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さよならの前に



「リゼット様、そのお顔はどうされたんですか……!?」


 夕食の時間になり食堂へと向かうと、先に席に着いていたナディアは私を見るなり立ち上がり、駆け寄ってきた。


 思い切り腫れた目のことを言っているのだろう。


「なんて痛々しい……何か辛いことがあったんですか?」

「ううん、感動する小説を読んで泣いちゃっただけなの。くだらないことで心配かけてごめんね」

「そうだったんですね。安心しました」


 予め考えていた嘘を伝えれば、彼女はほっとしたような笑みを浮かべた。同じく先に着席していたラルフもまた、安堵したような表情をしていて。そんな優しい二人を見ていると、ずきりと胸が痛んだ。



 あの後、メルヴィンによって部屋へ送り届けられた私は一人になった途端、泣き出してしまって。それからしばらく、布団の中でみっともなく大声を出して泣き続けた。


 ──どうして私が、私だけがこんな目に遭わなければいけないんだろう。何か悪いことをしたわけでもないのに。


 どうして、と誰にも届かない、答えの返って来るはずもない問いを吐き出しながらひたすらに泣いて、泣き喚いて。


 それから数時間後、泣き疲れて眠ってしまった私は、起きた頃にはもう気分はすっきりとしていた。


 あの魔物から解放されたなら、記憶は引き継げなくともきっと、次は普通の人間として生まれ変わることが出来るだろう。今世もまた失敗してしまったけれど、来世がある。そんなものに期待することしか、今の私にはできなかった。


 もしも神様がいるのなら、今までの分も来世の私を幸せにしてあげて欲しい。そんなことを祈り、ベッドから出た。


「……ひっどい顔」


 そうして鏡を覗けば、散々泣いたまま寝落ちしてしまったせいで目の周りが腫れ上がり、目も当てられない姿になっている自分と目が合った。不細工にも程がある。


 それからはずっと目元を冷やしていたものの、夕飯までには治りきらなかったようで。


「すっごい不細工でしょ、お目汚しをしてごめんね」

「そんなことはありません。リゼット様はどんな姿でも可愛いです、僕が保証します」

「またまた」

「本当です」


 そんなラルフの言葉を聞く度に、ずきずきと胸が痛む。いつものように微笑みかけられるだけで、涙腺が緩んだ。


「ありがとう。あ、そういえばね」


 それでもいつも通りにしなければと、私は必死に笑顔を作ると、明るい声色で他愛もない話を始めたのだった。




◇◇◇




「……リゼット様?」

「び、びっくりした! ラルフ、足音しないんだもん」

「驚かせてしまいすみません。癖みたいなもので」


 あれからあっという間に6日が経ち、私は明日の昼に侯爵家を抜け出すことになっていた。


 なんとかいつも通り過ごしていたものの、いよいよ明日出て行くと思うと、今夜はさっぱり眠くならなくて。何か飲もうとベッドから起き上がり向かった食堂で、突然背後から声をかけられた私は心臓が止まりかけた。


 彼はこの時間まで、書類仕事をこなしていたらしい。


「こんな夜更けにどうされたんですか?」

「その、なんだか寝付けなくて……」

「そうだったんですね。何か温かい飲み物を用意しますよ」

「……ラルフが?」

「はい。そこに座って待っていてください」


 お言葉に甘え、近くにあった椅子に腰掛ける。彼は慣れたような手つきであっという間に蜂蜜入りのホットミルクを作ると、そっと手渡してくれた。


「……おいしい。ありがとう」

「良かったです。ミルクを飲む姿も可愛いですね」

「ふふ、なにそれ」

「大好きです」


 本当にラルフは、私のことが好きすぎる。ここ数日はそれを実感する度に泣きたくなってしまい、こうして早くに出ていくことを決めて正解だった。


「最近リゼット様の元気がないように見えて、心配していたんです。何か困ったことがありましたか?」

「魔物のこととか考えたら、少し不安になっちゃって」

「……不安にならない方がおかしいですよね。リゼット様に安心していただけるよう、僕がもっとしっかりします」

「ラルフはもう、十分良くしてくれてるよ」


 嘘をつく時に本当のことも混ぜると良い、というのはどうやら事実らしい。彼は私がもうすぐこの場所を離れようとしていることなんて、想像すらしていないようだった。


 同時に、やはりじくじくと胸の奥が痛んだ。私が何も言わずに消えた後、彼はどれほど傷付くだろう。


 聖女様達と彼が諍いにならないよう、私が無理にお願いしたということや、今までのお礼を綴った手紙も認めてある。全てが終わった後に、彼らに渡してもらうつもりだ。


「……ラルフ、ありがとう」


 改めてお礼を伝えたくなってしまいそう言葉に出せば、ラルフはまるで、子供みたいに嬉しそうに笑うものだから。涙が瞳に溜まっていくのを感じ、慌てて俯いた。


「お礼を言うのは、僕の方です。リゼット様とこうして過ごせるだけで、僕は本当に幸せですから」

「……そっか」

「はい。ずっとこんな日が続けばいいなと思います」


 そんなラルフに対し、私は喉元まで出かかった「私も」という言葉を必死に飲み込んだ。



 ……翌日、仕事と学園に向かう二人を見送った私は、メルヴィンから借りていた魔道具で家を抜け出し、用意してもらっていた馬車に乗って王都を離れた。


 そして2日後には、聖女様が用意して下さった森の中の小屋に辿り着いた。とても静かで美しい素敵な土地で、私が退屈しないよう本なども沢山用意してくださっている。まさに余生を送るのにうってつけな場所だ。


 魔物除けの魔法もかけてくれている上に、交代で見張りも付けてくれているから安心だろう。小屋自体にも普通の人には気付かれない、見えないよう魔法をかけてくれている。


 誕生日まで、あと1ヶ月と少し。ラルフやナディアのことを思うとやはり胸が痛んだけれど。私はここで一人姿を隠しながら、静かにのんびりと過ごそうと決めたのだった。







「……どうして、僕から逃げたんですか」


 それから一週間後、全身血塗れで表情の抜け落ちたラルフが、私を迎えに来るなんて知らずに。



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