2話 薔薇と隕石と動く鉄像
「最初の街のメイン広場で待ってるね」
その言葉をリアルの空前愛から聞いてから4時間。夕食も風呂も終えてゲームに没頭できる状態になった俺は専用ゴーグルを装着してベッドに寝転んだ。
今まで何度か見たFPSというジャンルのゲームによくある、銃を持った兵士が銃撃戦をしている表紙に、"ワールドシューティングオンライン"と書かれたパッケージ。
あいつに付き合って何度かやっているとはいえ俺がFPSを苦手としていることは知っているだろうに。よりにもよってなぜこのジャンルで誘ってくるのか。
付き合うと言ってしまった手前早急にログインして会いにいってやらねば鬼電される。
夕飯を食べている間にダウンロードを終わらせたゲームを起動する。
それと同時に、目の前のディスプレイには10からカウントダウンが始まった。
寝違えない体勢を整えていざ覚悟を決める。
そうしてカウントが0になると俺はブラックアウトした。
目を覚ますような感覚とともに自分がコンクリートを踏んでいるような感触を得る。
目を開けばそこはどこか見知らぬ廃墟だった。
さすがに記憶喪失ではないからここがゲームの中だということは分かる。
しかし、耳に聞こえる風やそれ以外の静けさ、嗅いだことはないが火薬だろうなと分かる匂い。
リアルよりリアルだという感想が出てくる。
手にはライフル。名前は分からない。シューティング系のゲームでよく見るものだ。
無駄に教えられた知識でライフルを連射できる状態にして、1発目の弾を装填する。
がしゃりという音とともにライフルの横の小さなハッチが開いた。
ここが最初の街なのだろうか、いや違う。プレイヤーの音が全くと言っていいほどしないゲームの街などあるものか。
まずは最初の街を目指せということだろう。空前愛も公式も説明不足だ。
そもそも街はどちらに向かえばあるのか。
無駄に重く感じるバックパックを一旦下ろし装備の中に地図かコンパスでも入っていないか探る。
せめて家を建てた代わりに突然ローンを組まされればやることも分かるのだが。
バックパックの中には何やら日用品や食べ物飲み物、銃のパーツであろうものなど色々なものが入っていたが、その中から地図を見つけ出し引っ張り出すことが出来た。
一度周りを見回してから地面に地図を広げ覗き込む。すると、見た目は紙の地図なのにも関わらず、赤いトイレの人型マークのようなものが立体的に表示された。
そしてそこから少し離れた場所に黄色のピンが刺された建物群がある。他にもいくつか建物らしきものは書かれていれどピンが刺さっているのはそこだけだった。
「向かうか」
意味もなくゲームの幻想的な世界を彷徨うのも俺は嫌いじゃない。そのためだけにRPGのゲームを買ってストーリーを進めずに色々なところを歩き回って公式から特別な称号とアイテムを貰ったこともあるくらいだ。
地図はまた取り出しやすいようにバックパックの横に。重さの感じるそれを背負い銃を持って歩き出した。
最初の建物からひょっこりと顔を出して外を確認する。
外は砂漠のようだった。
ほとんどの建物は屋根や壁、ガラスなども失われていて砂が不法侵入している場所まである。
そのいずれにも人はいないようで物静かだった。
初めてのゲームで勝手が分からないながらも建物を出て歩いていく。
その途中、俺の足元に何かが刺さった。
何かは分からないが恐らく細く鋭くて小さいもの。
砂の中に一瞬で埋まるその威力は相当強いものだろう。
そしてその2秒ほど後、遠くの方で何かが破裂するような音が響いた。
それに続いて再度何かが地面に刺さる。さらに今度は1度目よりも俺の近くだった。
また遠くで音が鳴る。
正直何が起こっているかは分からない。だが、空前愛から銃は200m先を狙うことも出来るのだと聞いたことを思い出した。
俺も銃を持っている。相変わらず名前は思い出せないが。
ならば敵が持っていてもおかしくはない。
「シューティングゲームでは弾に当たるな」
これも彼女の言葉だが、それに倣って俺は走り出した。
砂漠では早く走ろうとすればするほど足が取られそうになっていく。
それでもなんとか走ると、断続的に聞こえていた音もすぐに聞こえなくなった。
またしても周りが静かになる。
そんな中、俺の足音に重なるように別の足音が聞こえた気がした。
とっさに立ち止まる。すると、数歩音を鳴らしてからその音は収まった。
これでは流石の俺でも敵が近くにいることは分かる。
とりあえず持っていた銃を構え直し、ゆっくりと歩き出した。音の発生源付近まで銃口を向けながら歩いていく。
寸前まで来たところで、壁の裏を覗こうと思った俺の目の前には汚らしい格好をした人間が現れた。
「Шлепок!」
何かを叫んで銃を向けてくる人間に対し、俺は反射で引き金を引く。
発射されハッチから出ていく弾の殻と倒れる人間。恐らくNPCであろうそれは短い呻き声を上げると不自然なくらいゲーム的なポリゴンになってから消え失せた。
響き渡った俺のライフルの銃声。それに気付いてか、付近からは複数の足音が聞こえ始めた。ざっと10程度の足音はしているように聞こえる。
流石に勝てないと判断し俺はとりあえず走り出した。
目的地であろう黄色のピンへの方向も朧げにしか認識していない。
陰から、角から次々と出てくる敵を倒している最中、俺の体には鈍痛のようなものが走り倒れてしまう。
それを見れば、足からポリゴンが漏れ出ていた。恐らくは被弾してしまったため。
そうして身動きの取りづらくなった体には何発もの弾丸が浴びせられ目の前が真っ暗になった。
死ぬという感覚とは違う。部屋を真っ暗にしたり、画面だけが真っ暗になる感覚。特に意識が途切れることもなく、数秒待つと目を開けることができるようになった。
「やぁやぁ、来るのが早かったね」
見知らぬ天井を堪能することもなく声を掛けられ、そちらを向くとミリタリーな装備を身につけた空前愛がいた。
「最初に死ぬなら先に言え」
「私は死なずにここに着いたから」
読モもびっくりの美少女がいたずらっぽい顔でこちらを見る。
これも見飽きた顔だ。
「それで、このゲームはあれでチュートリアルは終わりか?」
「うん、終わり」
「嘘だろ、何も説明されてないぞ」
「リアル志向のFPSだからね」
「黎明期前のゲームは流石だな」
「これでもアップデートで色々良くなったんだよ。そんなことより、早くお散歩デート行くんだから起きてよ」
「あーはいはい」
バックパックの無くなった軽い体を持ち上げて立ち上がる。
改めて見れば随分と個性的な場所だった。
周りは錆びた鉄ばかり。埃っぽいのはもちろんのこと、俺が寝かされていたベッドは布を数枚重ねただけの間に合わせ。設定としてあるだけだろうが弾丸を取り出すための器具や医療行為を行うための注射器や包帯はことごとく衛生的ではなかった。
日本でこんな施設があれば一部の人は卒倒するし、患者はあまりの酷さに心臓麻痺になる。
とてもわかりやすく世紀末、もといポストアポカリプスを再現していた。
「この街の人にお世話になることもできるけど、地味に面倒だから君が良ければドンパチできる街まで飛ばしちゃおうか」
「いいよ、どうせ3日しかやらないって言ったしな」
「3週間だけどね」
「純粋に時間が7倍なの頭おかしくなると思う」
オールドチルドレン問題。そりゃゲームの中で現実の何倍も時間を過ごしていれば精神ばかりが成熟するというものだ。
「じゃ、ここから出るために初期武器だけ貰いに行こうか」
そう言って俺の手を引く空前愛について行く。
相変わらず床はカンカンと鳴り、灯りはドラム缶キャンプファイヤーか何年前のか分からないフィラメントが露出した電球やサーチライトで賄っていた。
どこもかしこもガヤガヤとしていて所狭しとガラクタが置いてある。
「ここだよ」
そう言われて入った部屋も他とあまり変わらず、少し広い部屋に銃器っぽいものや大量の書類などが積んであった。
「ん?起きたのか」
俺に気づいた司令官らしき人物が振り返る。蓄えられた無精髭と鍛えられた肉体がいかにも元軍人といった雰囲気を醸し出していた。
「おはようございます?」
「あぁ、ローイの白馬の奴らにやられたんだろう?装備は回収出来なかったからあれを持っていろ」
「どうも、なぁ愛、ローイの白馬って?」
「最初に出てくるロシア語話す連中の組織名」
示された机の上の銃の前で小声で話し込む俺と空前愛。まだAIが発達していないのか司令官はグダグダしている俺を怒ってきたりすることはなかった。
「これか?」
「これだよ」
その机の上にはよく分からない書類を除いて銃器が1丁。
少なくともライフル。ドーナツもびっくりなくらいスカスカになったそのライフルは間に合わせの素材で無理やり作り上げたような見た目で、これもまた恐らく有名な銃を元にデザインされているのだろうが、その面影はあまりない気がした。
「それは記念品としてタンスの肥やしにするといいよ」
「使えないってことじゃねぇか」
「弾は出る」
「それで勝てるのかよ」
「無理」
受け取らないとストーリーが進行しないらしく、渋々受け取り司令官の話を聞くことにした。
「俺たちは強制しない。お前がここに残るなら歓迎しよう。だが、せめて名前を教えてくれ」
「はぁ」
「ここでキャラクターの名前が決められるよ。今のところ2度と変えられない仕様だから気を付けてね」
「不親切設計だなぁ」
「私もそう思う」
「お前は何にしたんだよ?」
「教えない」
「そうかよ」
よほど変なものにしてしまったのかキャラクターネームを教えてくれない空前愛を無視して名前は何がいいかと考える。
しかし、そんなことお構いなしに空前愛は一歩前に出ると司令官に声を掛けた。
「司令官、こいつはメテオだよ」
「おい待て、勝手にーー」
「そうか、メテオというのか。覚えておこう」
「決まっちまったじゃねえか!」
「いいじゃないか、変な名前に決まってしまうよりマシさ」
「自分の名前が変だからって巻き込みやがって」
「厨二ネーム同士仲良くしようよ」
あははと笑って俺の肩を叩く厨二ネーム1号。俺は陰謀によって2号にされてしまった。
そこへ、誰かしらから声が掛かる。
「ローズ、遅れてすまん!」
とてもテンションの高い男性の声。部屋の出入り口にパンクな感じの男が立っていた。
「ローズ?」
「私のことだよ。ちなみにあれはプレイヤーね」
「やぁ、俺はアイアンゴーレム!名前付けに失敗した悲しきプレイヤーさ!」
元気に手を振り俺に自己紹介をする男、アイアンゴーレム。それを聞いて空前愛、もといローズは爆笑した。
「すごいよね、違うゲームやってるフレンドとボイスチャットしてたら認識されちゃったんだって。何だ聞いても最高だよね」
「ローズ以外は俺のことをアイアンと呼ぶ。君がローズの言っていた新人だろう?これからよろしく」
「は、はぁ、はい」
2人の怒涛の勢いに付いて行けなかったが、これからこのアイアンとローズのチームに入ることになるらしいことは分かった。
「よろしく、アイアン。タメ語でいいか?」
「あぁ、こんなヒャッハーか見た目してるが中身は50以上だ。気にすることない」
「逆に気にするが……」
アイアンに握手を求めると快くそれに返してくれた。
「さて、問題はここからだぜ」
「何かあるのか?」
「少数精鋭の護衛チームでお前を街まで護衛しなきゃいけない」
「護衛、何かあるんですか?」
俺が聞き返すとローズがどかりと椅子に座って説明を始めた。
机の上の地図にも勝手に書き込みを加える。
「今いるのがここ、行きたいのがここ」
ローズが丸をつけたのは地図の中心にあるやたらビカビカ光る高層都市だった。
砂漠の中に高層マンション群の都市。アラブかな?アラブをあまり知らないが。
「遠いのか?」
「いいや、車でいけばそう遠くはない」
「車がないとか?」
「いや、車は用意した。彼が」
そう言ってローズはアイアンを指差した。
「どうも」
「いやいや、新しいメンバーだからね」
「じゃあ、何が問題なんだ?」
「今のメテオは死んだらここにリスポーンする」
「リスポーンって、復活のことだっけか?」
「そう」
「それは面倒だな」
「でしょ?それに、この街の周りにはNPCの人型の敵に加えてモンスター、初心者狩りの厄介プレイヤーまで集まってるから脱出が困難なんだよね」
呆れ顔で肩をすくめるローズ。
「敵だらけだな」
「設定的にはそれでいいんだけど、NPCとプレイヤーの集まる場所にモンスターが集まるせいでこのゲーム最大の難所が、最初に強制的に訪れる街になってしまってるってわけだよ」
「それで護衛か」
「そう、りゅー、メテオには隠れて死なないようにしてもらって目的地まで突っ走ってしまいたいわけだ」
「と、言うわけでこれがバカアイアンが用意した護送車です」
俺たちの前には護送者と言うには圧倒的に心許ない、装甲どころか通常の屋根や扉さえないくせに上にマシンガンだけを積んだ昔のジープが鎮座していた。