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第11話 山での夏休み

 ボードソン王のお墨付きを得て、マルークは本腰を入れて、クリスティに魔法を伝授した。


 もはや誰はばかることもないのだ。私塾の教師にも事情を話し、了解してもらうことが出来た。


「クリスティ。でも、これまでどおり、魔法の練習のことは、私とクリスティだけの秘密にしておこう。いいかな?」


 マルークはそれでも、慎重だった。

 いや、ボードソン王の言葉に、思い起こされることがあったのだ。


 魔法使いを忌むべき者と見る人は多いということだ。


(クリスティの適性は、精神に働き掛ける魔法。特に注意が必要だな)


 マルークは自分に頷いてくれたクリスティを見て、彼女が迫害を受けることを恐れた。

 彼はその先例を知っていたからだ。


 彼はこれまでどおり、クリスティに目立たぬように、魔法を教授した。

 それでも、もう王宮に引き立てられることを恐れずに済むのは、有り難かった。



 夏が訪れ、私塾が長期の休みに入る頃には、マルークの生活はかなり安定し、それなりに貯えも増えてきていた。


 魔法薬の調製にも慣れて品質もますます上がり、ギルドに高値で引き取ってもらえるようになっていたからだ。


「クリスティ。夏休みは、ルトウィーン地方へ行こう。湖もあって、ここよりはかなり涼しいから、過ごしやすいだろうからね」


 マルークの提案に、クリスティは嬉しそうだった。


 ラマカーン地方に、ドラゴンのオテュラーンを訪ねた時でさえ、彼女は旅を楽しんでいるように見えた。


 まして今度は純粋なバカンスなのだ。彼女が期待するのも無理からぬことだろう。


「でも、魔法の練習は、あちらでも毎日続けようね」


「はい。魔法の練習は大好きですから」


 クリスティはとても良い弟子だった。マルークは、彼女はやはり愛娘にして愛弟子なのだなと思うしかなかった。

 それは、十二年の後に、彼女を過酷な運命が襲うことと同義なのだが。



 ふたりは馬車でゆっくりと旅をして、ルトウィーン地方に至り、デューディエン湖の畔の宿に落ち着いた。


「とてもきれい……。連れて来てくれて、ありがとう」


 日の光に青く輝く湖面を飽きることなく眺めながら、クリスティはそう言ってくれた。

 マルークはその言葉に、ここへ来て良かったと思うことができた。


 着いてから数日は、ゆっくりと過ごした。

 この湖の名物になっている魚の料理も、果物を使ったタルトも、クリスティは美味しいと言って喜んで食べてくれた。


「そうか。それは良かった。たくさんお食べ」


 宿の食堂で、料理を取り分けながら、マルークは食事をとる彼女の姿に満足を覚えていた。


 彼が引き取った時、痩せて哀れな姿だった彼女は、今は肌の色も良く、生気に満ちているように見える。


 正確な年齢は分からないが、おそらく六、七歳だろう。もう少し大きいのかもしれないが、十二年後に二十歳前くらいであるはずだから、それ程間違ってはいないはずだった。



「ヴァコポリート ヨフェーワ コユメーヴァ」


 胸の前で広げたクリスティの手の平の上に、青白い光が浮かび上がる。


「いいぞ。もうすっかり上達したね。素晴らしいよ」


 滞在中も、朝食の後は毎日、魔法の練習だ。

 だが、それが終われば、鏡のような湖面にボートで漕ぎ出し、美しい山並みを眺めたり、近くにある滝を見に行ったり、夏でも冷たい空気に満たされた洞窟を訪ねたりと、二人はルトウィーン地方を満喫した。



「明日は、ここよりもう少し北にある森を訪ねるから、今夜は早めにやすもうね」


 クリスティにそう告げて、寝室へ連れて行き、彼女が眠るのを待って、マルークはいつものように、魔法薬の調製を始めた。


 道具も材料も持って来たから、彼は毎晩、彼女が寝た後はそうしていた。

 さすがに夏の間中、遊んで暮らせる程ではないが、それでもこうして、クリスティと避暑地を訪れることができることに、彼はギルドと、なにより師のスタファンに感謝した。



 翌朝、再び馬車に乗り、マルークとクリスティは北の森を目指した。


 マルークは何もバカンスのためだけに、デューディエン湖を訪れたわけではない。

 この湖の北の森に、彼の友人が住んでおり、クリスティを早めに引き合わせておこうと考えていたのだ。



「こんな所で、よろしいんですかい?」


 周りに建物も何もない森を通る街道の途中で、馬車から降りたマルークたちに、馭者が問い掛けた。


「ああ。この辺りで十分だ。明日の帰りも、拾ってもらえるね」


「ユースフの町を、早くに出るから、昼前にはここを通ります。遅れないように頼みますよ」


 馭者が「気をつけて」とクリスティに笑顔を向けて、馬車はそのまま去って行った。



「高い木。それに、深い森……」


 クリスティが呟くように言った。

 二人の周りはとても静かで、鳥の鳴く声が大きく聞こえるくらいだった。


 だが、マルークは、それほど待つ必要はないだろうなという、確信があった。


 彼の思惑どおり、わずかな時間の後、森の奥に人影が見えた。


(王宮で、ボードソンに待たされた時より、短いな)


 マルークがそう思って、森の奥に目を凝らすと、やはり、こちらに近づいて来るのは、彼が思っている人物のようだ。


 クリスティも気づいたようで、マルークに身を寄せてきた。


「大丈夫だ。あれは、私の知り合いだからね」


 マルークは、クリスティにそう伝えると、大きな声で、やって来る人影に呼び掛けた。


「オーリアフォート! 久しぶりだね!」


 彼の声が森に響くと、その人影からも、声が返ってくる。


「やはりマルークか。元気そうだね」


 そう言って近づいて来たのは、エルフの男性だった。


「ティーフヴァルトへようこそ」


 彼は二人の前まで来ると、そう言って、優雅な物腰でお辞儀をした。



「こんなところでは落ち着かないね。私の住まいへどうぞ。歓迎しますよ」


 そう言うオーリアフォートの案内で、森の中をしばらく歩き、マルークたちは、そこだけが広場のようになった場所に建つ、一軒の屋敷へと招かれた。


「こんな場所だから、大したことは出来ませんが、ゆっくりして行ってください」


 エルフはそう言って、マルークとクリスティにお茶を振る舞ってくれた。

 彼の言葉とは裏腹に、そのお茶はとても上品な味わいで、香りも素晴らしいものに感じられた。



「あなたが訪ねて来てくれて、安心しました。これでも心配していたのですよ」


「エルフのあなたに心配してもらえるなんて、驚きだね」


 魔王を倒すために、行動をともにした仲ではあったが、彼はいつも超然として、人間にはあまり関わらないという態度を見せることが多かったのだ。


「レテスクラヴィルがいなくなり、安心している人間たちの姿を心配していたのです」


 ティーカップからお茶をひと口飲んで、澄ました顔でそう返すオーリアフォートに、マルークは相変わらずだなと思っていた。


「我が一族の予言者によれば、新たな災厄が世界を襲うようですからね。あなたがここを訪ねたのも、それに備えるためではありませんか?」


 マルークは頷いて、それに答えた。


「ああ、大聖女も同じことを言っていた。今から十二年後に、六年前と同じような恐ろしいことが起きると言った者もいる」


「私もそれに同感です。それは、ホリホックの月に起きるのです」


 オーリアフォートは、当然だといった様子で、マルークたちに伝えた。

 エルフたちの暦は独特なので、それがいつに当たるのかはすぐには分からないが、ホリホックの花が咲くころなら、夏の初めかなとマルークは思った。


「何とも面倒なことだとは思いますが、その時はまた、私が検分を務めますから」


「それは、心強いな」


 マルークは、初めて会った頃は、彼のこの言い種に腹を立てていたことを思い出した。


 彼は、魔王と対峙すべきなのはあくまでも人間たちというスタンスで、自分はエルフ族から派遣されて実況見分をするのだといった態度に終始していた。


「十二年後でも、あなたなら変わらぬ力で、災厄にも対応できるのだろうな。羨ましいよ。私はもうこんなだしね」


 そんなマルークに対して、オーリアフォートは笑みを見せた。


「あなたこそ、すっかり元のとおりではないですか。あの時は、どうなってしまうのかと、これでも心配したのです」


 そう言われると、まだマルークの心には痛みが走った。

 クニーグを喪った辛さが、癒えて来ていると思うことも、また、彼には苦痛だったのだ。


 マルークの心の内を知ってか知らずか、オーリアフォートは、言葉を継いだ。


「今日はあなたの大切な人を連れて来てくれたのではないのですか?」


「それも、予言者から聞いたのですか?」


 マルークは、冗談で聞いたつもりだった。

 エルフの予言者はもっと大きな出来事を予言するものだとばかり思っていたからた。


 彼がこの地を訪れるなんて、正直言って、日常のひとコマに過ぎないだろう。


「ええ。ですから、ここでお待ちしていたのです」


 だが、当たり前だと言うようにオーリアフォートが真面目な顔を見せたので、マルークは驚いた。

 いや、予言者は結構な茶目っ気の持ち主なのかもしれないなと、マルークは思った。


「私が予言者から告げられたのはそれだけです。彼女は将来起きることだけでなく、あなたの来訪を告げることにも、大変、恐れを抱いていました。私にも多くを語ってはくれなかったのです」


 やはりクリスティをメンバーの一人としたパーティーが、将来、邪神と戦うことになるからだろうと、マルークは思った。

 その先の未来を見通すことは、禁忌とされることかも知れなかった。



 その日はオーリアフォートの屋敷に泊めてもらい、翌日の昼前には、馬車を降りた森の中の街道へと向かった。


「私はそれ以上のことは知らされていないのです」


 昨晩、世界を襲う災厄について聞いたマルークに、オーリアフォートは、珍しく申し訳なさそうな顔を見せた。


「いや、十分だよ。ありがとう」


 エルフの予言者が、大聖女と同じ意見だと聞けただけで、マルークは満足だった。

 この森まで、はるばる脚を伸ばした甲斐があったというものだ。



「そろそろ帰りの馬車がやって来るころだ。もうここまでで結構だよ」


 街道が見えてきた所で、エルフの彼は、人間の前に姿を見せることを好まないだろうと思って、マルークは遠慮がちにそう言った。


 だが、オーリアフォートは、それには応えず、厳しい表情で突然、呪文を唱え始めた。


「ファモーヨ エヨファ ファオノーノ シューラ……」


 マルークが驚いて見る前で、彼の魔法が完成する。


「ワールウィンド、風を司る者よ。刃となりて、我が敵を切り裂け!」


 彼の叫ぶような声とともに、風が渦を巻いて街道へと向かった。

 その風の行く先に、黒い物が素早く動く様子を、マルークは見た気がした。


「逃しましたか……」


 オーリアフォートは平然として、そう漏らした。どうやら何かが待ち伏せていたようだ。


「いったい、何だったんだ?」


 マルークの問いに、エルフは少しだけ顔を歪めたが、すぐに元の端正な顔に戻った。


「招かれざる客です。いったい何を狙って来たやら。おそらく、当分は姿を見せないでしょうが。念の為、風の護りを付与しておきましょう」


 オーリアフォートはそう言うと、またゆっくりと呪文を唱え、マルークたちに防御効果のある魔法を掛けてくれたようだった。


「ありがとう。世話になった。元気でな」


 森へと去って行くエルフの背中に、マルークが声を掛けると、オーリアフォートはそのまま手を振った。


「また、会いましょう」


 二人の耳に、そんな声が届いた。


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