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目には見えないもの 前編



「……リゼット様、今日も僕のことが好きですか?」



 ある日の晩、夕食を終え侯爵邸の広間にてお茶をしていたところ、ラルフは真剣な顔でそう尋ねてきた。私が口を開くよりも早く、ナディアが深い深い溜め息を吐く。


「お兄様、いい加減にしてください。毎日毎日同じ質問ばかり、聞いているだけの私もイライラするんです。リゼット様なら尚更でしょう。本当に嫌われても知りませんからね」


 そう、この質問は毎日のように繰り返されている。私はその度に「もちろん好きよ」と返しているのだけれど、ラルフはまた翌日も同じ問いを投げかけてくるのだ。


 それを毎日のように聞いていたナディアは、本気で苛立っている様子だった。可愛らしい顔に似合わず「そろそろぶっ飛ばしますよ」なんて言い、ラルフを睨み付けている。


『……幸せすぎて、怖いんです』


 ──つい先日、ラルフはそんな言葉を口にしていた。気が遠くなるほど長い間私を思い続けてくれた彼だからこそ、感じる不安もあるのかもしれないと、胸が痛んだ覚えがある。


 そのため私は全く気にしていないのだけれど、ラルフはというとナディアの発した「嫌われる」という言葉に過剰に反応しており、縋るような視線をこちらへ向けた。


「リゼット様が、僕を嫌いに……」

「これくらいで嫌いになったりしないから、大丈夫よ」

「お姉様は優しすぎる上に、甘すぎますよ。この先もずーっと私達と一緒に暮らすんですから、最初が肝心です」


 ナディアはそう言って微笑むと、するりと私の腕に自身の腕を絡めた。この先もずっと、という言葉を当たり前に受け入れられるようになった今が幸せだと、改めて思う。


「リゼット様から離れろ」

「嫌です。羨ましいでしょう? 代わってあげませんよ」


 そんな二人のやりとりに、思わず笑みが溢れる。二人が私を理由にこんな言い合いをするのも、毎日のことだった。


 出来ることなら、ラルフを安心させてあげたい。彼は命をかけて、私の長年の不安を取り除いてくれたのだから。


 そのためにはどうしたら良いのだろうと考えながら、私はナディアの頭を撫でたのだった。




◇◇◇




 それから一週間後、寝る支度を済ませた私はラルフと話をしようと彼の部屋のドアを叩こうとした、けれど。


 その瞬間にドアが開き、満面の笑みを浮かべたラルフが現れたことで、心臓が止まるかと思った。


「リゼット様、どうされたんですか?」

「び、びっくりした……!」

「申し訳ありません、リゼット様が僕に会いにきてくださったのが嬉しくて。中へどうぞ」


 どうやら私の足音を察知して、出迎えようとしてくれたらしい。そのまま部屋の中へ案内され、ソファを勧められる。


 ラルフは私の隣に座ると、後ろにぽんぽんと咲き乱れる花が見えそうなくらい、嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「やはり髪を高い位置で結んでいる姿も、とても可愛いですね。大好きです」

「ありがとう」

「何か僕に、用事があったんですか?」


 そう尋ねられた私は、意を決して口を開いた。


「ラルフと、キスをしようと思ってきたの」

「そうだったんですね。僕とキスを……──キス?」


 こくりと頷けば、ラルフの美しいアメジストのような瞳が驚いたように見開かれる。


 とは言え、当然だろう。私だってラルフの立場だったならば、同じ反応をするに違いない。一応、こんなことを言い出したのには理由があるのだけれど。


 私は小さく深呼吸をして気合を入れると、呆然としているラルフの首に、そっと腕を回す。


「リゼット、様……?」


 整いすぎた顔を赤らめ、戸惑った様子のラルフの身体を引き寄せると、私はそのまま彼の唇を塞いだ。



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