愛しくない我が家
月に一回三日間だけ家に帰ることが俺たちには許されている。
首都に家のない地方貴族の子弟はそのまま寮で三日間休日を過ごすが、我が侯爵家のように領地に一軒首都にも一軒と自宅を持っている貴族の子弟。そして文官貴族の子弟は実家で三日間を過ごす。
十歳のころは家に帰れるのがうれしく、そして学園に戻るのが悲しかった。
だが、今は。
家でもろくに会話のできない俺たち兄弟は当然学園ではもっと会話ができなかった。
俺たちは無言で馬車の中で向かい合って座っているだけ。地獄のような沈黙だけが馬車の中を漂っている。
兄は無表情に何やら小難しい本を読んでて、俺は黙って座っている。
俺が入学して四年目、俺は十四、兄は十七、あと一年で兄は卒業するのでこの苦痛でしかない道程もあと一年の辛抱なのだが。
家に帰れば帰ったで、生え抜きの多分曽爺さんの代から我がグレイハウンド家の家令を務めているという爺さんは兄の味方だ。兄だけを迎えて俺のことは真っ向から無視した。
そして、家政婦の頭、彼女はうちの母親より、脳天につんざきそうな声で俺の帰りを歓迎してくれた。
そして、母親は俺に向かって突進してくる。
俺の細い体で、最近太ってきた母親を見事受け止めたんだ、日ごろの鍛錬の成果だなと自画自賛してみた。
「私の可愛い坊やお帰りなさい、ママ寂しかったわ」
俺の背骨を折るつもりなんじゃ、と疑いたくなる力で俺をぎゅうぎゅうに抱きしめてくる。
これも兄への嫌がらせの一端なんじゃないか?
俺をこれ見よがしでかわいがって兄を疎外しようとしているとか。だとすればこの母親、頭がおかしい。
いくらなんでも十七になって母親からお帰りのハグが欲しいわけないし、十四の俺にしてもかなり苦痛だ。
いつからだろう、楽しみだった家に帰るのがだんだん苦痛になってきたのは。
やっぱりこの家は兄に継いでほしい、俺は頑張って在学中に資格の一つも取って文官貴族の末端にでもなって可愛い妻と子供を育てて慎ましくやっていきたい。
たとえ訳ありでも贅沢を言わなければ、そうだ、男爵家とか子爵家とか格下の家なら、何とかならないかなあ。
志が低いと言わば言え、俺は自分が凡人だと分かっているんだ。凡人にふさわしい幸せを望んで何が悪い。
これから三日間母親と家政婦頭のキンキン声に付き合わないといけないと思うとため息が止まらない。
遊びに行くとしても俺にはあの訳あり仲間しかいないし、親は自分のことを差し置いて俺があの連中と仲良くしているのをよく思わない。
人のことを言えないだろうに。
これから兄と並んで父親のやたら偉そうで中身のないお説教を聞かなければならない。
こんなことならずっと学園にいたい。
入学したときはこんなことを考えるようになるとは思わなかった。違う環境に身を置いてわかることがある。この家終わってる。