とある少年の本懐
「お、ようやく目が覚めたか」
ゆっくりと目蓋を開ければ、そんな声が降ってきて。あまりの眩しさに、私はすぐに目を閉じた。
何度か瞬きを続けているうちに目が慣れてきて、ぼやけていた目の前の赤がメルヴィンだということに気が付いた。同時に我に返った私は、慌てて起き上がる。
「おい、無理すんな。ラルフに盛られた薬、かなりキツいもんだったからな。お前、一週間以上寝てたみたいだし」
そんな言葉に、私は頭を思い切り殴られたような衝撃を受けていた。一週間だなんて、あり得ない。だって私の誕生日まで、あと3日ほどしかなかったはずだ。
そして、その気持ちが顔に出ていたのだろう。
「お前、助かったんだぜ」
「えっ?」
「無事に20歳の誕生日を超えられたんだ。おめでとさん」
「…………うそ」
信じられるはずがなかった。けれど今日の日付から、それが事実だと言うことを知る。
ずっとずっと、それだけを一番望んでいたはずなのに。今の私には、それよりも大切なことがあった。
「ねえ、ラルフは……?」
そう尋ねれば、彼は気まずそうな表情を浮かべた。嫌な予感がして、心臓がどくん、と嫌な音を立てていく。
「生きてる。かろうじて、だけどな」
「………かろう、じて?」
「ああ。ビヴァリーの見立てでは、もってあと数日だとよ」
目の前が、真っ暗になった。
◇◇◇
「生きているのが不思議なくらい、穢れが酷いそうです」
「…………っ」
「身体の傷は全て治したものの、聖女様の力でも、もう、どうにもならないらしくて……」
そこまで言うと、ナディアは彼と同じ色をした大きな瞳から、はらはらと涙を溢した。
……あの後すぐに、私はラルフがいるという病室へ向かった。そこにはベッドに横たわる青白い顔をした彼がいて、その姿を見た瞬間、私はその場にへたり込んだ。
ラルフはたった一人であの魔物を倒した末に、ナディアを呼び私を頼むと告げ、意識を失ったのだという。
私のせいだというのに、ナディアは私を責めるどころか心配すらしてくれて、余計に涙が止まらなかった。
「っ私のせいで……」
「いいえ、リゼット様のせいではありません。それに、とても満足そうな顔をしていると思いませんか? お兄様がここまで、自分勝手な人だったとは思いませんでしたけど」
呆れたように笑うと、ナディアは涙を拭った。
「どうかお兄様の側に、いてあげてくれませんか」
「……ありがとう」
そうして彼女が病室を後にしたことで、静かすぎる病室の中に彼と二人きりになる。私はベッドのすぐ側の椅子に腰掛けたまま、そっとその頬に手を伸ばした。
驚くほど冷たく、生気がない。それでも、その表情はとても穏やかで。そして何よりも綺麗だった。
「助けてくれて、ありがとう。ラルフのお蔭で私、初めて20歳よりも先の未来を生きていけるんだよ」
もしも20歳の誕生日を超えることができたなら、あれがしたい、こう生きていきたいということも、沢山考えていたはずなのに。不思議と今は、何一つ浮かんでこなかった。
『僕はずっと、リゼット様と一緒にいたいです』
私は心のどこかで、この先の人生をラルフと生きていきたいと思っていたのかもしれないと、今になって思う。
「っごめんね、痛かったよね。苦しかった、よね……」
そっと彼の手を掬い取り、握りしめる。
「……痛いの痛いの、飛んでいきますように」
遠い昔、彼が怪我をした時にはいつも、そう呟いていたのだ。今の私には何の力もないけれど、少しでも彼の辛いことががなくなりますように、と祈った時だった。
突然、自身の手のひらから淡い光が発せられたのだ。
「……どう、して」
この感覚も光にも、覚えがある。だからこそ、私は戸惑いを隠せなかった。間違いなく、二度目までの人生で使えていた魔法だったからだ。
もしかすると、あの魔物が消えたことで自身に何らかの変化があったのかもしれない。けれど今はもう、そんなことはどうでも良い。私はすぐに、ラルフに両手をかざした。
聖女様ですら治せなかったのだ。意味なんてないかもしれない。それでも、諦めたくはなかった。
「お願い……!」
どうか、彼を救う力が欲しい。私はこの先の未来を、ラルフと生きていきたい。そう願って、全ての力を注ぎ込んだ。




