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危機



 再会した翌日以来、初めてラルフが来なかった。



 昨日の一緒に暮らそうという、突拍子もない誘いを断ったせいだろうか。とは言え、断るのは当たり前だとも思う。


 気持ちはありがたいけれど、面倒を見てもらい一緒に暮らすというのは流石に、恩返しの域を超えている。そもそも、私はラルフのことだって何も知らない。


 それに、得体の知れない若い女と暮らしているとなれば、彼の将来にも影響が出るだろう。これで良かったのだ。


「おや、今日はラルフ様は来ていないのかい」

「うん」

「あんな素敵な方が来てくださって、こんな手伝いをしてくれていただけでも奇跡だからねえ」

「……そうだね」


 ラルフといつも挨拶をしていたおばあちゃんは、寂しげな表情を浮かべている。実は私も、一ヶ月間毎日一緒に過ごしていたせいか、少し寂しい気持ちになってしまっていた。


 けれど、これが私のいつも通りの日常だった。とにかく静かに平和に、長く生きたい。それだけを考えなければ。


 余計な感情を吹き飛ばすべく、今日も元気に仕事をしようと思ったけれど、ラルフが毎日仕事をしすぎてくれたお蔭でさっぱりするべきことがない。


 とにかく外に出ようと思い、ドアを開けた時だった。


「うわ、驚かせんなよ。久しぶりだな、リゼット」

「……ロイ」


 ちょうどドアの目の前に居たのは、おばあちゃんの孫であるロイで。貴族令息である彼は両親に言われて、時々おばあちゃんの様子を見に来ている。

 

「まだこんな場所にいたのか、お前も飽きねえな」

「だから、一生ここにいるつもりだってば」

「お前みたいな女にこんな田舎は勿体ないだろ。いい加減、王都で一緒に暮らさないか?」

「結構です」


 見目も家柄も悪くないというのに、彼は昔からこうして私に声を掛けてくるのだ。趣味が悪すぎる。


 それにしても、二日連続で王都で一緒に暮らさないかと男性に誘われるなんて、一体何が起きているんだろうか。


「ま、その気になったらいつでも声をかけてくれ」

「はいはい、どうも」


 ロイはそれだけ言うと、おばあちゃんのいる小屋の中へと入って行く。私は深い溜め息を吐くと、木苺でも取りに行こうと決め、森へと向かった。




 ◇◇◇




「よし、たくさん採れた」


 小一時間後、籠いっぱいに木苺を摘んだ私は、上機嫌で小屋へと向かっていた。


  これで何かお菓子を作ろう、なんて考えながら鼻歌を歌い歩いていると、背後から木の葉が揺れる音がして。村の誰かだろうと何気なく振り返った私は、自身の目を疑った。


 そこにいたのは、熊の姿によく似た魔物だったからだ。


「…………ど、して」


 どうして、この森に魔物がいるのだろう。だってここは聖域の中で、魔物は出ないはずで、


「や、やだ、」


 頭の中が真っ白になり、うまく息が吸えない。心臓が、痛いくらいに大きな音を立てていく。指先が冷たく震える。


 それはどんどん近づいて来て、我に返った私は慌てて走り出した。死にたくない。どうして。死にたくない。


 けれど、追いつかれるのも時間の問題で。やがて行き止まりに追い詰められてしまった私は、その場にへたり込んだ。


 ──ああ、また死ぬんだ。


 どうやら今回は20歳じゃないらしい。何が聖域だ、ふざけないで欲しい。もう、何もかもが嫌だった。私だっていい加減、普通の女の子みたいに気楽に生きてみたかった。


 そんなことを、ひたすら考えていたのだけれど。


「…………?」


 いつまでも、来るはずの痛みはこない。


 やがて恐る恐る目を開ければ、すぐ目の前にいる魔物は何故か石像のように固まっていた。その身体は小さく震えており、私を映した瞳には、色濃く恐怖の色が浮かんでいる。

 


 ──どうして、()()()()()()()()()()()()んだ。



 そんな疑問を抱いた数秒後、魔物の身体が縦に裂けた。


 どさり、びちゃり、という聞き慣れない音がして、それは地面に崩れ落ちた。真っ赤な血溜まりが広がり、生温い液体が足元を濡らしていく。


 そして肉塊となったそれの奥に、誰かがいることに気が付いた。手には子供一人分ほどの大きな剣があり、その顔がはっきりと見えた途端、私は息を呑んだ。


「っリゼット様、大丈夫ですか!?」 


 ラルフは今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、私の元へと駆け寄ってくる。どうやら彼が、あの魔物を倒したらしい。


「仕事で来るのが遅くなり、急いでリゼット様の気配を辿ってここまで来たんです。何故この場所に、魔物が……」

「…………どう、して」


 あんな巨体を一撃で仕留める彼は、一体何者なんだろう。辿ってきたという、私の気配とは何なのか。


 そんな疑問が次々と浮かんでくる中、目の前がだんだんと暗くなっていき、私はぷつりと意識を手放した。



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