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恩返し



「ラルフこそ、どうしてこんな場所に?」

「リゼット様にお会いするためです」

「……まあ、そうでしょうね」


 そもそも私は、ラルフにここに住んでいることを話した覚えはない。普通に怖い。噂に聞くストーカーというやつだろうか、なんて考えながら、隣に座る彼へと視線を向ける。


 輝くような銀髪に、美しい紫色の瞳。彫刻のように整った顔立ちは一見、冷たそうな印象を受けたけれど。常に柔らかな笑みを浮かべているせいで、今は微塵も感じられない。


 何故私がここにいると分かったのかと尋ねても、爽やかな笑顔で誤魔化されてしまうため、もう考えないことにした。


「それで私に会いに来て、どうして畑仕事なんかを?」

「恩返しとして、まずは何かお手伝いをと思いまして」

「おんがえし……?」

「はい。僕はリゼット様の為なら、何でもするつもりです」

「ええ……」


 余計に話が見えなくなってきた。恩返し、ということはつまり、私は過去に彼に恩を売ったことになる。

 

「……ええと、過去に会ったこととかあった?」


 恐る恐るそう尋ねれば、彼は笑顔で深く頷いた。


「はい。リゼット様は僕の命の恩人ですから」 

「…………?」


 こんな美青年を助けた記憶など、さっぱりない。誰かと間違えているのではないかと首を傾げる私に、彼は続けた。


「僕を、そして妹を救ってくださったでしょう?」 

「妹?」

「子供の頃の僕らは孤児で、妹は伝染病にかかり死にかけていました。そんな中、通りがかったリゼット様が薬代にと、ご自身のアクセサリーや靴をくださったんです」

「……あ、」


 そしてようやく、点と点が線で繋がった。確かに子供の頃にこの場所へ向かう途中、そんなことをした記憶がある。


 どうやらあの時の兄らしき少年が、彼だったらしい。


「リゼット様のおかげで、妹は無事に助かりました。その後はリアラさんの下でお世話になっていたのですが、縁あって現在はとある貴族の方の養子として暮らしています」

「そうだったんだ……」


 あの状況から貴族の養子になるなんて、強運が過ぎる。とにかく、彼らが元気に暮らしているようで本当に良かった。


「見ず知らずの人間のために、あのような行動ができるリゼット様は本当に素晴らしい方です。貴族令嬢が孤児のために靴まで差し出すなど……誰よりも美しい心の持ち主だ」

「ええ……いや、そんなことは……」


 本当に、私自身はそんな大層な人間ではない。けれど彼が私に恩義を感じているらしい理由に、納得はいった。


 彼の目には、私がまるで聖母のように映ったらしい。そして時間が経つにつれて、脳内で美化されていったのだろう。


「でも、よく一目見ただけで私って分かったね」


 あれから8年も経っているのだ、自分でも雰囲気や顔立ちはかなり変わったように思う。けれど彼は昨日、私を一目見ただけで「見つけた」と呟いていた。


「僕が貴女を分からないなんてこと、あるはずがありません。この8年間、毎日リゼット様を想っていましたから」

「ま、またまた……」

「本当です。リアラさんからは修道院に入る予定だったと聞いたのですが、大陸中の修道院を探しても見つからず、もう二度とお会いできないのではないかと思っていました」

「大陸中……? その、途中で気分が変わっちゃって」


 ちなみにリアラは今も、私を心配してくれているらしい。彼女はとても元気で、当時の恋人と結婚して子供も生まれ、王都から近い街で幸せに暮らしているという。


 それを聞けただけでも、本当に良かった。


「とにかく、ラルフも妹さんも幸せに暮らせているのなら、本当に良かった。それと気持ちは嬉しいけど、恩返しとかは大丈夫だから。これからも妹さんを大切にね」

「はい。ありがとうございます。次は、あちらの生き物の世話でしょうか?」

「本当に大丈夫だから。これからも妹さんを」

「生き物の世話には、自信があるんです」


 この男、下手には出ているものの意外と強情だ。


「もちろん、こんな手伝いを恩返しだなんて言うつもりはありません。近いうち、宝石や家を贈りたいのですが……」

「お、お礼は手伝いだけで十分です。それも一回だけで」


 家だなんて、恩返しの域を超えている。とにかく適当に手伝いをさせ、満足してもらって終わりにしよう。


 そう決めて、私は彼を動物小屋へと案内した。



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