ」


 ふたりのコートを用意しながら、マルークはクリスティに優しく言った。



 マルークがクリスティとともに、玄関から外へと出ると、使者は待ちかねたように、二人を馬車へと乗せた。


(前の家だったら、馬車を回せなかったかもしれないな)


 マルークがそう思うほど、馬車は立派で、クリスティはふかふかの座席に、嬉しそうだった。


「オーリアフォートさんの家へ行く時に乗った馬車とは、ちょっと違うのね」


 石畳の上を走る馬車の中で、クリスティがそう言った。


「あれは乗合馬車だからね。座席の向きだって違うだろ」


 そんなことを話しているうちに、ふたりは王宮へと近づいて行ったのだった。



 王宮へ着いた馬車は、公式な行事の行われる宮殿ではなく、王家の私的な生活の場である建物の方へと向かった。

 建物の玄関ではなく、大きな石のアーチのある庭の入り口のような場所で馬車が停まる。


「こちらが近いですので、どうぞ」


 馬車を御してくれた使者が、そう言って、ふたりを案内してくれた。


 一行は、植えられた緑の木々が、美しい幾何学模様を描く庭の中を通って行った。

 使者はかなり急いでいるらしく、マルークもクリスティの右手を引いて、速足でついて行った。


「きゃっ!」


 突然、クリスティが叫び声を上げたので、彼女を見ると、左側の植木の影から、可愛らしい金髪の男の子が飛び出して来たようだった。

 年齢はクリスティと同じくらいだろうか。小さな彼の姿は、ちょうど木の陰に隠れて、気がつかなかったのだ。


「危ないな! 気をつけたまえ」


 クリスティとぶつかりそうになって、その男の子は驚いた様子で、声を掛けてきた。

 使者は少し先を小走りに行ってしまっているし、マルークも焦っていた。


「娘が失礼したね」


 マルークがそう言って、クリスティがペコリと頭を下げた。

 すると、男の子は慌てたように、


「いや、こちらこそ済まなかった」


 そう素直に謝ってきた。

 クリスティは、彼の言葉遣いが面白かったのか。クスクスと笑い出した。

 男の子は何となく、ばつが悪そうに、黙って彼女を見ている。


「マルークどの!」


 その時、先を行く使者から声が掛かり、マルークは我に返った。

 見ると使者は、建物の扉の前で、彼らが来るのを待っていた。


「急いでいるので、失礼するね」


 マルークがそう言って、クリスティがまた、ペコリと頭を下げると、二人は使者の後を追って、王宮の建物へと入ったのだった。




「マルーク。よく来てくれましたね」


 エリーナ妃は、落ち着いた応接に二人を迎え、相変わらず好意的に見える表情を、マルークに向けてくれた。


「君は来ないかと思っていたが、そうでもなかったのだな」


 ボードソン王も一緒にいて、マルークにそう話し掛けてきた。


「これは国王陛下。今日は娘のクリスティもご一緒させていただいています。是非、ご挨拶をさせていただきたいのですが」


 マルークは驚いていたが、何とか無難に挨拶をすることができた。

 クリスティは、マルークを見上げていたが、彼が促すと、きちんと挨拶をしてくれた。


「クリスティと言います。今日はお会いできて嬉しいです」


 その様子に、エリーナ妃は目を細めた。


「可愛らしいお嬢さんですね。マルーク」


「ありがとうございます」


 お礼を述べるマルークに、王と王妃は席を勧めた。


「今日は、改めて君に礼を言いたくてね。エリーナから、人の親として当然だと言われてしまったのだよ」


 二人が応接のソファに腰を下ろすと、ボードソンは、少し間が悪そうに、マルークに向かって言った。


「本当にありがとうございます。コドフィルは見違えるほど元気になって。今も、あなたに直接、お礼を言わせようと思っていたのですが、見当たらなくて」


「どうやら、中庭に行ってしまったらしい。呼びにやらせたから、そろそろ来ると思うのだが。元気すぎるのも困りものだな」


 ボードソンは、そう言いながらも、嬉しそうだった。


「それはようございました。王宮の薬師が調えられたのでしょう。魔法薬の出来栄えも素晴らしかったのではと思いますが」


「いや、あれはここにいる薬師などには扱えない代物だよ。魔術師ギルドの前の長であるスタファンに調製を依頼したのだ。たしか、君の師だったな」


 王の言葉は、マルークには意外だったが、言われてみれば、まず手に入ることのないドラゴンの鱗から魔法薬を作り出せと命ぜられれば、尻込みする者は多いだろう。


「スタファンには、そのまま君に依頼すれば良かったのではと言われたよ。最近、君は調薬でも名が知られた存在になっているらしいな」


「いえ、私など、まだまだ師スタファンの足元にも及びませんから」


「いえ。スタファンがそう言うくらいですから、そんなことはないでしょう」


 エリーナ妃は、マルークの言葉を謙遜と受け取ったようだったが、彼は本当にそう思っていた。

 調薬のような根気のいる細かい作業は、彼は苦手だった。


(本当なら、魔法の家庭教師をしたかったのだ)

 上機嫌なボードソンの顔を見て、彼はそう思ったが、さすがに口には出さなかった。


 それよりも、クニーグが生きていたら、スタファンは彼女に依頼するように言ったかも知れないなと、ふと、思った。

 彼女は何でも器用にこなす。魔法の天才だったからだ。


「今日、来てもらったのはそれだけではない。実は君に頼みがあってね」


 一瞬だが、クニーグのことを考えていたマルークだったが、ボードソン王の言葉に、現実に引き戻された。

 何となく、言いにくそうな王に代わり、エリーナ妃が言葉を継いだ。


「マルーク。あなたに、あの子に魔法を教えてやってほしいのです」


「どういうことでしょう?」


 マルークは、すぐには王妃が何を言っているのか分からなかった。

 個人的に魔法を教えてはいけないという決まりは、王であるボードソンが定めたものではなかったのか。


「言葉どおりの意味だ。マルーク。コドフィルに魔法を伝授してほしいのだ。そなただけには、すでにその勅許を与えているからな」


 たしかに、王から得た許可は、魔法を教える対象を、クリスティだけに限定しているわけではない。

 だが、マルークはそれは暗黙の了解だと思っていたのだ。


「自分の娘には教えて、私たちの息子には、次代の国王には教えられぬとは言うまいな」


 ボードソンの声に、不愉快そうな色が混じる。

 コドフィル王子には魔法の才能があると、噂では聞いていたが、どうやら本当のことだったらしい。


「お断りすることは出来なさそうですね」


 マルークがそう言うと、エリーナ妃は、申し訳なさそうな顔を見せた。


「まさか、私たちの子どもが、魔法使いになるなどと、思いもしなかったのです。一生、隠し通すことも難しいでしょうから、それならば実力をつけた方が良いと、そう思うのです」


 魔法使いは、尊敬や感謝されることも多いが、魔法を使えない人々から、異質な者として恐れられ、嫌われることも多い。

 コドフィル王子が、将来、王として立つのなら、彼女の言うとおり、そういった民衆の感情を凌駕できる程の、実力があった方がよいのかもしれなかった。


「御命令とあらば、最善を尽くしますが、私などよりも、我が師のスタファンの方が適任かと思いますが」


 先生には申し訳ないが、何とか押し付けられないかと考えて、マルークは、言ってみた。


「スタファンは、自分は年老いたし、おそらくコドフィルの適性は、君に近いであろうから、君に教えてもらうのが良いと言っておったぞ」


 どうやら、彼の師も、同じことを考えたようだった。


 マルークは、前世の記憶をたどり、コドフィル王子の魔法について憶い出してみた。


(彼の魔法は、攻撃系ではあったが、私とは違うものだったはずだ)


 邪神ティファヴァマブートを斃すパーティーの、リーダーにして英雄騎士。

 彼は、ただの魔法使いとは異なる系統の魔法を使った気がするのだ。


(それでも彼が、早くから魔法を学ぶことは、将来の危機に役立つかもしれない)


 マルークは、そう思い直して、ボードソンの依頼を受ける気になった。


「承知いたしました。私でよろしければ、お教えいたします」


 彼の返事に、ボードソンはほっとしたようだった。


「マルーク。ありがとう」


「では、王宮の内に、君の住まいを用意しよう」


 ボードソンの言葉に、一年と少し前まで、陋巷に暮らしていた自分がという思いと、これで王国の籠の鳥かという気持ちが湧いてきた。

 だが、魔法を教えられるという特別のはからいを与えている者を、王宮の中に隠しておきたいということもあるのだろう。


「お父様。お家に帰れないの?」


 話の流れから、それと察したのだろう。クリスティが不安そうな顔で、マルークに聞いてきた。


「大丈夫ですよ。でも、毎日ここまで来ていただくのも悪いですから、二人にはここに住んでもらいたいのです。お嫌かしら?」


 エリーナ妃が優しくクリスティに語り掛けると、彼女は少し考えているようだった。


「いえ、そんなことはありません」


 彼女がそう答えるのとほとんど同時に、部屋のドアがバタンと音を立てて開き、侍女を従えるかのようにして、男の子が入って来た。


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