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母親

 子供のころの夢を見た。まだ幸せだったころの夢。

 夢の中の母親は素晴らしく美しかった。

 銀色のまっすぐな髪を結い上げて、薄化粧した中薄紅に染めた唇が笑みを形作る。

 母親がその柔らかい腕で俺を抱きしめる。甘い花の香りがした。

「いい、デイビッド、あなたが侯爵になればとても素敵、あなたと私はずっと幸せでいられるのよ」

 俺を抱きしめたまま母親は俺に囁く。

 素敵だと母親が言っているのだからそれはとても良いことなのだと俺は思う。

 ただ無心に母親を信じていた幼いころの夢。幸せな悪夢。

 侯爵になればとても素敵。

 それは嘘じゃないけれど、それを思っている人間はたくさんいると俺は学園で思い知ってしまった。

 うちの分家に当たるフォックステリア家の息子は俺を値踏みする目で見ていた。

 たぶん俺を獲物と認識しているのだろう。

 どこか爬虫類めいたその顔を見たとき背筋がぞうっとしたのを覚えている。

 その時は何が何だかわからないけれど少しずつ分かっていってしまった。

 フォックステリア家は一番グレイハウンド家との血縁が濃い分家だ。

 俺と兄にもしものことがあればフォックステリア家がグレイハウンド家に代わるはずだ。

 母親は侯爵になりさえすればと思っているようだが、はっきり言って侯爵になった後のほうが苦労は多いと思う。

 ましてや俺は血統にちょっと怪しいところがあると思われているのだから。

 正式な結婚をする前に生まれた次男坊。突っ込みどころ満載。

 俺が襲爵した瞬間からハイエナどもは俺につかみかかってくるのがまるわかりだ。

 本当にあほらしい。

 そんなことを思いながら俺は眼を開いた。

 幸せって何だろう。

 母親にとって、俺が侯爵になることだけが幸せなんだろう。だけどそこに俺の幸せはない。

 俺は不幸になりたくないから侯爵にならないと言おうものなら、おそらく裏切り者扱いだ。

 どれほど俺が親不孝かそう言って泣きわめく。

「どちらかが不幸にならなければならないのですよ、お母様」

 そう呟いて俺は笑う。

 それを思えばフォックステリア家のあの蛇のような目は俺を救ってくれたのだろう。

 兄が家督を継げば文句はどこからも出ない。そうしたら俺はこの家から出ていく。

 二年ぐらい前にそう決めた。だけどそれはこの家で決して口にしてはいけないこと。それを口にした瞬間あの母親は俺を矯正しようとするだろう、それこそどんな手を使っても。

 だから俺はそのことを口に出せない。

 俺はベッドから起きだすと空腹を覚えていた。

 どうやら正規の食事の時間を寝て過ごしたらしい。

「どうしたのデイビッド、ずっと寝ていて」

 母親が俺に心配そうに話しかけてきた。

「貴方にもしものことがあったら私はどうすればいいの」

 そう言ってはらはらと流れる涙をハンカチで押さえる。

「私の愛しい坊や、お前が侯爵になりさえすればみんな幸せになれるのよ」

 母は今も美しさを保っている。だけど、今は老い以外の醜さもにじみ出る。

「愛しているわ」

 その言葉に内心で答えた。

「大っ嫌いだ」



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