目には見えないもの 後編
ゆっくりと唇を離すと、頬を真っ赤に染め、ぽかんとした表情で私を見下ろすラルフと視線が絡んだ。
彼のすみれ色の瞳に映る私も動揺が顔に出ていて、自らしたことだというのに恥ずかしくなる。
思い返せば彼とこうしてキスをするのも、地下牢で薬を飲ませるためのもの以来だった。
「…………」
「…………」
どんどん顔に熱が集まっていき、気まずい無言の空間に耐えきれなくなった私は、慌てて口を開く。
「あ、あのね、どうしてこんなことをしたかというと、少しでもラルフに安心してほしいって思ったからなの。私がラルフを好きだっていう気持ちが言葉で伝わらないなら、行動に出れば良いって言われて……」
「…………」
「私、こんなにも長く生きているのに恋愛経験は一切ないし、誰かを好きになるのもラルフが初めてだから……色々とうまく出来なくて、不安にさせてしまってごめんなさ──……ラルフ?」
そこまで言いかけた私は、はっと口を噤む。ラルフの切れ長の目からは、ぽたぽたと大粒の涙が零れ落ちていたからだ。
どうして泣き出したのか分からず戸惑っていると、不意にぐいと腕を引かれ、気が付けば私はラルフにきつく抱きしめられていた。
やがてラルフは私の肩に顔を埋めると、静かに私の名前を呼んだ。
「リゼット様、好きです」
「ラルフ?」
「本当に好きすぎて、どうにかなりそうなくらい貴女が好きです。言葉では言い尽くせません」
「……うん」
身体は私よりずっと大きいのに、まるで小さな子どものようで。私はそんなラルフの背中に手を回し、あやすようにそっと撫でる。
すると私の身体に縋るように回されていた腕に、さらに力がこもったのが分かった。
「僕の気持ちばかりが大きすぎて、不安になっていたんだと思います。リゼット様から同じ大きさのものが返ってくるはずなんてないのに。……申し訳ありません」
普通ならここで「私もラルフと同じくらい好き」と言うのが正解なのかもしれない。けれど彼の場合、私への好意が大きすぎるのは事実だった。
もちろん、ラルフのことは好きだ。それでも嘘はつきたくなかった私は「ありがとう」と続けた。
「これから少しずつ追いつくから、待っていて」
「…………っ」
「ちゃんとラルフのこと、すごく好きよ」
そう告げれば、顔を上げたラルフの目からは再びぼろぼろと涙が大量に零れ落ちていく。
こんなにも私のことを好いてくれていて、いつだって一生懸命な彼が愛おしくて仕方なかった。
その後、泣き止んだラルフはぴったりと私に張り付いたまま、「好きです」「愛しています」という言葉を延々と繰り返している。本当に大きな犬みたいだ。
「でも、まさかリゼット様が僕に口付けてくださるとは思っていませんでした。今すぐ死んでもいいです」
「うっ……」
あらためて言葉にされると、恥ずかしいものがある。けれど、こんなにも喜んでくれたのなら良かった。
「で、でも、これで私の気持ちがちゃんと伝わったのなら良かったわ。すごく嬉しい」
「では、僕もいいですか?」
「うん?」
私としては「どういう意味?」という「うん?」だったのに、別の意味として伝わってしまったらしい。次の瞬間にはもう、視界はラルフでいっぱいになっていた。
先ほど私が彼にしたものとは全く違うキスに、私はただひたすらされるがまま。
やがて至近距離で私を見つめたラルフは、幸せいっぱいだと言いたげに微笑んだ。
「ずっと遠慮していたんですが、リゼット様に喜んでいただけるのなら、今後は目いっぱい行動で伝えますね」
「い、いや、ラルフのはもう十分伝わって──っ」
そしてそれから私は呼吸困難になるくらい、ラルフの大きすぎる気持ちを思い知らされることになる。